72
そう言ってコロッケに手を伸ばそうとしたルチルの手を叩いたのはトワだ。
「すみません、姫。コロッケは人数分しかありません」
「ちょ、あなた王の騎士でしょ!? 今私の手を叩いたの!?」
「叩きましたとも。俺は王の騎士であなたの騎士ではありませんし、そもそも今は時間外です。あとあなたが昨日俺を聖女に売った事、俺は絶対に忘れません」
「ね、根に持つわね……そんなだから彼女の一人も出来ないのよ」
「それとこれとは関係ありません。それに、俺は彼女が欲しいと思った事もありません。知っているでしょう?」
言い切ったトワにルチルが頬を膨らませた。
「二人共喧嘩しないの! ルチル、明日のトワのお弁当に入れようと思ってたコロッケあげるわ」
「やったー! ヒマリだぁい好き! ふふん、ザマァみなさい。正義は勝つのよ」
私の言葉にルチルは喜んで私に飛びついてきた。そんなルチルを無視してトワがこの世の終わりみたいな顔をして言う。
「ヒ、ヒマリ、それは俺のでは……?」
「あなたの明日のお弁当はクリスに冷凍してもらったクリームコロッケの方を揚げるから安心してちょうだい」
するとそれを聞いて今度はクリスが立ち上がった。
「ちょっと待てよ! 何だよ、そのクリームコロッケって! 僕の分は!?」
「あーもう! うるさいうるさい! ちゃんとあるわよ! で、ルチルはとりあえずコロッケの前にシャワー浴びてきなさい。私の着替え貸したげるから」
「うぅ、ありがとう……待って。ヒマリの着替えってもしかしてあのラフすぎる奴?」
青ざめてそんな事を言うルチルにトワとクリスまで青ざめる。
私の部屋着は主にキャミソールと短パンだ。多分、ルチルはそれの事を言っているのだろう。
「まさか! ちゃんと長袖と長ズボンよ、安心して」
「良かった……もしも私があれを着て誰かに見られたら、その人の首が飛ぶわ……」
「え、そうなの?」
「そうよ。ヒマリの普段着は破廉恥罪にも匹敵するわ」
「は、破廉恥罪!? ちょ、マジで?」
「マジだろ。お前あれはほぼ裸と同義だぞ。まぁ僕はもう大分見慣れたけど、あれで目の前ウロウロされたら健全な男子は気が気じゃないよなぁ?」
ニヤニヤしながらクリスがトワを見ると、トワはフイとクリスから視線を逸らす。そんなトワにクリスが追い打ちをかけるように言った。
「あ、でも天下の騎士様は彼女いらないんだっけ? こ~んな社畜なんか相手にもしないよな~?」
「っ! そ、それは言葉のアヤで! 今はそんな事思ってないっていうか、ヒマリは特別って言うか——」
「はいはい、終わり終わり! そんな訳だからとりあえずルチルはお風呂! 私はその間にもう少しコロッケあげてくるわ。着替えは私のクローゼットから好きなの持ってってちょうだい」
「ありがと~ヒマリ~!」
こうして突然やってきた賑やかなお姫様は、スキップして床を水浸しにしながらお風呂場に向かったのだった。一体どれだけ雨に濡れてきたんだろう。
「悪いんだけどクリスとトワ、ルチルの歩いた後拭いてくれない? 床が水浸し!」
「はぁ……やっぱ飯時に来る客はロクなもんじゃねぇな」
「……全くです。今日は聖女に会わずに済んだとても良い日だったというのに……」
ぶつくさ文句を言いながらも二人は食事の手を止めて玄関からリビング、そしてお風呂場までの床を綺麗に拭いてくれた。すっかり調教済みみたいになっていて、何だか申し訳ない気もしないでもない。
しばらくしてルチルがようやくお風呂から上がってきた。
「はぁ~ヒマリの服ってなんて楽ちんなの! 軽いし頭から被るだけだし、ズボンだから足元気にしなくて良いし!」
「よくお似合いですよ、姫。やんちゃなあなたにはピッタリですね」
「嫌味ねぇ。まぁいいわ! 私は今、最高に機嫌がいいもの! ねぇねぇヒマリ、お風呂にあったあのオイル、すっごくいい匂いだった! あれは何のオイルなの?」
「風呂のオイルは僕の羽根用だぞ」
「え!? 危ない……勝手に使う所でした……」
ルチルはクリスの言葉に青ざめて急いで頭を下げた。そんなルチルを見てクリスは笑う。
「別に構わねーよ。僕と匂いがお揃いになっちまうぐらいだよ」
「ク、クリス様とお揃いの香りだなんて恐れ多い!」
「そうか? ヒマリも遠慮なく使っていいんだぞ?」
「何を言ってるんですか、あなたは! ヒマリ、絶対に使っちゃダメだからね!」
「私にはホワイトバーチがあるから使わないってば。クリスもトワをからかわないの! で、ルチルはずぶ濡れでこんな時間にどうしたの? 御者は居ないの?」
私の言葉にルチルは何かを思い出したかのように涙を浮かべる。
「え、何で泣くの!?」
「それがね! あいつ! あの女!」
「女? もしかして、聖女ですか?」




