1-9 赤髪の少女と魔人族の少女
カヤたちが来る少し前のこと、サバサとトルグの必死の形相を見て魔人族の少女は悩んでいた。
(何で、何で抵抗するの…? 私はただ異能石をもらえさえすれば…、それでいいのに!!)
ブラックハウンドを相手にする二人の人族。
(2体をそれぞれに対して仕向けているけど、これがギリギリ…。恐らくもう1体仕向けたらあの人族たちは対処が間に合わず死ぬだろう。)
魔人族の少女は分からなかった。
目の前にいる二人の人族がその力量差に気づいていないとは思えない。ならば、勝ち目がないことも瞬時に判断できるはずだ。
(ただ少し…、さっきの白い男が本当に異能石を取りに行ったのか確かめたかっただけだったのに。時間がない不安を少しでも消し去るように、目的に向けて少しでも早く達成できるように。ただ、それだけ――。なのに、目の前の人族たちは―。)
いや、本当は魔人族の少女は分かっていたのだ。目の前の人族は自分と同じだと。
“守るために――”
大切なものを守るために、少しでも可能性があるのならば、
(あぁ、できることなら殺したくはない。それは本当に最終手段だ。叶うならば、今すぐにでも目の前の人族が抵抗するのを諦めて欲しい。でも、……それでも、彼らはきっと。)
分かっていた。これだけのブラックハウンドの数を前にして、彼らはきっと、諦めない。
――故に、魔人族の少女は悩んでいた。
(殺すしかないの…?)
そんな時に、魔人族の少女の目にどこからともなく現れた三人の人族が映る。
その三人のうち一人が来た時と同じようにパッと消え、残った二人が目の前にいた人族の二人に加わった。
(やめてよ…。そっちに勝ち目なんて無いのに、あんな子供たちまで…。)
魔人族の少女は加わった二人を子供だと認識して、そして、侮ってしまった。自身と同じくらいの年齢であろう人族二人が加わったところでこの状況は覆らない――、と。
「連炎連花!!」
しかし次の瞬間、何千匹というブラックハウンドの群れが一瞬にして消し炭になった。
「なっ!?一体――、!!」
驚愕の出来事に目を見開く魔人族の少女。
そして、魔人族の少女を見つめる一人の少女と目が合った。こちらを見つめる赤髪の少女はこの数のブラックハウンドに対抗するための手段を持っていたのだ。
肌に感じる熱を感じながら、魔人族の少女はアンジュを睨む。
(なんて無慈悲な瞳…。ブラックハウンドを消し去ることを何とも思っていないのだろう。そして…、私を殺す事にも…。)
アンジュの瞳に宿る殺意。それを見て魔人族の少女も自らの甘さを悔いていた。
(私が間違っていたのだろう。私にも優先するべき命がある。ならば、目の前の人族は私の未来のためにも…、邪魔するのなら、殺すっ!…殺してみせる!!)
「魔物召喚。」
その決意と共に魔人族の少女は静かに呟いた。
(問題となるのはあの赤髪の少女だけ。少年の方は今までいた男たちと変わらない。数で押し切ればいいだけだ。…ならば、召喚するのは火に強い耐炎。)
魔人族の少女が異能力を発揮する。それと同時に魔人族の少女の周囲に新たな魔物が出現した。
ミノタウロス《上位種》
消し去られた数千のブラックハウンドの代わりというように出現した数百のミノタウロスの群れ。通常のミノタウロスと違い、その皮膚は赤く輝いていた。
そのミノタウロスの群れはアンジュに向かって駆けだした。
「ヴォォォーーッ!!」
まるで赤い雪崩のように、アンジュに向かって迫るミノタウロスの群れ。
アンジュも必死にミノタウロスの群れを止めようと攻撃しているが、そのミノタウロスに炎は効かなかった。アンジュの攻撃を赤い皮膚で弾きながら意にも介さず突っ走るミノタウロス。
結果は明らかだった。兵士たちはブラックハウンドのせいで、思うように動けていない。カヤだけはブラックハウンドに苦戦している様子はないが、カヤに群れという多数を止める術はない。
(これで…、あの赤髪の少女の命一つで。……、いや……、)
悩む魔人族の少女。そして、結局のところ魔人族の少女は非情にはなれなかったのだ。
■
アンジュの目前に迫る赤いミノタウロスの群れ。
≪カルソト草原≫に現れたミノタウロスとは全くの別物。赤く発光している皮膚。どこからともなく現れたミノタウロスの《上位種》は炎に対する耐性を有していた。
(攻撃が通じない。)
アンジュにとって憎たらしい存在である魔物。そんな魔物を滅ぼす為にアンジュは日々鍛錬をしてきたのだ。
(通じない……。)
止まらないと分かっていても、アンジュはミノタウロスに向けて炎の弾を発射し続ける。
アンジュ本人も気づかない内に、アンジュの思想は狂気に染まっていた。アンジュにとって大切なモノを奪っていった魔物。その群れに迫られ、アンジュの思考には対象を殺すということしかなかった。
「死ねっ!死ね、死ね!いいから、死ねよぉぉーーっ!!」
怒り、憎しみ。
(私の大切なモノを奪った憎き存在。)
「うわぁぁーーっ!!」
アンジュが声を荒げる。ミノタウロスが迫る恐怖にではない――、自身の不甲斐なさに対して。
(ッ―――!!)
