↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/47

5.忠誠の誓い

「ねえ、颯真。提案があるの。その前に、座りましょう」


 この部屋には大きな寝台がある。そこから少し離れた円卓と椅子を指差す。


「……はい」


 颯真は立ち上がってわたくしをエスコートした。

 卓上には冷たいお茶の支度が置かれている。座るとすぐに、颯真が陶器の茶碗にお茶を注いでくれた。

 颯真も座るように促す。


「あのね、颯真」

「はい」


 戸惑いは隠せないようだけれど、颯真は真っ直ぐわたくしを見ている。なら、単刀直入に言いましょう。

 

「わたくし、まだ妊娠したくないの」

「え……それは……」


 なぜかと問う目。


「理由は今は話さない。ただ、子ができると自由に動けなくなる、それが困るの」

「つまり……自由に動きたい、と?」


 微笑んで頷く。

 さっき颯真が「子を成したい」と言った。それで見えたのだ。体調も読めなくなるし、何より懐妊がわかれば周りがわたくしを自由にはしないだろう。それは、ダメ。


「やらなければならないことがある。しかもそれを誰にも知られたくないの」


 颯真は何と言っていいかわからない顔で、それでもわたくしの真意を知ろうと一生懸命聞いている。

 そして意を決したように言う。


「誰にも、とは……陛下にもでしょうか」

「ええ、そう。この話をしたのは、颯真、あなたが初めてよ」


 驚いた顔。


「自分にだけ……」

「颯真は信頼できると思ったから」


 隠し事のできない男だと、たったいま本人が証明したもの。


 それを聞いた颯真は、驚いた顔を引き締めて頷いた。


「自分にできることであれば、何なりと。姫様のために、お役に立ちたい」


 そう言ってから「でも」と続ける。


「その……子を成すためのことをするなら、あの……自分にもできることがありそうです。だけど、姫様はそれを望んでいない。では何を?」


 わたくしはお茶を一口飲んで喉を湿らせた。


「夜伽をした『ふり』をしましょう」

「……ふり、ですか?」

「そう。子を成さないようにしたいけれど、もしも後宮で夫と過ごさなければ、問題は多い」


 後宮は世継ぎを作るための場所だ。わたくしが夫たちと閨を持たなければ、女帝は容易く夫を替えるだろう。夫をすぐに解任されれば、本人だけでなく家や係累がどんな目に遭うかわからない。わたくしの事情で彼らを面倒に巻き込みたくない。そんなのは、美しくない。


「その間、何をするかというとね」


 颯真は真剣な顔で聞いている。


「腕立て伏せと、腹筋よ」


 わたくしは軽く腕を振った。


「夜伽をするふりをして、この部屋と寝台で運動をしましょう。週に二晩くらいでいいわ」


 ぽかん、と口を開ける颯真。


「この身体、筋肉がなさすぎるのよ」


 言ってから、自分でも少し笑ってしまった。


「鍛え直す必要があるわ。あなたも付き合いなさい。運動なら得意でしょう?」

「……え、あ、はい?」


 戸惑う彼に説明する。


「ここで二人で運動をする。夜伽のふりよ。そうすれば、あなたは夫失格とはならないし、わたくしも子を成す心配がない。身体も鍛えられる」


 そしてまっすぐに見つめて告げる。


「しばらくは後宮《ここ》で我慢なさい。いつか必ず、好きな女のところへ返してあげるわ。――約束するわ」


 その言葉に、颯真はしばらく動かなかった。わたくしの言葉をかみしめて、意味を理解しようとしている顔だ。

 どれくらいの時が経っただろう。

 彼がゆっくりと立ち上がり、一歩前に出る。深く背筋を伸ばし、わたくしの足元に膝をついた。

 それは、命じられて取る姿勢ではなかった。逃げ場を失った男のそれでもない。


「姫様」


 颯真は顔を上げ、まっすぐにこちらを見る。凛々しい顔。


「自分は、何も失わない」


 はっきりとした声だった。


「好きな女も、家も、名誉も、男としての立場も。奪われずに済む。いや。姫様が、守ろうとしてくださっている」


 一度、拳を握りしめる。言葉を選ぶように、少しだけ間を置いてから、続けた。


「姫様に選ばれたことを、心から誇りに思います」


 だから、と。颯真はもう一度深く頭を下げた。


「この身は……姫様にお預けすることはできません。ですが。この忠誠は自分の意思です」


 息を、ひとつ吸う音がした。


「この命、忠誠としてお捧げします」


 ――ほんとうに、まっすぐね。

 わたくしは閉じた扇を持ち、彼の頭に乗せた。まるで騎士に対して剣でするように。


「その誓い、華音が、受け取ります」


 颯真は、大きく息を吐いた。そして顔を上げ、心底嬉しそうに笑った。最高の笑顔だった。


 それから、二人で真剣に筋トレをした。


「夜伽のふり、しっかり励まないと」


 筋トレは週に二回くらいがちょうどいい。前世もジムにはそれくらいで通ったわ。

 ようやく颯真の顔にも、柔らかさが見えるようになった。

 床に敷かれた敷物の上で、腕立て伏せ。腹筋。スクワット。息が上がり、汗が滲む。颯真は、よく指導してくれた。声も動きも、無駄がない。

 ときどき颯真がわたくしの姿にドキッとしてしまうのは、仕方ない。


「姫様、次はどうか、もう少し刺激の少ないお召し物ですと助かります……」


 赤い顔で言う。

 悪くない夜ね。

 たいしたこともしてないのに一時間もすればくたくたになった。やっぱりこの身体、軟弱だわ。全然追い込めない。


「姫様は明日は、筋肉痛になりますね」

「ちょうどいいわね」


 その答えに、颯真が思わず笑う。いい笑顔だわ。

 一人目の夫は、恋人を想い、それでも忠誠を誓ってくれた男。

 後宮も、悪くないかもしれない。

 颯真は味方にできた。だけど、毎回彼だけというわけにはいかない。

 次は、誰にしようかしらね。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。