2-7 到着
≪ミュール村≫の入り口で高々と笑う筋骨隆々の大男。額から大きく上に突きあげている一本の角。
誰の目から見ても一目瞭然だった。≪ミュール村≫に住む人々とその大男ガルーダの間にある圧倒的なまでの力の差を。すでに≪ミュール村≫近辺のいくつかの村を蹂躙しているガルーダは間違いなく魔王候補の一角だった。
前に突き出されたガルーダの拳の中で爆発が起こる。ガルーダの異能力は単純にして強力、【爆発】。すべてを破壊するガルーダという男にとってふさわしいとも言える異能力であった。
さらに、ガルーダの後ろに控えるもう一人の魔人族ベイ。白い忍装束を身に纏ったその男はガルーダの後ろで静かに成り行きを見守っていた。ガルーダの唯一ともいえる手下であり、逆にいえば二人で充分だということだ。
「おぉう、結構いるじゃねぇか。悪くねぇ。一人くらいいるだろ、歯向かおうって奴がよぉっ!!」
家々から出てくる人の数を見て、ガルーダは面白そうに声をあげる。契約者を増やすことが第一目的であるとはいえ、力を持て余しているガルーダは待っているのだ。自身と渡り合える強者に出会うことを。少しでもその可能性を上げるためにガルーダはわざと村人たちを怒らせるような挑発行為をしているのだ。
「ギャハハハハ、さぁ来いよ!何もせず契約なんてイヤだろ、てめぇらも魔人族なんだ。少しくらい抵抗してみろよ、なぁっ!!」
大声をあげながら、村人たちの前で手近にある建物を爆破する。
「なんてことを…。」
好き勝手に暴れるガルーダに対して敵意をむき出しにしていく村人たち。村の入り口前に続々と集まってくる村人たちはお互いに目を合わせる。
黙っていられるか、と。
人数差はこちらが有利、うまくいけば倒せるのではないか。そんな考えが頭をよぎる。
――「よせ。」
しかしそんな考えを吹き飛ばすように、村人たちの間を杖をつきながらかき分けて現れた老婆は声を出す。
≪ミュール村≫村長、ララロワ。
ララロワの一言は村人だけでなくガルーダもまた押し黙るほどの圧があった。ガルーダの顔に笑みが宿る。
「ババア、てめぇが長か。それほどの魔力、ただもんじゃねぇな。」
「ふん、ただの老いぼれじゃ。それよりもおぬしの望みは契約じゃろ、我々はそれに従う。だからむやみに暴れるのはよしてくれないか。」
ララロワがガルーダの前に跪く。村長であるララロワの行動に驚愕しながらも村人たちはそれに倣うように跪く。およそ三十名。ガルーダの前に老若男女問わず、≪ミュール村≫の村人が跪いた。
「つまらんな。だがまぁ、いいだろう。てめぇらは俺様が魔王になるためのチカラだ。俺様に従順な間は俺様もてめぇらをどうにかしようとは思わねぇよ。」
「感謝する。」
ガルーダの言葉にさらに頭を下げるララロワ。そんなララロワをつまらなそうな瞳で見つめながら、
「ベイ。適当に一列に並ばせろ。契約を始める。」
「はっ。」
ララロワの胸中はただただ安堵でいっぱいだった。
契約を受け入れるのも苦渋の決断だったが村人に犠牲者が出るよりはマシである。ガルーダが少しでも話の通じる男であったことに安堵したのだった。
だが次の瞬間、そんなララロワの安堵を吹き飛ばすような一言がガルーダから発せられた。
「おっ、悪くねぇな。見事に俺様のタイプだ。おい、そこの女。ババアの後ろにいるお前だ。よし、契約の前に軽く体を動かしたい気分なんだ。ヤらせろ。」
ララロワの左後ろに控えていた少女とも呼べるような女の魔人キュール。戦闘が発生しなかったイライラをぶつけるように、ガルーダは顔を真っ青にするキュールに対して男としての欲望をぶつけようとしたのだ。
「………っ!」
キュールは諦めの表情を顔に浮かべながらも、体は抵抗してその場から動けなかった。
この場でガルーダの指示に従わないことは村に対して被害を及ばす可能性に繋がる。
(私の大好きな村を守るんだ。私の気持ちなんか関係ないっ……。)
必死にガルーダのもとへと歩み寄ろうとするキュール。村のためと、自身に言い聞かせながらもそれでも体は跪いた姿勢のまま動かない。