「落ち着け、アンジュ。」
(…誰?)
アンジュの異変に気付いたカヤがアンジュとミノタウロスの間に割って入る。アンジュに背を向けて魔物から守るように。
でも、
(どいてよ。それじゃ、ミノタウロスに攻撃できない……、魔物を殺せない!)
アンジュの思考は止まらない。憎き存在である魔物に向けられる憎悪、殺意。いつも見ているはずの後ろ姿だけでは、カヤだとは気づけないほどに思考が黒く染まってしまっていた。
「あいつらに炎は効かない。いいから落ち着け。」
“振り返ったそいつの顔はいつも私を支えてくれた顔だった。”
「……、カヤ…。」
「お前の憎しみを俺は知っている。俺だってその当事者だ。」
アンジュの目を見て話しかけるカヤ。黒く染められていたアンジュの思考が、瞳が、カヤの言葉によって徐々に晴れていく。
「カヤ…。」
「アンジュはブラックハウンドの相手を頼む。サバサさんやトルグさんを助けてやってくれ。このミノタウロスは俺が相手をする。」
「うん…、分かった。ごめん…、少し取り乱した。」
アンジュにとって友であり好敵手であり、そして目標でもあるカヤ。彼の前で取り乱してしまった自分が恥ずかしい、と少し赤面しながらアンジュは目を伏せる。
「気にするな。それよりもこいつら全部を止めることは俺には出来ない。何体かはアンジュのことを追うだろうが、その時は逃げろ。あの魔人族の異能力に関係していると思うけど、このミノタウロスに炎は効かないみたいだ。」
「ええ、そうね。なんだかとっても悔しいけれど、私にはそもそも赤いミノタウロスを止める手段がないものね。分かったわ、カヤに任せる。」
アンジュが離れる。
ミノタウロスの群れがアンジュを追いかけるが、
「そうだな。せめて七十、いや八十体は俺に付き合ってもらおうか。」
ミノタウロスの群れの先頭集団の動きを止めるように、カヤは拳を前に突き出す。目に見えない速さで突き出された拳は、ミノタウロスの群れの注目を集めるには十分な威力な衝撃を発生させた。
「俺を見ろ。俺を敵視しろ。俺と戦えっ!!」
ミノタウロスのヘイトを集めるためにわざと大げさな攻撃をするカヤ。
それでも何体かはカヤを無視してしまったが、仕方ない。アンジュを追いかける数十体の個体は無視して、カヤは目の前で敵対するミノタウロスに集中した。
(死ぬなよ、アンジュ……。)
カヤもまたミノタウロスの群れ全体を止められない自分の不甲斐なさに怒りを覚えていた。
■
カヤを無視して進むミノタウロス。
そんなミノタウロスからアンジュはカヤに言われた通り逃げていた。
周囲から襲いくるブラックハウンドを対処しながら、ミノタウロスから逃げるアンジュ。だが、素早いブラックハウンドに邪魔されるアンジュと、ミノタウロスとの距離は着々と縮んでいた。
(今の私じゃ、逃げ切ることすらできない…。あまりにも力不足。)
満足に逃げることもできず、とうとうアンジュはミノタウロスに追いつかれてしまった。
「ヴゥゥウォォオオ――!!」
ミノタウロスはそれでやり遂げたかのように盛大な雄叫びをあげた。
(私、死ぬのかな…。思い残すことはあるけど、カヤたちがきっと…。)
木を背にしてアンジュは立ち止まる。周囲をミノタウロスに囲まれ、アンジュはそっと目を閉じた。
一人で寂しそうな表情をしている赤い髪の女の子を思い浮かべ、アンジュは笑った。
「ごめんね。これからは、一緒に……。」
死を覚悟するアンジュ。
だが、アンジュは死ななかった。ミノタウロスの攻撃が来ないのだ。
(……?)
不思議に思いアンジュは目を開ける。
確かに、目の前に存在しているミノタウロス。だがしかし、そのミノタウロスから先ほどまでの殺意は綺麗になくなっていた。




