1-11 沈没
「おいっ!大丈夫か!?」
魔人族の少女の腕を掴んだままカヤは呼びかける。
「イヤァ…。止まらない、苦しいよぅ。っつ、うあぁあぁ!!」
異能石から手が離れてもなお、チカラの流れは消えなかった。目に見えない経路を通って、魔人族の少女の中にチカラが流れ込む。
(くそっ!どうすればいい。このままじゃ、彼女は…。)
魔人族であろうと、目の前で苦しんでいる彼女をカヤは見放すことができなかった。
その時、突如としてカヤの体に変化が訪れた。
―――シーン、
ブクッ、
ブクブクブク・・・
(何だ?何かが浮かび上がってくる…、このイメージは…、一体?)
静かな水面を乱すかのようにブクブクと何かが浮上してくる。カヤの内側から何かがそっと目覚めようとしていた。
そう、とっさのことであったためカヤは忘れていたのだ。魔人族の少女の腕を掴むと同時に異能石にも触れていたことに。
そして、それは普通の異能石ではなく――。
カヤの脳内に浮上するイメージ。それこそ、カヤにとっての長年の悩みの正体、異能力。
本来であれば、とっくに手に入っているはずの異能力がカヤの奥底から目覚め始める。
(これは…、このチカラなら…。)
カヤの中に浮かび上がるイメージ。それは、この現状を打開できる可能性を秘めているものであった。
カヤは魔人族の少女と異能石を繋ぐチカラの経路に向かって、その異能力を行使する。
「沈め。――沈没。 俺の底で眠れっ!!うおおぉおぉぉおおおおおっ!!!」
徐々にだが彼女に流れ込むチカラの経路が消えていく。カヤの異能力によって経路自体が消滅していったのだ。
スパアァァンッ!!
そんな響きが聞こえてくるかのような勢いで、チカラの経路が綺麗さっぱりと消滅する。目に見えないはずの経路であったが、カヤも魔人族の少女も確かにソレが無くなったことを理解したのだ。
経路が消えると同時に魔人族の少女が倒れた。
意識を失ったように倒れ込んだ魔人族の少女を心配そうに見つめるカヤ。魔人族の少女は苦しそうな息を上げながら、それでもしっかりと目を開いた。
「…ハァ、ハァハァ。今のは、あなたが…。ありがとう。」
「無事ならそれでいい。君を助けられて良かった。」
弱々しくなりながらも、カヤの方を向いて話しかける魔人族の少女。さきほどまでのような危険はもうない。ホッと一息つきながら、カヤは自らの内に目覚めた異能力について考えていた。
(沈没……。その名前の通りに沈めるチカラか。この異能石のおかげで異能力が目覚めたのだとしても、さっきの感覚…。このチカラを使うのは本当に初めてなのだろうか?なぜだろう、以前にも似たような感覚を体験しているような気がするのは…。)
カヤが自らの異能力について疑問を抱いている時、
「フフ。あなた達の村を襲ったのに、まさか助けてくれるなんてね。とんだお人よしね、あなた。」
少し落ち着いた魔人族の少女は立ち上がるとカヤの方を見てゆっくりと話し出した。
「あーあ、でも唯一の希望であった異能石が、こんな化け物だったなんて。これじゃ私の村は…。」
表情を暗くして何かに絶望する魔人族の少女。
「……いえ、ごめんね。あなたに話すようなことじゃないわね。私の思い込みであなた達の村にはとても迷惑をかけたわ。謝っても許してもらえないだろうけど、ごめんなさい。」
「君にも理由があったのは分かっている。戦いの最中でさえ君は優しさを捨てきれていなかったからね。…ただ、村のみんなは簡単に許してくれはしないだろう。」
「それは、そうでしょうね。でも私にも時間がないの…。この石がダメならまた何か考えなくちゃいけないし、悪いけどおとなしく捕まるわけにもいかない、抵抗はさせてもらうわうよ。」
魔人族の少女は命の恩人でもあるカヤに対して、申し訳なさそうな態度を取りながらも、戦闘の体勢になった。
戦闘態勢の魔人族の少女に対して、カヤは身構えることなく、
「いや、ここで暴れられるのも困るから。村のみんなには俺が後で説明しとくよ。というわけで――、」
そこまで言ってカヤは目の前の魔人族の少女をひょいと抱え上げた。戦闘態勢になっていることを意にも介さず、不意に抱えられて魔人族の少女は声を上げる。
「なっ、キャッ!!」
お姫様抱っこ。急に抱え上げられ戸惑いと恥じらいを感じる魔人族の少女を無視してカヤは動いた。
「父さん、彼女帰るみたいなんで送っていくわ。」
「うむ、そうか。気をつけてな…って、えぇっ!!」
呆然とする村のみんなを置き去りにカヤは彼女を抱えたまま≪カルソト村≫から離れる。この場にいた者でカヤの動きについてこれる人物はいなかった。
いつの間にか消えていた魔物たち。突然の襲来に死の覚悟すらしていた兵士たちはお互いの無事に笑みを浮かべていた。
(カヤ、何を考えているの…?)