「ほら立て。それともなんだ、村人全員の前で犯されるのがてめぇの希望か。ギャハハハ、俺様はそれでも構わねぇぞ。」
「……!?いえっ、ヒグッ、せめて家の中で………。」
ガルーダのおぞましい提案に涙を浮かべながら必死に首を振るキュール。震える足に鞭を打ってなんとか立ち上がる。よろよろとガルーダのもとへと近づくキュール。
そんなキュールの必死の行動すらガルーダにとっては余興でしかない。キュールを迎え入れるように大げさに手を広げる。
ふらふらと近づく少女が自らのもとへ来た段階で身ぐるみを全て剥いで辱めようと目論んでいたガルーダだが、目の前で行われた光景に目を疑う。
「おいおい、ババア。それは抵抗と捉えてもいいんだよなぁ。」
スッと立ち上がったララロワがキュールの腕を引き留めるように掴んだのだ。
「手は出さないという約束のはずだが。」
「はっ、俺は危害を加えるつもりはねぇ。これは男と女の正当な行為だろ。なぁババア。」
「どう見ても嫌がっている女子を無理やり襲うのが正当な行為といえるのかのぅ。」
ララロワは退かない。村に犠牲を出さないために契約を受け入れる決断をしたのだ。それが守られないというのなら、契約を受け入れる意味がなくなる。
(わしの命一つで、みんなを逃がすくらいのことはできるじゃろう。そこから先はザワロワの言う希望に賭けてくれ。)
「よぅし、良い顔だ。ババア、てめぇとの戦いは少しは楽しめそうだ。」
ガルーダの体から魔力が溢れ出す。自らの強さを示すようにララロワに向けて、殺気を込めた魔力が放たれる。
「ふんっ。」
しかし、ララロワはガルーダの魔力を自身の魔力でもって押し返した。
「やめてっ!!私なら大丈夫だから、村長が死んだらザワロワが悲しむ。」
強者同士の魔力の激突に容易に近づくのは困難である。しかし、それでもザワロワの親友であるキュールは止めずにはいられなかった。
ララロワは村長であると同時にザワロワの唯一の家族である。もし、ララロワが死ぬようなことがあったらザワロワはひどく悲しむだろう。それは、自らの体を好き勝手に弄られることよりも許しがたいことであった。
「キュール、心優しいお主がこんなゲスに体を許す必要はない。ザワロワのことをこれからも任せたぞ。」
「ダメ!絶対に戦わせない。」
キュールは体を大の字に広げ、ララロワの前に立ちふさがる。
だがそれは同時にガルーダの殺気を背中からもろに受ける行為に等しかった。ララロワのように跳ね返す魔力を持たないキュールは苦痛に顔を歪めながらも、そこをどくことはなかった。
「ギャハハハ、泣かせるじゃねぇか。いい女だ。いいだろう、てめぇの行動次第でババアを許してやってもいい。」
ガルーダは殺気を抑える。背中に受けていた殺気が消えたことに気づいたキュールは大の字のまま堂々とガルーダの方へ振り返る。
「いいわよ。私の体を好きにしなさい。」
胸を突き出し、ガルーダを挑発するような態度は怯えているようには見えなかった。体の震えを意地で押しとどめ、必死に怯えを隠しているキュールをあざ笑うガルーダ。
「どれ、じゃあまずはその胸を……、」
キュールの豊満な胸に手を伸ばしかけるガルーダ。だが、急速に近づく気配に気づきとっさに手を引っ込めた。最速と呼ばれる魔物の噛みつきは偶然に避けれるものではない。そして、それをやってのけたガルーダの実力は本物であることを示唆していた。
ガルーダは噛みついてきた影を目で追う。シャドーウルフに跨る一人の少女が目に入る。
「近くに潜ませていた子から何が起こっていたかは全て聞いたわ。キュール、ありがとう。私のためにお婆ちゃんを止めてくれて。」
≪ミュール村≫の近くにはザワロワによって召喚された魔物が潜んでいた。その魔物によってザワロワは≪ミュール村≫で起こった出来事を把握していたのだ。
「覚悟しろよ、私の親友を泣かしたんだ。お前のような糞野郎、絶対に許さないんだから!!」




