1-10 異能石
ハイベルが集落の中から出てきたのは、アンジュが目を開けるのと同時だった。
ハイベル=レイストン
異能石研究の第一人者にして≪カルソト村≫にある異能石研究所所長。
さらに、魔人族の少女が求める異能石を発見した人物である。
ゼンから大体の経緯は聞いているハイベル。
先日発見された異能石は未知の塊。未だに厳重な管理のもと研究を続けている異能石をここまで運び出すだけでかなりの時間を労した。
(生きている。)
サバサやトルグの身を案じていたハイベルは現状の様子にひとまずホッとした。
≪バリアシート≫に包んだ異能石を地面に置く。
辺り一面に広がる魔物の群れを見て、そして気付く。
(サバサとトルグだけじゃない。カヤにアンジュまで…!?)
ゼンからは、魔人族とともに大量のブラックハウンドが攻めて来ていると聞いていた。
しかし、ハイベルの目にはブラックハウンドだけでなくミノタウロスまで映りこんでいる。
(カヤが大多数のミノタウロスを……、アンジュはどうした? あれではまるで追い込まれているようじゃないか。)
アンジュの実力を知っているだけに、ハイベルはアンジュの現状に驚きを隠せないでいた。ミノタウロス如きに後れを取るような子ではないと、多くの冒険者を見てきたハイベルはそう確信していたのだ。
(…だが、今はそれどころではないな。アンジュだけでなく、サバサもトルグも満身創痍だ。速やかに事態を解決するのが先決。)
「魔人族の子よ。言われた通り異能石を持ってきた!」
ハイベルは見慣れぬ魔人族の少女に伝える。
この襲撃は自身が招いた結果だ、とハイベルは責任を感じずにはいられなかった。
ハイベルは異能石研究者として、この異能石がどれほどの可能性を秘めているかは分かっていたつもりだった。だから、なおのことその先まで読まなくてはいけなかった。
――これは争いの火種になると。
(自らの研究意欲のためだけにこの村に被害を及ぼすわけにはいかない。ならばいっそ、魔人族に渡してでも、手放してしまった方が良い。)
「分かった。こちらとしても、これ以上争うつもりはない。」
ハイベルの言葉に魔人族の少女が指を鳴らす。
それだけで、ブラックハウンドもミノタウロスもピタッと静まり返った。
それを確認したハイベルが異能石を持って少女に近づこうとするが――、
「待て。そこの子供に運ばせろ。」
魔人族の少女はハイベルを止めるように手のひらを向けると、次いでカヤに向けて指を差した。
「っ!?なぜだ、危害を加えるつもりはない!!」
「念のためだ。いいからそいつに運ばせろ。」
「くっ。」
仕方なくハイベルはカヤに視線を向ける。
「すまないカヤ。任せてもいいか。」
「ああ、父さん。」
「≪バリアシート≫の上からなら触れても良いが、異能石には触れるなよ。特にお前はどうなるか分からない。」
「分かったよ。」
≪バリアシート≫に包まれている異能石。カヤがいつも研究所で見る異能石とは比べるまでもない大きさだ。
カヤは父であるハイベルから受け渡された異能石を持って、魔人族の少女のもとへ向かう。
アンジュもハイベルも、サバサもトルグも心配そうにカヤを見つめている。
(そんなに心配することじゃないのに。…だって、彼女は、最初から。)
カヤは気付いていた。
アンジュに止めを刺せるタイミングでミノタウロスの攻撃をストップさせたのは他でもない魔人族の少女本人であると。
(何か理由があるのだろう。彼女をここまで突き動かす何か大きな理由が。そして、その理由にこの異能石は欠かせないもの。だから、こんなにも彼女は必死に。)
魔人族の少女の目の前に立つカヤ。
「お待たせ。言われた通り持ってきたよ。」
カヤは手に持つ異能石を魔人族の少女の前に置く。≪バリアシート≫に包まれているとはいえ、魔人族の少女もその中にある異能石の異様さに気付いた。あまりにも普通ではない、そのチカラの奔流に。
「開けろ。」
(へいへいっと。)
カヤは魔人族の少女に言われるまま≪バリアシート≫の結び目を解く。
そして、厳重に密閉されていた異能石が姿を現した。
「これが…、これさえあれば、みんなも…。」
魔人族の少女が異能石に手を伸ばす。
異能力の強化。それは単純にして凶悪。しかし、カヤも魔人族の少女もその恐ろしさを理解できていなかった。
そのチカラの奔流に逆らうように手を伸ばした魔人族の少女は…、そして、ソレに触れてしまった。
――瞬間、
カヤの全身を寒気が襲う。
(ヤバイヤバイ、何だ…!?何だこれは。これは、一体…、っつ!!)
カヤの目の前に居る魔人族の少女から感じたことのないエネルギーが発せられていた。
「やった!!感じる、次から次へとチカラが…!。これなら、守れる!戦える!!」
カヤの目の前で異能力の強化に心躍らせている魔人族の少女だったが、その強化は通過点に過ぎなかった。
チカラの奔流は魔人族の少女をいとも簡単に飲み込んだ。
圧倒的なチカラの膨張。
止まらないチカラの増幅に魔人族の少女も異変に気づく。明らかに自身の許容量を超えていると。
「あ、ああ、あああ、あああああああっ――!!もういい、もういらない!!こんなに、無理だって。イヤだ!!止まって、離して!!んぁああっ!!!」
突如狂ったように身を躍らせる魔人族の少女。だが、彼女の手は異能石から離れない。
「おい!!手を離せ!もういいだろ、それ以上チカラを取り込むと本当に死ぬぞ!!」
「離れないの!手が、手がぁぁっ、ダメなの、それ以上は!!もう、ぁあ、壊れるっ!!苦しいっ!」
(……まさかこれほどっ!!。父さんでさえ扱えていなかったのに。不用心すぎたか。くそっ。)
目の前で苦しんでいる魔人族の少女。
膨れ上がるチカラはおとなしくしていた魔物たちまで凶暴化させる。制御を失った魔物たちは再び暴れ始めた。
(今の彼女は異能力をコントロールできていない。このままじゃ、みんなが。)
カヤが後ろを向くと、サバサにトルグ、それにアンジュもハイベルも必死になって暴れまわる魔物を押さえていた。
さっきまでと違い魔物も全力で襲っているのだ。ハイベルのおかげでなんとか踏みとどまっているが、ギリギリで耐え忍んでいたサバサやトルグ、それにアンジュにとってもそれは敗北を意味していた。
「ねぇ……、お願い…。もう…、殺して。」
カヤの前では膨れ上がるチカラに耐えられず、魔人族の少女の意識が朦朧とし始めていた。
魔人族の少女の体をチカラが蝕んでいく。
(村のみんなより、これでは彼女の命が先に。)
「助ける。」
決断は一瞬だった。
カヤは異能石と魔人族の少女の腕を掴むと、チカラの奔流に抗うかのようにその二つを引き離した。




