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「まぁまぁ、ポチとかじゃなくて良かったでしょ?」
そんな事を考えているとクリスがおもむろに伸びをして欠伸する。
「はぁ、久々の人間界に疲れた。眠い」
「はいはい、お家帰ってゆっくりお休みくださいな、クリス坊ちゃま」
そう言ってリビングのドアを開けると、クリスが首を傾げた。
「え? もう僕の家ここだけど?」
「……は?」
「高位妖精に名前まで付けて追い出す気? 嘘でしょ?」
信じられないとでも言いたげなクリスに私は唖然とした。こんな妖精の押し売り聞いた事ない。何なら居直り強盗だろう、これは。
「いや、住み着く気? それこそ嘘でしょ⁉」
驚く私を見てクリスが可愛らしく笑った。とってもとっても可愛らしく。
「よろしく、えーっと?」
「いや、名乗らないよ⁉ 名乗ったら絶対ヤバそうだから名乗らないよ⁉」
全力で拒否した私に、クリスは笑顔でじりじり近寄ってくる。背丈は私よりも拳一個分ぐらい低いが、人間離れした美形の迫力は凄い。
と、そこへ誰かがやってきた。
こちらが返事をする前にドアが開いて、外からまるで自宅に帰ってくるかのようにルチルが姿を現して開口一番。
「ヒマリ! 聞いてよ!」
「ちょ、ちょっと! なんでこのタイミングで来るの!?」
それを聞いた途端、クリスがにっこりと笑った。
「ふーん、ヒマリか。ヒマリね。よろしく、ヒマリ」
クリスは七色の羽を輝かせてげんなりする私の手を取って無理やり握手してくる。
(あぁ、詰んだ)
私はがっくりと項垂れて、そのまま無言でソファに崩れ落ちたのだった。
ギャップ萌えという単語があるが、あれはあくまでもギャップがいい方に転がった場合に使うもので、悪い方に転がったら全然萌えない。
「あんたは完全に悪い方のギャップよ」
私はソファにふんぞり返っているクリスを見た。
(妖精ってもっとキラキラ可愛いんじゃないの?)
けれどこれは全然違う。それなのにさっきからルチルがコイツを前に土下座したまま頭を上げない。まるで神様でも拝むかのように。
そんなルチルを見下ろしてクリスは言った。
「分かった? 僕の凄さ」
「すっこしも? 髪も自分で乾かせないひよっこが威張ってるだけにしか見えな~い」
「ほんっとに腹立つな、ヒマリは!」
「妖精って、私のイメージではもっと神秘的でキラキラしてて、ファンタジーの王道のはずなんだけどね! 何でよりにもよってこんなギャップの激しい妖精が来ちゃったのかね⁉」
「低級妖精と一緒にするな!」
「私の世界にはどっちも居なかったんだから仕方ないでしょ!」
「言っとくけど、妖精のおかげでこの世界のあらゆる物は存在してるんだぞ! 水も火も風も全部! ヒマリの世界でも見えなかっただけで、存在はしてたはずだよ!」
「見えないものは信じないタイプなんだから仕方ないでしょ⁉」
お化けとか妖精とか、居たとしても気にしない。居てもいいし居なくてもいい。小さい頃はそれこそ、そういうのに憧れていた事もありました。
でも大人になってそんな事言おうものなら、完全に不思議ちゃん扱い間違いなしだ。ましてやこの歳でそんな事は絶対に口に出来ない。下手したら色々心配されて病院に担ぎ込まれてしまう。そういう意味では夢も何もない生活だったと思う。悲しいけど。
「はぁ~これだから冷めきった人間は嫌だ嫌だ」
「あ、言っておくけど、ちっちゃい妖精が出てきたら私だって感動すると思うわよ? それこそ夢みたい! 絶対毎日お洋服とか作っちゃう!」
手を組んでそんな事を言う私にクリスは眉を吊り上げた。
「なんで! 僕にも服作れよ! 毎日!」
「い・や! あんたには何か嫌!」
フンとお互いそっぽを向いた所でようやくルチルが顔を上げた。
「あの~……そろそろ頭上げてもいいかしら?」
「もちろんよ! そもそも何でずっと拝んでんの? これ、そんなに凄いの? 持って帰る?」
私の一言にクリスはまたキーキー叫びだす。
そんなやりとりを見て苦笑いしたルチルが話しだした。
「あのねヒマリ、高位妖精って言うのはこの世界の守護神のようなものなの。高位妖精が居る土地はそれだけで潤うし色んな妖精が集まってくるから、それはもう豊かになるって確約されたようなものなのよ。だからどこの国も高位妖精が欲しくて仕方ないの」
「へぇ」
そうなんだ。これがねぇ? 私は何気なくクリスの羽を軽く引っ張った。それを見てルチルとクリスがギョっとした顔をする。
「ちょ、おま! は、離せよ!」
「いや、羽は綺麗だなと思って。これトンボの羽?」




