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第95話「別々でも、おいしいです」


昼過ぎ。


客席の隅で、男の子がバーガーを分解していた。


上のパン。


レタス。


トマト。


パティ。


チーズ。


下のパン。


紙の上へ、きれいに一列。


好代は水を置く手を止めた。


「お水です」


「ありがとう」


母親が言った。


男の子はパティだけを持ち上げた。


かじる。


次にトマト。


最後にパン。


好代は、しばらく見ていた。


「食べにくくないですか?」


男の子が首を振る。


「こっちがいい」


「そうですか」


それだけ言って、好代は戻った。


カウンターまで来てから。


一度、振り返った。


バーガーだったものは、もう半分なくなっていた。



十分後。


母親がレジへ来た。


「すみません」


「はい」


「この子、いつもああやって食べるんです」


「はい」


「お店の人、嫌かなと思って」


好代は客席を見る。


男の子はチーズを四つ折りにしていた。


「私は、少し気になりました」


母親の顔が曇る。


好代は続けた。


「どうして別々にするのかな、と」


「ああ」


「でも、嫌ではないです」


「ほんと?」


「はい」


少し考える。


「私なら、一緒に食べますけど」


母親が笑った。


「バーガー好きそうだもんね」


「好きです」


そこは、すぐ答えた。



男の子は最後にレタスを残した。


一枚。


皿の真ん中。


好代が下げに行くと、男の子が言った。


「これ、いらない」


「分かりました」


皿を持ち上げる。


「でもバーガーはおいしかった」


「ありがとうございます」


「レタスないほうがもっとおいしい」


好代の足が止まった。


「そうですか」


「うん」


男の子はもう母親の手を引いている。


ベルが鳴る。


二人が出ていく。


好代は皿の上のレタスを見た。


厨房へ戻る。


廃棄箱の前で。


少し止まった。


食べ残しなので、食べない。


そのまま捨てた。


でも。


「レタスがない方が」


口に出す。


想像できなかった。



休憩。


好代は自分用のバーガーを一つ作った。


いつもの順番。


下のパン。


ソース。


レタス。


パティ。


チーズ。


トマト。


上のパン。


重ねる。


持ち上げる。


食べようとして。


止まった。


レタスを抜いた。


皿の横へ置く。


一口。


噛む。


もう一口。


「……違いますね」


悪い、ではない。


違う。


肉の味が先に来る。


ソースが強い。


パンの甘さも分かりやすい。


好代は三口目を食べた。


「これも、おいしいです」


横のレタスを見る。


今度はレタスだけ食べる。


冷たい。


ぱり、と鳴った。


「別々でも、おいしいです」


誰も聞いていなかった。



午後三時。


別の客がバーガーを注文した。


好代はいつも通り作った。


レタスも入れた。


渡す。


次の客。


同じ。


その次も。


好代は、レタス抜きをおすすめしなかった。


新しい食べ方の札も作らなかった。


売上端末にも登録しなかった。


ただ。


自分の休憩用の注文履歴だけに、レタス抜きが一件残った。


夕方。


渾沌がそれを見つけた。


「好代ちゃん、レタス嫌いになった?」


「いいえ」


「じゃあ入れ忘れ?」


「抜きました」


「なんで?」


好代は答えようとして。


客席を見る。


もう男の子はいない。


名前も知らない。


「お客さんが、そうしていたので」


「真似したの?」


「はい」


渾沌が笑う。


「好代ちゃん、すぐ影響されるね」


好代は少し考えた。


以前なら。


それを、あまり良いことだとは思わなかったかもしれない。


誰かの言葉。


誰かの見方。


誰かが決めた意味。


自分ではないものが、自分の中へ入ってくる。


それで変わる。


「そうかもしれません」


好代は言った。


「でも、抜いたのは私です」


渾沌が首を傾げる。


「入れたのも好代ちゃんだけどね」


「はい」


好代は笑った。



閉店前。


好代は夕食用のバーガーを作った。


今度はレタスを入れた。


一口食べる。


いつもの味。


「こっちも、おいしいです」


二口目。


途中で上のパンを外した。


トマトだけ食べる。


戻す。


次はそのまま食べる。


決まった食べ方ではなくなった。


食べ終わったあと。


包み紙の上に、小さなレタスの欠片が一つ落ちていた。


好代は指でつまむ。


食べる。


それから包み紙を丸めた。


ゴミ箱へ入れる。


誰かの食べ方が残ったのか。


自分の食べ方が増えたのか。


好代には、分からなかった。


でも。


明日もたぶん、バーガーを食べる。


そのとき、どう食べるかは。


まだ決めていなかった。

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