そんな中、アンジュは魔人族の少女を連れて去っていったカヤの行動に疑問を抱いていた。
■
「おいっ!!下ろせ、離せ。てか、ヒィィッ。速すぎるわ!!」
「ちょっと、あまり暴れないで。木にぶつかる。」
魔人族の少女を抱えたまま森を駆け抜けるカヤ。村からある程度離れたところまで走り、ようやくカヤは腕の中の魔人族の少女を下ろした。
「それで、どういうつもり?」
魔人族の少女は下ろされるなりカヤを睨む。
(何よ、この男。あんな…、お姫様抱っこだなんて。あんなこと初めてされた…。)
「どういうつもりも何も村の前でまた暴れられるのは困るからさ。ここなら、村にも被害出なそうだし。その余力、ここで発散させちゃおうよ。」
「っ…、へぇ。すごいね、あなた。私の考えいてることが読めているのかしら。」
魔人族の少女の雰囲気が変わり、見定めるかのような細い目つきでカヤを見つめる。
「別に大したことじゃない。異能力に関してただ単に俺が敏感なだけだよ。君から溢れているそのチカラが特別大きいというのもあるだろうけどね。そのチカラ、そのままにしておくわけにもいかないでしょ。」
異能石によって無理やり引き上げられたチカラ。経路は断たれたといってもそれまでに流れ込んでいたチカラは魔人族の少女の許容量を遥かに超えているままだ。
「周りからも分かっちゃうくらい尋常なチカラなんだ、…でもいいの?それが分かっていながら私を村から遠ざけたってことはあなた一人でこのチカラに対抗するってことよ。確かに村の近くで暴れられるのは困るっていうのも分かるけど、あそこならあなたの他にも何人か戦える人がいたのに。赤い髪の女の子とか。」
「分かっているよ。これは俺の我が儘みたいなものだ。俺も自分のチカラを確かめたい。それにうってつけだと思っただけだよ、君の異能力がね。それに、あの場にいれば君はきっとただじゃ済まなかったよ。」
魔人族の少女は考える。先ほど助けてもらった目の前の男を信用できるか否か。
魔人族の少女の異能力は【魔物召喚】。
彼女の意思でどのような魔物を召喚するか選択することはできるが、彼女の異能力に応じたレベルの魔物しか召喚することができない。
だが今は本人ですら自身の異能力の大きさを理解できていない現状。召喚される魔物がどのようになるのかも全く予想がつかなかった。加えて、その魔物が自身の命令を聞くと断言することも出来ない。
(そんな魔物を目の前の男一人に任せてもいいかどうか。私が協力しても倒せない場合は……、ダメ、魔物が暴れ続けて関係ない人たちにも迷惑が及ぶ。だけど、いつ私のチカラが暴発して召喚してしまうか分からない。できるだけ他の人に迷惑をかけないためには人気がないここで召喚するのが一番…。なら、やっぱり彼のことを信じるしか…。)
魔人族の少女の瞳がカヤの瞳に合わさる。
(自信満々といった顔ね。いいわよ、やってやろうじゃない。)
「信じるわよ。あなたのこと、私を助けてくれた人間の男。」
「ああ、任せろ。魔人の女。」
お互いに未だ名前すら知らない二人。
種族の壁を越え、そんな二人が今、手を取り合う。




