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何だかお母さんの気持ちが今、痛いほど分かってしまった。まだ独身なのに。
「ケチだなー。いいよ、このまま食うから」
妖精もどきはそう言って、とうとう鍋にお玉を突っ込んで食べだした。
結局、楽しみにしてたシチューは全て平らげられてしまい、満腹になった妖精もどきがその場で転がろうとするので私は慌ててそれを止めた。
「待って! そのまま転がらないで! お風呂貸したげるからせめて泥! 落としてきて!」
「あ、いいの? ラッキー」
「……」
(コイツ、わざとか。風呂入りたさにわざと転がろうとしたのか! 生意気な上に本気で厚かましいな!)
妖精もどきがお風呂に入っている間に、私はいそいそと服を用意してタオルと一緒に脱衣所に置いておいてやった。
(何やってんだ、私……)
おまけに風呂場からはご機嫌な鼻歌など聞こえてきて余計にイラッとする。
しばらくしてお風呂からようやく泥を完璧に落とした美少年が姿を現した。
「おお、見違えたわ。さっきまではあんたボロ雑巾だったのに」
「高位妖精つかまえてボロ雑巾なんて言う人間初めてだな。僕に風呂貸して食事を与えるなんて、こんなに名誉な事無いと思うんだけど」
仁王立ちして偉そうな事を言っているが、羽がブルブル震えている。寒いのか?
「ちゃんと髪乾かしなさいよ。風邪引くわよ」
「こ、こういうのは全部召使がやってたんだよ!」
「……とんだお坊ちゃまだこと。そこ、座んなさい」
綺麗な金髪は見ていてうっとりするけれど、今の彼は濡れネズミのようだ。私の言葉に渋々従った妖精はソファに座る。
大きなため息を落とした私は仕方なく彼の髪を丁寧に拭いた。それはもう、丁寧に。ほっそい金髪は乱暴にしたらすぐに絡まりそうで怖かったのだ。これを毛玉にしてしまうのは、私のプライドが許さない。
「ところで高位妖精ってなに? 私、どうせならちっちゃい妖精が良かったんだけど」
髪を乾かしながら言った私に、妖精の羽がピクリと震えた。
「お前、高位妖精を知らないのか? 嘘だろ?」
「お生憎さま。私は生まれも育ちもこの世界じゃないの。は! もしかして高位妖精とやらなら、私の事帰せるんじゃないの⁉」
確か私がここに来た時にルチルが言っていたはずだ。妖精にイタズラされたのね、と。
首を傾げた妖精に私は自身に起こった事を全て話した。
すると、妖精が何故かおかしそうに笑う。
「それはそれはご愁傷様だなぁ。残念だけどお前はもう帰れないよ。妖精の力は一方通行だからな。あっちから呼べても帰し方は誰も知らないんだよ。戻れるのは手順に則って召喚された奴らだけ♪」
それを聞いて私は愕然とした。
「嘘でしょ? なんつう迷惑な事すんのよ!」
「僕に言うなよ! 知らねぇよ、そんな事! ていうか耳元で叫ぶなよな!」
「大体あんた厚かましすぎるんだけど⁉ 人の三日分の晩御飯全部平らげといて、よくそんな偉そうにしてられるわね!」
「実際偉いんだから仕方ないだろ! 高位妖精って言ったら言っとくけど、どこの国の人間でも喉から手が出る程欲しがるんだからな!」
それを聞いて私はハッとした。
(もしかしてコイツ……売れる? 人間じゃないし……腹立つからそんなに良心も傷まないし……)
そんな私の考えていた事が分かったのか、妖精は羽を細かく震わせる。
「絶対に今、良からぬ事考えてるだろ⁉ 絶対に考えてるよな⁉」
「そんなそんな! あんた売って一攫千金! とかそんな事思ってないって!」
「思ってる! しっかり思ってた! ひっどい女だな! 信じられない!」
「信じられないのはあんたよ! 偉そうで厚かましくて、挙句の果てに帰れない⁉ ふざけんな、このすっとこどっこい!」
「すっとこどっこいだと⁉ 僕を捕まえてすっとこどっこい⁉」
「そうよ! ていうかせめて名乗りなさいよ!」
名前が呼べないのでは話しにくい。私の言葉に妖精はウッと言葉を詰まらせた。
「何よ。この期に及んで名乗れないとか言わないわよね?」
「名乗れないんじゃなくて……無いんだよ、元々。名前は妖精にとっては特別だから」
「ふーん。じゃあ皆に何て呼ばれてんの?」
「高位妖精様」
「まんまじゃないの! 呼びにくいわ!」
「仕方ないだろ! 誰もつけてくんねーんだから!」
そう叫んだ妖精の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
(何なんだ、一体。泣きたいのはこっちだよ、もう)
「クリス」
「?」
「クリスでいい? あんたの名前」
「!」
名付けた途端、今まで透明だったクリスの羽が七色に輝いた。派手だ。
けれどそんな私の心とは裏腹にクリスの顔も羽と同じぐらい輝いている。
「クリス……ま、まぁ、いいんじゃん?」
「うちの実家の犬の名前だけどね」
「犬かよ! ふざけんな! 定着しちまっただろ!」




