第二話 世界は私の為にある
「私になんてフェリクス様は勿体ない方です。私なんかが婚約者で、ごめんなさい」
セシリアは眉根を下げ、そっと俯いた。
一番可愛く映る角度で。
これはセシリアの十八番である。
授業中。
勉強するフェリクスを、後ろや隣の席からちらちらと見つめる令嬢達がいる。
内心では――。
(うわ……気持ち悪い。フェリクス様の視界に入りたいのかしら。眼中にもないのに。フェリクス様が汚れてしまいますわ)
ふと、一人の令嬢が目に入る。
(まぁ……あの方なんて、似顔絵まで描いて。本当に無駄な努力)
セシリアはその令嬢に近づいた。
「とてもお上手ですね……でも、誰の似顔絵かしら?」
コテンと首を傾げ、可愛らしく笑顔を浮かべる。
その日の放課後。
その令嬢が涙を浮かべ、ぐしゃりと似顔絵を握り潰していた。
セシリアは、そっと入口から覗き見る。
(自分の世界を作って。身の程を知りなさい)
フェリクスの前では、古典的なハンカチ落としが定期的に開催される。
違うクラスや学年の令嬢。
やたらと香水くさい。
私はハンカチを拾い、ふわりと笑って令嬢に返す。
「落ちましたよ」
「……すみません。ありがとうございます」
慌てて逃げていくまでが、いつもの流れ。
(毎回、毎回、芸がない。フェリクス様が触ったハンカチを、後で嗅ぐつもりかしら……キモ)
ハンカチを拾った手を、自分のハンカチで拭うのである。
恋のおまじないが流行った時が、一番面白かった。
だって、私が既にいるのに。
みんな必死になって願掛けして。
――神様だって、人を選ぶのよ。
柱の陰から見つめるなんて、絶対させない。
私がふわりと微笑んで近づけば、逃げていく。
――この程度の気持ちで近づいてくるんじゃないわよ。
令嬢達が褒めそやす。
フェリクス様が隣にいるのを確認して。
「なんてセシリア様は謙虚な方なのかしら」
「セシリア様がお似合いですわ」
「フェリクス様がおモテになるのに嫉妬なさらないなんて、本当にできた方ですわ」
チラリとフェリクス様に視線を送る。
(皆さん、私を通してフェリクス様にアピールして。本当に意地汚い方ばかり)
「そんな……。皆さまの方が素敵ですわ」
胸の前で手を組み、上目遣いで見るのを忘れない。
(でも、皆さまがいてくださるから、私が引き立つのよね。モブの人生なんて、私には理解できないけれど)
令嬢達を一人一人見渡す。
(私が一番幸せね。あなた達はそこには届かないわ。でも可哀想だから、あなた達なりに幸せになってね)
(フェリクス様に本気で選ばれるかも……って期待しているのかしら。名前すら覚えてもらえてないのに。ご愁傷さま)
(本当に愚かな人達)
クスッ……。
いつものように可笑しくなって、口元を隠す。
――自由に青春を送るのは、ご勝手に♡
毒づくのはデフォルトである。
これが計算高い女、侯爵令嬢セシリア・ハーグレーヴの日常である。
❖❖❖
伯爵子息フェリクス・ウェルズは、とにかくよくモテた。
宮廷医師を目指す学生である。
なぜか令嬢達は、すぐにどこかが悪くなる。
次から次へと、フェリクスの前に列をなす。
ある令嬢は、
「フェリクス様、手を少し痛めたみたいで……」
白く真っ直ぐ伸びた手を差し出した。
彼女の自信のあるパーツである。
フェリクスは令嬢の手に優しく触れる。
「うーん。腫れていないようなので、湿布薬で様子を見てもらえるかい?」
「……はい。ありがとうございます」
令嬢は頬を染め、蕩けそうな瞳で礼を言った。
少し離れた場所から、セシリアはその光景を眺めていた。
(ぶふっ。鏡、見たことあるのかしら?)
フェリクスは誰にでも優しい。
分かっている。
分かっているからこそ、セシリアは笑っていられた。
(ふふっ。好きなだけ夢を見ればいいわ)
毎日、自分の足で運び込まれてくる患者を診るのが、フェリクスの日課であった。
❖❖❖
昼食時だけは、二人の邪魔をしない。
それが令嬢達の暗黙の協定である。
二人は毎日、多くの学生が利用する食堂を使う。
あえて中央のテーブルに腰を掛ける。
つまり、ここが二人の指定席である。
今まで培ってきたテーブルマナーを披露する。
気品よく食事を進める。
周囲から視線が集まる。
(ふふ……皆さん見ているわ。フェリクス様と私、美男美女の食事を見られるなんて、ありがたがりなさい)
辺りを一瞥する。
セシリアは心の中で微笑んだ。
(みんな、フェリクス様の隣にいる自分を想像しているのかしら)
少々不器用なフェリクスが、口元にソースをつけた。
セシリアはすぐにハンカチを取り出す。
「フェリクス様、ソースがついておられますよ?」
そっと拭ってやる。
ピンクのため息が、どこからか漏れ聞こえた。
セシリアは、その音が好きだった。
(ごめんなさいね)
セシリアは優雅に微笑む。
(想像することしかできないでしょうけれど)




