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私は指折り数えながらいそいそとスキンケアの用意をし始めたが、そんな私をトワは止めようとはしない。もしかしたらトワも心のどこかでそういう本の読み方をしたくはないと思っていたのかもしれない。
スキンケアをベッドのサイドテーブルに移動させた私は、ベッドの上で正座をして太ももを叩いた。
「はい、ここに頭置いて!」
その言葉にトワはギョッとしたような顔をしてすぐさま首を振る。
「む、無理ですよ! 突然何を言い出すかと思ったら!」
「座ってもいいわよ? その場合私の胸にあなたの後頭部を押し付ける事になるけど?」
「あ、足でお願いします……」
「よろしい」
渋々、というよりはおっかなびっくりと言った感じでトワはようやく仰向けになり、軽く私の太ももに頭を乗せる。
「そんな首に力入れて頑張ん無くてもいいわよ。ほら!」
首に力を入れてどうにか抵抗しようとするトワのおでこを人差し指でグッと押すと、トワは低いうめき声を上げてようやく首の力を抜いた。
「目は閉じててね」
「う、うん」
トワが顔を真っ赤にしながら目を閉じたのを確認した私は、コットンに化粧水を染み込ませてそっとトワの肌の上を滑らせていく。
「……こんな風に誰かに顔を触られるのは初めてです」
「そう? まぁ騎士様の顔を触るなんて不届き者になりそうだもんね」
「そんな事は無いけど、そういうのは親しい人にしかしないでしょ?」
「まぁねぇ。私は仕事だから一杯触るけどね」
それはもう、お嬢様達の顔からどれほどの蜜蝋を剥がしてきたか! 私の言葉にトワはパチっと目を開けて私を見つめてくる。
「そ、それは、お、男も?」
「男の人? 男の人はスタンさんぐらいかな」
「スタン……あのライオンか……」
私の言葉にトワの声が低くなるが、何もトワが気に病む事はない。
「スタンさんの場合は顔の毛を切るっていう仕事内容だったの。だって勿体ないじゃない、顔隠しちゃうの。ほら、目閉じて」
「あ、うん。なんだ、そうだったんだ。ん? それ前に守秘義務がどうとか言ってたやつ?」
「そうそう。まぁあれから大分経ったしもう時効でしょ。それにトワはもう身内みたいなもんだしね」
「……身内……」
その言葉にポッと頬を染めたトワの目の上に温めたタオルを置いてやると、トワはホッと息を吐く。
「気持ち良い?」
「うん。眠くなる」
「はは! 寝ていいよ。それにしても綺麗な肌ね。腹の立つ」
「ヒマリより先に寝ないよ。さっきも言ってたけど、ちゃんと護衛しないと」
言いながらトワは小さな欠伸を噛み殺す。国を守る騎士様は毎日毎日お疲れのようだ。
手早く化粧水をトワの肌に塗り込み、オイルを手で温めてゆっくりと顔のマッサージを始めると、トワは本格的に静かになってしまった。寝息こそ聞こえないものの、相当なリラックスモードに突入したらしい。
それからも私が無言でトワの顔のマッサージをしていると、微かにトワの寝息が聞こえてきだした。そんなトワを見て私は心の中で小さくガッツポーズを作る。
こういう警戒心の強い人が自分の手によってうっかり眠りについてしまった時の快感は何とも言えないものである。たとえそこに金銭が発生しなくても!
しばらくして私は完全に寝入ってしまったトワの頭の下にそっと枕を差し入れて布団をかけてやると、トワはすぐさま布団に潜り込んでしまった。そんなトワを見て思わず私は笑いを漏らす。
「ねぇ、何でそんなイモムシみたいに丸まるの?」
問いかけてみてもトワからの返事は無い。肩を竦めた私はそのままトワの隣に入りつつ欠伸を一つして明かりを落とした。
「おやすみ、トワ」
「んー……」
何となく返事が返ってきたのがおかしくて、私はトワに背中を向けて目を閉じる。さっき飲んだ地ビールや料理の感動と、散財してしまった後悔を噛み締めながら。
朝、私は誰かのうめき声と私を呼ぶ声で目を覚ました。ゆっくり目を開けると、私は何か大きな抱きまくらにしがみついている。
しかしこの抱きまくらは駄目だ。硬すぎる。そんな事をぼんやりした頭で考えていると、ようやく私を呼ぶ声がはっきりと聞こえてきた。
「——マリ! ヒマリ、お願いだから起きて! ヒマリってば!」
「んん? トワ……? 何でここに……?」
そこまで言って私は傍と気づいた。大きな抱きまくらだと思っていたのは紛れもなくトワで、そのトワはと言えば背中をこちらに向けた状態で体を強張らせて声だけで必死になって私を起こそうとしている。無理やり引き剥がしたりしない所が優しいトワらしい。
まだ寝ぼけている私がゆっくり起き上がると、トワはそのままベッドからずり落ちて一言も話さずに洗面所へ消えてしまう。
「もう朝かぁ……なんかよく寝た気がする」




