1-16 共闘
カヤの目に映ったのは数多くの魔物がキメラに群がっている姿だった。数の多さという強みをもってキメラへと殺到している魔物であったが、キメラの強硬な皮膚に傷を与えることはできていなかった。
魔物たちの後ろに控える魔人族の少女。カヤの気配に気づいたのか、そっと隣に視線を向けた。
「やっと来たわね。何されたのか分からないけど、しっかりしてよね。」
魔人族の少女へと歩いて近づいたカヤは、「面目ない。」と素直に謝った。攻撃の兆しがない精神攻撃など知っていなければ回避不可能であるのだがそれは言い訳にはならなかった。
疲れるからと常時展開していなかったフィールドを、今度はしっかりと発動する。【沈没】の異能力をカヤの周囲に展開する。フィールドに触れた遠距離攻撃はその時点で全て沈められる。
「もう油断しない。」
異能力に目覚めて間もないカヤにとって、大きなフィールドを展開することはできなかったが、自身を囲むには十分な大きさ。それは、キメラの精神攻撃すら無効化していた。
「色々試してみたけど、私にはあのキメラにダメージを与えることはできないみたい。だから、頼むわよ。」
「ああ。休んでた分はきっちり返さないとな。援護は君に任せるよ。」
「ええ。でも、私の異能力もそろそろ限界、これ以上の召喚はちょっと厳しいみたい。今いるこの子たちがやられたら、私は当分の間何もできなくなる。だから、手っ取り早くお願いね。」
カヤの身を守るように八匹のブラックハウンドが周囲を囲む。
「さっきまで敵だったのにな。魔物と共闘だなんて、こういうこともあるんだな。」
「なに、不満なの?」
「いや、悪くない。」
(アンジュが今の俺を見たらどう思うのかな。きっと、めちゃくちゃ怒りながら殴り掛かってくるんだろうな。)
想像しながら我慢できず笑ってしまうカヤ。だが、その表情とは裏腹にカヤに油断はない。ピリピリとした集中力に周囲にいるブラックハウンドも自然と緊張を高めていく。
「グッ、ゲガギャギャッ!!」
キメラから放たれた衝撃波を合図にカヤとブラックハウンドは動き出す。≪沈没フィールド≫によって衝撃波はカヤに届くことなく消え去った。
キメラの下へと瞬時に近づくカヤ。
しかし、キメラにとって焦りはない。胴体の中を蠢く無数の顔は近づいているカヤの姿を捉えていた。
キメラは大きな胴体から巨人と同等の腕を生やす。黄色い体液で形作られたであろうその腕はボタボタと体液をばらまきながらも、カヤに狙いをつけるとすさまじいスピードで叩き潰した。
強大なインパクト。大地を凹ませるほどの威力の拳骨をカヤは動くことなく避けていた。
(本当に頼もしいな。ありがとう、ヴォイド。)
キメラの攻撃をとっさに避けようとしたカヤは自身を包む力に気づき、動きを止めた。そして、気付けば振り下ろされる拳骨を少し離れた場所から眺めていたのだ。
異なる時空では会話もできないというのに、カヤはとっさにヴォイドの考えを読み取ったのだ。
ヴォイドの時空を介しての、時空移動。瞬時に別の場所へと移動するその力は瞬間移動と比較すると少し時間はかかるが、ほぼほぼ同等の力であった。
ブラックハウンドだけでなく魔人族の少女もあっけにとられる。ヴォイドが自らの意思で力を行使する場面を見るのは初めてだった。
だが、それも一瞬。すぐさまキメラに意識を向けると、魔人族の少女は戦闘態勢に戻る。魔人族の少女にとってカヤを襲った精神攻撃は未知数である為、決して油断していい場面ではなかったのだから。
それはもちろんカヤも同様。キメラのもとへと駆けだすと、一気に跳躍しキメラの口しかない顔の高さまで飛び上がる。
大きく裂けた口しかない顔に向かってカヤは腕を振り上げた。
「ドンドンドンドンと、いい加減うっとうしいんだよ。その衝撃波がなっ!!」
グァン!!
開いた口を閉じさせる鋭いアッパー。「グガバッ」という汚い悲鳴が閉じさせられた口から漏れる。
鳴り響いていた衝撃波も止まり、戦場に静寂が訪れるなか――
地面にサッと着地したカヤは攻撃の手を緩めなかった。
「これで止めだ。」
弱っているキメラの胴体に敗北の意識を植え付けようと、体を回転させて脚を振り上げる。
目にも止まらぬ一連の流れについていける者はこの場にはいなかった。
それでも、強者といわれる所以。すさまじい闘争本能によってカヤの動きを予測していたキメラは自らの意思で胴体を割いたのだ。
「――ッ!?」
振り上げた脚を下ろそうとした瞬間、思いもしない行動にカヤの動きが一瞬止まる。
割けた胴体からカヤに向かってキメラの黄色い体液が飛び散る。触れたものを瞬時に腐敗させるキメラの体液。攻撃動作に入っていたカヤは、思いもしない反撃に避けることができず、生命体であるキメラの体液は≪沈没フィールド≫内においても消し去ることはできなかった。
(しまった!!避けられないっ!!)
カヤを覆うように噴き出したキメラの体液。それはカヤの攻撃がキメラに届く前にカヤを腐らせるには十分な量。
キメラにとって致命打となり得るカヤの攻撃に対して、キメラがとった自傷攻撃は予想ができなかった故に最適解であった。
ヴォイドによる時空移動も間に合わない。
――だから、それは偶然だった。
カヤがキメラの顔に飛び上がって行った攻撃。その攻撃についていこうとした8匹のブラックハウンドがいた。
現在のカヤにとっては一手前の攻撃。だが、ブラックハウンドにとってはカヤの一手前に追いつくのに精一杯だった。既に次の攻撃に移っているカヤに一手遅れて追いついたブラックハウンドたちの視界にキメラの胴体から噴き出す体液が映った。
「オオォォォ―――ン」
先頭を走っていたブラックハウンドが雄叫びを上げる。それに続くように、他のブラックハウンドも雄叫びを上げる。
キメラの体液からカヤを守るために、八匹のブラックハウンドは迷うことなくその身を捧げた。カヤを守る盾、八匹のブラックハウンドに防がれキメラの体液はカヤまで届かなかった。
キメラの体液に触れたブラックハウンドたちの命はその瞬間、終わった。
(なんて…、情けない。何回油断すれば気が済むんだ。そんな俺のために…、絶対に無駄にはしない。)
腐敗したブラックハウンドの姿を見ながら、カヤは決意を新たにキメラへと視線を向ける。
それを見守る魔人族の少女の余力はもうない。これ以上の召喚は行えず、ここから先はカヤに任せるしかなかった。
(次で決まる…。キメラが勝つのか、人族であるあなたが勝つのか。見届けさせてもらうわね。)
戦闘開始時はまさかこんな勝負になるとは思いもしなかった。伝説の魔物であるキメラとの互角ともいえる勝負。魔人族の少女は、キメラと戦うカヤの姿を見て希望を抱くのであった。
(あなたなら…、あなたなら、きっとみんなの希望に……。)
キメラに対する敗北など考えもせず、魔人族の少女はカヤを見つめながら胸を高鳴らせていた。




