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残念そうなマリアンヌに私は言った。
「いいですか、マリアンヌ様。人間が一番美しい顔に見えるのは、首よりもワントーンだけ明るい色です。それ以上だとまるでお化け! 真っ白な顔にあからさまに描いた眉毛に真っ赤な唇。どうです? 聞くと怖いでしょう?」
「え、ええ……そうね……」
想像したのか、マリアンヌはブルリと震えるが、それはついさっきまでの君だよ、マリアンヌ。
ファンデーションと白粉を塗り終えた私は、もう一度マリアンヌに鏡を渡した。
「見てください。さっきと随分印象が変わりませんか?」
「! これは……私なの⁉」
「はい。マリアンヌ様です。そしてお化粧はここからがスタートです。どれほど自然に描き込んでいくか! それが勝負なのです! まずは眉! 細すぎて無いも同然ではないですか! 細いにしても、もう少しやり方があるのです! こうやってまずは眉山と眉尻に点をつけます。ここに向かって、一本一本毛を書き込むように!」
「は、はい!」
「これだけで自然な細眉の出来上がりです! そしてチーク! チークも入れ方一つで印象は色々です! マリアンヌ様はまだお若いので、それを生かします。薄いピンクのチークを使い、形はフワっと丸く! この時、決してボテっとはつけないように、これがポイントです。チークを付けたら上からその部分に白粉を軽くつけ、余計な粉を落とす! そうしたら!」
「そ、そうしたら⁉」
「まるで少女のように愛らしいお顔に!」
「まぁぁ!」
「そして目! マリアンヌ様は少々釣り目でらっしゃいます。なので、まずは目尻にアイラインを下に向けて引くのです。こうする事であっという間に垂れ目に!」
「ほんとだわ!」
「今回は愛らしさを強調するために目尻を下げましたが、強く見せたい時などは少しだけ跳ね上げて、より釣り目に見せるのも効果的ですよ。そしてこのままでは目尻だけが強調されてしまっておかしいので、睫毛の際にアイラインを塗り込んでいきます。すると、ボヤっとしてどこにあるか分からなかった目が!」
「目が!」
「ほら! こんなにも存在感を出してきました! 睫毛は長く美しいので、ビューラーでぱっちりと上げて、マスカラは美容成分の入った透明な物を。こうする事で睫毛にツヤが出て、常に涙で濡れているかのような目元を演出できます。最後に唇です。はっきりくっきり塗ればいいというものではありません。愛らしく、思わずキスしたくなるような唇を作るには、それなりの努力は必要不可欠です。まずは真ん中に濃いめのピンクをボテっと置きます。そして、ここから小指を使ってジワジワと外側にボカすのです。はっきりとした唇ではなく、境界線をボカす事によって儚げな印象を持たせます。そして上から皆大好き蜜蝋のグロスを塗ってやるのです。すると、唇はまるで油ものを食べた後のようにテカテカ、いえ、プルプルに!」
「本当だわ! こ、これが私……?」
「はい。とても可愛らしいでしょう? 先ほどの自分と比べてみてどうですか?」
「素晴らしいわ……全然白くないのに何故かしら……こちらの方がいいと思える」
マリアンヌの言葉に私は頷いた。そりゃそうだ。誰だってあの『叫び』よりは人間の娘の方が良いに決まっている。
「さて、お顔のお直しはこれで終了です。後は私から一つだけお願いです」
「何かしら?」
まだぼんやりと鏡の中の自分に見惚れるマリアンヌに言った。
「おでこの髪は……剃らないでください」
「え?」
「おでこが広すぎて全てが台無しになってしまうので、しばらく帽子などでおでこを隠し、ちゃんとここまで前髪を生やしてください! お願いですから!」
自然に髪が抜けてそうなったならそれは別に構わない。それはもうおでこだ。
しかし、おでこを剃る事でそこにチクチクと毛が生えてスキンケアやファンデーションが塗りにくい!
必死の懇願にマリアンヌは圧倒されたように頷いた。
「わ、分かったわ」
「ええ。それまでお家でメイクの練習をして、前髪が全て生えそろった頃にもう一度婚約者の方に会ってみてください。きっと上手くいきますから」
「ええ、ありがとう! 今日使ったもの全て貰えるかしら?」
「もちろんです! ありがとうございま~す!」
私はそう言って上機嫌なマリアンヌを連れて受付に案内した。そこでもろもろのお会計を済ませ、扉の外までお見送りをする。
「またお越しくださいませ~」
笑顔で頭を下げて手を振り、馬車の音が遠ざかったら顔を上げて一言。
「まいどあり~」
「……お前って、ほんっと二重人格……」
いつの間にか隣にやってきていたクリスの言葉に私は笑った。
「仕事だからね。はぁ~つっかれた。伸ばしもしてない蜜蝋なんか顔に塗りたくんなっての。剥がすのにどんだけ時間かかると思ってんのよ。さ~ビール飲も、ビール!」
「そのうち体壊すぞ」
「だ~いじょうぶ! 私の肝臓は鉄で出来ている!」
「……はいはい。じゃ、閉めるからな」
「よろしく~」
こうして、今日のお直しも無事に終了した。出来高制さいっこう!




