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第93話「三倍にしたので」


朝。


黄色いソースが、三箱届いた。


好代は納品票と箱を見比べた。


一箱。

二箱。

三箱。


間違っていない。


昨日、自分で送った数字だった。


「入りましたね」


冷蔵庫を開ける。


上段には赤いソース。

中段には白。

下段が黄色。


三箱は入らない。


好代は黄色を二箱入れた。


残り一箱を持ったまま、もう一度中を見る。


白を一箱出せば入る。


昨日、一番売れなかったものだった。


好代は白い箱を出した。


黄色を入れる。


扉を閉めた。


白い箱だけが床に残った。


「……置く場所を確認します」


その時は。


それで終わると思っていた。



十一時二十分。


「白いやつないの?」


最初の客だった。


好代はメニューを見る。


白いソースの商品には、小さく《一時休止》がついている。


「申し訳ありません。今日は在庫が少なくて」


「昨日あったよね」


「はい」


「じゃ赤でいいや」


客は赤を頼んだ。


十一時四十七分。


二人目。


十二時十三分。


三人目。


好代は端末の履歴を開いた。


白。

白。

白。


昨日は、一日で二つしか出ていない。


今日はもう三人が聞いている。


「そういう日なんですね」


言ってから。


少し違う気がした。


冷蔵庫を見る。


そういう日なのではない。


自分が、そういう日にした部分がある。



昼過ぎ。


四人目は常連だった。


年配の女の人で、いつも同じ席に座る。


注文も同じだった。


「いつもの、白いので」


好代は頭を下げた。


「今日は、お出しできません」


「売り切れ?」


「在庫はあります」


女の人が首を傾げる。


「あるの?」


「別の保管場所に移しました。すぐ使える状態ではありません」


「なんで?」


好代は答えた。


「私が、黄色を三倍にしたので」


女の人は好代を見る。


「黄色、人気なんだ」


「昨日は」


「今日は?」


好代は客席を見る。


黄色い皿が四つ。

赤が三つ。


昨日ほどではない。


「今のところ、普通です」


「じゃあ白、追い出されちゃったの」


笑っている。


好代は笑えなかった。


「はい。私が出しました」


女の人は少し考えた。


「じゃ、今日は赤にする」


「申し訳ありません」


「明日は白ある?」


好代は、すぐ「あります」と言いかけた。


止める。


「出せるようにします」


「じゃ明日来る」


注文を受ける。


女の人はいつもの席へ行った。


赤いソースを食べて。


少しだけ残した。



好代は休憩に入らなかった。


白い箱を持って、保管場所を探した。


バックヤード。


満杯。


予備冷蔵庫。


中には世界線番号の違う瓶が並んでいる。


混ぜない方がいい。


配送口の保冷棚。


二時間後に別便が来る。


使えない。


最後に、朝の白い箱を抱えたまま厨房へ戻った。


箱の角が腕に食い込んでいた。


「置けませんね」


誰に言うでもなく言う。


黄色を減らせばいい。


簡単だった。


一箱出す。

白を戻す。


でも、黄色を目当てに来る客がいるかもしれない。


昨日の売上だけなら、増やした判断は間違っていない。


今日の白だけなら、間違っているように見える。


好代は冷蔵庫の前にしゃがんだ。


数字を開く。


昨日。

今日。

先週。


見る。


それから端末を閉じた。


数字は、明日の客を連れてこない。


好代は黄色を一箱出した。


白を戻した。


黄色の箱には、《開封前》のシールを貼る。


「これは、今日使い切らなくていいです」



夕方。


黄色を注文した客に聞かれた。


「おすすめ、これでしょ?」


「私は好きです」


「一番売れてる?」


好代は売上を見る。


今日は赤が一番だった。


「今日は違います」


「昨日は?」


「黄色でした」


「じゃあ明日は?」


「まだ分かりません」


客は笑った。


「商売下手そう」


「そうかもしれません」


好代も少し笑った。


「でも、置いておきます。黄色も、白も」


「赤は?」


好代は冷蔵庫を見る。


「赤もです」


「全部じゃん」


「はい」



閉店後。


発注端末には、明日の推奨数が出ていた。


黄色、四倍。


今日までの伸びを反映した数字だった。


白、半分。


赤、据え置き。


好代は推奨数を消した。


黄色、二倍。

白、一倍。

赤、一倍。


入力する。


送信の前に止まる。


正しい数ではない。


明日になれば、また違うかもしれない。


それでも。


朝、冷蔵庫から白を出したのは自分だった。


戻したのも自分だった。


好代は送信した。


翌朝。


白いソースの女の人は来なかった。


十二時になっても来なかった。


好代は、いつもの席を一度見た。


空いている。


十二時十五分。


別の客がそこへ座った。


黄色を頼んだ。


好代は普通に出した。


その人が食べ終わるころ。


入口のベルが鳴った。


昨日の女の人だった。


「遅くなっちゃった」


好代は立ち上がる。


「いらっしゃいませ」


女の人は、いつもの席を見る。


もう埋まっている。


少しだけ困った顔をして。


隣の席へ座った。


「白、ある?」


「はい」


好代は答えた。


「今日は、あります」

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