2-15 まず第一に感謝を
ドンッ
ガルーダの拳がカヤへとぶつかり、その衝撃が質量となって周囲の地面に亀裂が走る。しかし、その衝撃の発生箇所でもあるカヤはあろうことか殴られたことを意にも介さず突っ立っていた。なんの防御態勢も取らず、ガルーダの拳をただただ顔面で何事もないかのように受け止めていたのだ。
「やっぱり、ちょっと踏ん張れば耐えられるね。見た目のインパクトほど威力が伴っていない感じか。」
「………ッ!!てめぇ、……化け物かよ。」
「まぁ体躯も悪くないし、まだまだ成長の余地はあるんじゃないかな。これからは異能力に頼りすぎずに、基礎的な身体能力を高めることをおすすめするよ。」
ガルーダの拳を顔に受けたままカヤはそう話すと、膝を曲げて後方に身を屈めながら腕に力を込める。上半身を反らすような体勢となったカヤは、反動をつけて、そのままお返しとばかりにガルーダの顔面に拳をめり込ませた。
「っぐぁ、うっ。」
ビュンッ―、……
カヤの拳がガルーダの左頬に当たった瞬間、弾丸の如くスピードで、ガルーダの体は≪ミュール村≫の外まで吹き飛んでいった。
「今のはこの村の願いを乗せた一撃だ。しっかり受け止めてくれ。」
村の周縁部の木々を次々に折り、地面の上を何回もバウンドしガルーダの体は一本の木の根元でようやく止まった。
たったの一撃。
それだけで、ガルーダは完全に意識を手放した。
「ガルーダ様っ!!」
呆然とした様子でその一部始終を見ていたベイはハッと現状に気づくと、自らの主のもとへと駆け寄る。
カヤに殴られたであろう左頬は拳の形に大きく形を凹ませており、口や鼻からはダラダラと血が流れ続けている。吹き飛んだ衝撃で逞しい肉体も傷だらけになっていた。
「申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに、このような目に…。」
ベイは目元に涙を滲ませながら、悔しさに任せて地面をゴンッと殴りつける。
ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ…
目の前で無残な姿で気絶しているガルーダを目にしたまま、ベイはそっと立ち上がる。背後から近づいてくる多数の気配に対応するためガルーダを背にしたまま後ろを振り返った。
ベイの目に映るのは大勢の武器を持った≪ミュール村≫の村人たち。カヤとガルーダの戦いを見守っていた村人たちがガルーダの敗北を目にして立ち上がったのだ。
武器といっても農作業用の鎌や鍬ばかりだが。
村を恐怖に陥れたガルーダへと向ける村人たちの怒りはもっともなものであった。
(さっきまで怯え隠れていたくせにガルーダ様がやられたと見るや、調子に乗りやがって。あの男さえこなければ、くそ。)
気絶しているガルーダを村人たちから守るようにベイは戦闘態勢に入る。ベイの影の中から数十本もの黒い手が出現する。出現した黒い手はうねうねと腕を伸ばしながら、ベイの周囲に漂った。
「黒い手。」
「っ…!!」
村人たちは突然出現した黒い手に一瞬怯むも、再度闘志をベイに向ける。
だが、
「待…て。」
「待つのじゃ。」
対峙しているベイと村人たちの背後から同時に静止の声がかかる。
「ガルーダ様っ、良かった。お気づきになられたのですね。」
「村長、なぜ止めるんだ。今なら、俺たちだけでも十分に勝てるだろ!」
ベイの背後では薄っすらと目を開けるガルーダが、村人たちの背後ではザワロワとキュールに支えられながら、ララロワが立っていた。
ガルーダとララロワの視線がぶつかる。
両者ともお互いの意思を確認したかのように頷いた。
「ベイ、この戦いは俺たちの負けだ。抵抗はやめろ。」
今まで敗北を経験したことのなかったガルーダは、フッと笑うとベイにそう命じた。
「っ……、私の不甲斐なさのせいで無念です!!……ガルーダ様。」
ベイが戦闘態勢を解除すると、周囲に漂っていた黒い手も消えるように影の中へと帰っていく。
「聞こえたじゃろ。この戦いは今、終わったのじゃ。これ以上の争いは無用な犠牲を増やすだけ。そ奴らには、もはや戦意などない。」
ララロワの厳しい口調には、反抗しかけた一部の村人を黙らせるには十分な威圧が含まれていた。
「壊された家屋もある。村の被害はゼロとは言うまい。だがしかし、誰も死んでいない。これだけで十分ではないか。思い返してみろ、我々を包み込んでいた絶望という恐怖を。それを、ザワロワが連れてきてくれたまさに奇跡とも呼べるカヤ殿が振り払ってくれたのだ。我々がやるべきことは、戦意を失った相手に対して敵意を向けることかのぉ。違うじゃろ、我々はまず第一に、真っ先にカヤ殿に対する感謝を示すべきではないのかの。」
ララロワの真っすぐな視線。村人一人一人に向けられた村長からの視線は、優しさに溢れていた。戦いなど望むことならしない方が良いのだ。怒りで我を忘れていた村人たちから戦意が喪失していく。
村人たちの手から武器が落ちた。
村人たちの目に映るのは憎き相手ではなく、この村を救ってくれた一人の男の姿であった。
村人たちは先ほどまでの怒りを忘れ、感謝の意を込めて頭を下げた。
「助けてくれて、本当にありがとう…。」




