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「姫、これは王妃とあなた付きのメイド達からです。当面の間の着替えや身の回りの物だそうですよ」

「あ、ありがとう」


 ルチルはトワの仕事モードの真顔が怖いのか、慄きながら大きな袋を受け取った。


「いえ。それからあなた達がしばらく住む家はこの家の斜向いに王が手配したそうです。王は大変ヒマリを信頼しているようですね」


 そう言ってトワは今度はチラリと私を見たが、私はそんな事よりも仕事モードのトワが新鮮すぎてガン見してしまう。


「な、なんですか?」

「いや~やっぱトワはイケメンよね。黙って立ってたらそりゃ色々寄ってくるわ」


 素直に言った私にトワは一瞬キョトンとして、次の瞬間には耳まで真っ赤になってしまった。


「おーおー、照れてる照れてる。で、なんでこんなに早いんだよ?」

「え? あ、それは俺が今日から姫付きの護衛になったから……ゴホン! なったからです」


 慌てて言い直したトワの顔はもう仕事モードだ。そんなトワを見て私とクリスは思わず顔を見合わせて笑ってしまった。トワは本当にイケメンを無駄遣いしている。


「何だか大変だね、トワも」

「とんでもありません。仕事中はしっかり姫をお守りいたします」


 言いながらトワは私が淹れたお茶を飲んでホッと息をついている。


「誰も見てないんだから普通にしていればいいのに。あなたは本当に真面目ね」


 呆れたようなルチルが言うと、トワは少しだけ眉根を寄せてルチルを見たが、ルチルはすぐさまトワから視線を逸らした。そんなに仕事中のトワが怖いのか。


「駄目よ、ルチル。いい? 世の中ってね、どこに目があるか分からないの。おまけにいつもはどんなに品行方正でもね、ちょーっとでも悪いことしたら一瞬で評価は地に落ちるの。それはもう怖いぐらいにね」

「おや、詳しいですね、ヒマリさん」

「そりゃそうよ。社畜でハケンだった私なんて特にセイシャインからの視線がいつも怖かったわ。一度評価が落ちるとそこはもう底なし沼! 二度と這い上がることが出来ないんだから!」

「こ、怖いんだな、社畜の一生って……」

「怖いわよ。だから就業時間だけはきっちりと! 手を抜く時は周りをよく見て! これは鉄則よ!」


 力を込めた私の言葉にトワはうんうんと頷いている。


「でもどうしてそこまですんだよ? いや、お前は分かるよ? だって社畜辞めたら路頭に迷うような世界だったんだろ? でもトワは違うじゃん?」

「それはあんた、簡単よ。もしサボってるのがバレたらこんな美味しい仕事が他の誰かに取って代わられるじゃないの。ねぇ?」


 私が問いかけると、トワは困ったように肩を竦めて見せた。


「美味しいと言いますか、どうせ姫はこの家に入り浸るでしょう? ヒマリが居るのに他の男を仕事とは言え簡単に上げる訳にはいきませんから」

「なるほどな! ルチルよりもヒマリを心配したって事か! お前、なかなか欲望に忠実だな!」

「ク、クリスっ! そ、そういうつもりではなくて!」

「なるほど。そういう理由でしたか。今聞いたことはギリギリ不敬罪に当たりますが、黙っておいてさしあげましょう」

「セターレ様っ!」


 仕事の事などすっかり忘れてしまったかのようにトワが慌てる。しかし慌てていてもトワの顔は崩れない。凄いな、イケメン。


「それにしても良い傾向よね! 美貌の騎士にようやく春が来そうなんですもの!」

「そうなの? 誰? 私が知ってる人?」


 とうとう? 私が首を傾げると、何故かその場に居た全員が揃って私を白い目で見てくる。


「お前ってさ、多分婚活成功しなかったのそういうとこだと思うぞ?」

「何よ。どういうとこよ?」


 就活よりも熱心に自分のプロフィールを何度も何度も書き換えた私だ。どれほど自分と見つめ合ったか分からないほどだ。そんな私でも何故婚活が成功しなかったのか分からないというのに、何故たかだか半年やそこらのクリスに分かるというのだ!


「いや~……お前、自分に向いてる矢印に疏すぎ。普通の奴だったらとっくに心折れてるレベルだと思う」

「多分ヒマリさんは自分の心が動かないとその矢印にすら気づかない人なのでしょうね。これはトワ、苦労しますよ」

「……心得てます」

「トワの恋の道のりは、これからも永遠のように続く試練の連続なのであった——」

「姫、不穏なナレーションを入れるのは止めてください」


 そう言ってガックリと肩を落としたトワを見て、私だけが一人何の話をしているのか分からなかった訳だが、この際そんな事はどうでもいい。


「ところでさ、これからどうすんの? とりあえず聖女の持ってる絵についてどうにか出来そうなの?」


 ルチルが近所に越してくる事自体は楽しそうでいいが、一応ルチルは一国の姫である。警備もトワとセターレだけだなんて不安でしかない。

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