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「え? そ、そうか? ま、まぁ羽は一番自慢っていうか、そうだろ? 綺麗だろ?」
「うん。でもちょっと乾燥してない? こんなもんなの?」
触られて驚きはしたものの褒められてまんざらでもなさそうなクリスに、ルチルが更に驚いたように目を見張っている。
「え? うわ、マジか。やっば! 石鹸で擦り過ぎたかなぁ」
さわさわと自分の羽を触って愕然とするクリスに、私はキッチンからオリーブオイルを持ってきた。
「ほらそこ座って。乾燥しすぎて破れたらどうすんの?」
「オリーブオイルかぁ……ま、いっか。明日なんか別のオイル取ってこよ」
素直に座って羽を手入れされるクリスに、もうルチルの目は点だ。
「ね、ねぇ、実は凄く仲良いの?」
「誰が?」
「誰と?」
二人同時に言うと、ルチルは一瞬ポカンとして次の瞬間噴きだした。
「ううん、ごめんなさい。クリス様、どうかヒマリに加護を与えてやってください。彼女はご存知の通り別の世界から来た人なので色々ご迷惑をおかけするかもしれませんが、悪い人間ではないので」
そう言って頭を下げるルチルを見て私が感動していると、クリスはふんぞり返って言った。
「分かってる。妖精はその人間の本質を見てる。だから僕はここに来たんだ。ちゃんと加護をつけるよ。名前ももらったし」
その一言にルチルが大きく仰け反る。
「お名前を? ヒマリが⁉ そうでしたか! それは失礼しました。それでは今日の所は私はこれで失礼致します」
「ああ、じゃな」
軽く挨拶したクリスにルチルはもう一度深々と頭を下げた。
「ルチルもう帰るの? ってか、もうこんな時間か。早く戻ってあげな。外に御者さん待たせてるんでしょ?」
「うん! それじゃ、また来るね! おやすみ~」
私の言葉にルチルはぱっと顔を上げて、スキップでもしそうな勢いで家を出て行った。
こうしてまた部屋にクリスと二人になったので、ちらりとクリスを横目で見る。
「あんたさ、本当に凄い奴なの?」
「まぁねぇ」
「でもさ、それとこれとは別だから。ここに住むんなら明日からちゃ~んと手伝ってね?」
「はぁ⁉」
「働かざる者、食うべからず、だよ!」
「お、おま! しんっじらんねぇ!」
私の言葉にクリスはツヤツヤになった羽をブルブル震わせて、顔を真っ赤にしていた。
(ムンクの叫び。言わずと知れた名画ですね。ええ、絵だと素晴らしいですよ。でもね、それが現実に居たらどうです? あれが交差点の向かい側から歩いてきたらどうです? 怖いでしょ? ええ、怖いです。私も内心ビビってます)
私は目の前に座ってこちらを見上げてくるムンク、もとい少女を見てゴクリと息を飲んだ。
どこへやってしまったのかほとんど無い眉毛。色を白く見せる為に塗りたくった白粉、ツルりと不自然なほど広いおでこ。黒に近い赤い唇。
正に『叫び』そのものだ。
「えっと……まず初めにお化粧を一度全て落としていただく事になりますが、よろしいですか?」
「え? 落とすの⁉ 全部⁉」
「ええ、全部です!」
そう言って私は有無を言わさず少女の顔にしっかり温めた手巾をあてがった。何をしているかって? 溶かしてるんですよ、蝋を。正しくは蜜蝋を。
「き、きゃぁぁ! や、止めて! 取れちゃう! 取れちゃうから!」
「取ってるんです、マリアンヌ様。じっとしていてください!」
思わず強い口調になった私に驚いたのか、マリアンヌはシュンと縮こまった。
彼女はマリアンヌ・ルシエール。侯爵家のご令嬢だ。
話を聞けば、彼女は今年の頭に婚約者と初めて会い、それから一度も婚約者がマリアンヌと会ってくれないのだという。理由が分からなくてただでさえ不健康に白い肌をさらに白く見せる為に、とうとう水銀入りの白粉に手を出したらしい。
それを知ったマリアンヌの友人がここを紹介したそうなのだ。
『そのお悩み、ヒマリならきっとどうにかしてくれるわ!』
そう、ルチルである。全く迷惑な話だ。よりによってこんなムンクの『叫び』のような女を寄越すとは。
全ての化粧を落としたマリアンヌの顔はまるで白磁の陶器のようだった。
そう、何もない。シミも皺も何も。ついでに言えば目は小さく鼻も口も小さい。全体的に卵のようである。
しかし顔立ちは可愛い。小リスのような愛らしさがある。
「マリアンヌ様のお顔立ちは全てのパーツが控えめでらっしゃるので、お化粧は目を強調したものにしましょう。そうする事で小ぶりの鼻が愛らしさを引き出します」
「ま、まぁ! そ、そうかしら?」
「はい。あんな厚化粧をしては可愛らしいお顔が台無しです。では、お直し入りまーす!」




