第95話「別々でも、おいしいです」
昼過ぎ。
客席の隅で、男の子がバーガーを分解していた。
上のパン。
レタス。
トマト。
パティ。
チーズ。
下のパン。
紙の上へ、きれいに一列。
好代は水を置く手を止めた。
「お水です」
「ありがとう」
母親が言った。
男の子はパティだけを持ち上げた。
かじる。
次にトマト。
最後にパン。
好代は、しばらく見ていた。
「食べにくくないですか?」
男の子が首を振る。
「こっちがいい」
「そうですか」
それだけ言って、好代は戻った。
カウンターまで来てから。
一度、振り返った。
バーガーだったものは、もう半分なくなっていた。
*
十分後。
母親がレジへ来た。
「すみません」
「はい」
「この子、いつもああやって食べるんです」
「はい」
「お店の人、嫌かなと思って」
好代は客席を見る。
男の子はチーズを四つ折りにしていた。
「私は、少し気になりました」
母親の顔が曇る。
好代は続けた。
「どうして別々にするのかな、と」
「ああ」
「でも、嫌ではないです」
「ほんと?」
「はい」
少し考える。
「私なら、一緒に食べますけど」
母親が笑った。
「バーガー好きそうだもんね」
「好きです」
そこは、すぐ答えた。
*
男の子は最後にレタスを残した。
一枚。
皿の真ん中。
好代が下げに行くと、男の子が言った。
「これ、いらない」
「分かりました」
皿を持ち上げる。
「でもバーガーはおいしかった」
「ありがとうございます」
「レタスないほうがもっとおいしい」
好代の足が止まった。
「そうですか」
「うん」
男の子はもう母親の手を引いている。
ベルが鳴る。
二人が出ていく。
好代は皿の上のレタスを見た。
厨房へ戻る。
廃棄箱の前で。
少し止まった。
食べ残しなので、食べない。
そのまま捨てた。
でも。
「レタスがない方が」
口に出す。
想像できなかった。
*
休憩。
好代は自分用のバーガーを一つ作った。
いつもの順番。
下のパン。
ソース。
レタス。
パティ。
チーズ。
トマト。
上のパン。
重ねる。
持ち上げる。
食べようとして。
止まった。
レタスを抜いた。
皿の横へ置く。
一口。
噛む。
もう一口。
「……違いますね」
悪い、ではない。
違う。
肉の味が先に来る。
ソースが強い。
パンの甘さも分かりやすい。
好代は三口目を食べた。
「これも、おいしいです」
横のレタスを見る。
今度はレタスだけ食べる。
冷たい。
ぱり、と鳴った。
「別々でも、おいしいです」
誰も聞いていなかった。
*
午後三時。
別の客がバーガーを注文した。
好代はいつも通り作った。
レタスも入れた。
渡す。
次の客。
同じ。
その次も。
好代は、レタス抜きをおすすめしなかった。
新しい食べ方の札も作らなかった。
売上端末にも登録しなかった。
ただ。
自分の休憩用の注文履歴だけに、レタス抜きが一件残った。
夕方。
渾沌がそれを見つけた。
「好代ちゃん、レタス嫌いになった?」
「いいえ」
「じゃあ入れ忘れ?」
「抜きました」
「なんで?」
好代は答えようとして。
客席を見る。
もう男の子はいない。
名前も知らない。
「お客さんが、そうしていたので」
「真似したの?」
「はい」
渾沌が笑う。
「好代ちゃん、すぐ影響されるね」
好代は少し考えた。
以前なら。
それを、あまり良いことだとは思わなかったかもしれない。
誰かの言葉。
誰かの見方。
誰かが決めた意味。
自分ではないものが、自分の中へ入ってくる。
それで変わる。
「そうかもしれません」
好代は言った。
「でも、抜いたのは私です」
渾沌が首を傾げる。
「入れたのも好代ちゃんだけどね」
「はい」
好代は笑った。
*
閉店前。
好代は夕食用のバーガーを作った。
今度はレタスを入れた。
一口食べる。
いつもの味。
「こっちも、おいしいです」
二口目。
途中で上のパンを外した。
トマトだけ食べる。
戻す。
次はそのまま食べる。
決まった食べ方ではなくなった。
食べ終わったあと。
包み紙の上に、小さなレタスの欠片が一つ落ちていた。
好代は指でつまむ。
食べる。
それから包み紙を丸めた。
ゴミ箱へ入れる。
誰かの食べ方が残ったのか。
自分の食べ方が増えたのか。
好代には、分からなかった。
でも。
明日もたぶん、バーガーを食べる。
そのとき、どう食べるかは。
まだ決めていなかった。




