第93話「三倍にしたので」
朝。
黄色いソースが、三箱届いた。
好代は納品票と箱を見比べた。
一箱。
二箱。
三箱。
間違っていない。
昨日、自分で送った数字だった。
「入りましたね」
冷蔵庫を開ける。
上段には赤いソース。
中段には白。
下段が黄色。
三箱は入らない。
好代は黄色を二箱入れた。
残り一箱を持ったまま、もう一度中を見る。
白を一箱出せば入る。
昨日、一番売れなかったものだった。
好代は白い箱を出した。
黄色を入れる。
扉を閉めた。
白い箱だけが床に残った。
「……置く場所を確認します」
その時は。
それで終わると思っていた。
*
十一時二十分。
「白いやつないの?」
最初の客だった。
好代はメニューを見る。
白いソースの商品には、小さく《一時休止》がついている。
「申し訳ありません。今日は在庫が少なくて」
「昨日あったよね」
「はい」
「じゃ赤でいいや」
客は赤を頼んだ。
十一時四十七分。
二人目。
十二時十三分。
三人目。
好代は端末の履歴を開いた。
白。
白。
白。
昨日は、一日で二つしか出ていない。
今日はもう三人が聞いている。
「そういう日なんですね」
言ってから。
少し違う気がした。
冷蔵庫を見る。
そういう日なのではない。
自分が、そういう日にした部分がある。
*
昼過ぎ。
四人目は常連だった。
年配の女の人で、いつも同じ席に座る。
注文も同じだった。
「いつもの、白いので」
好代は頭を下げた。
「今日は、お出しできません」
「売り切れ?」
「在庫はあります」
女の人が首を傾げる。
「あるの?」
「別の保管場所に移しました。すぐ使える状態ではありません」
「なんで?」
好代は答えた。
「私が、黄色を三倍にしたので」
女の人は好代を見る。
「黄色、人気なんだ」
「昨日は」
「今日は?」
好代は客席を見る。
黄色い皿が四つ。
赤が三つ。
昨日ほどではない。
「今のところ、普通です」
「じゃあ白、追い出されちゃったの」
笑っている。
好代は笑えなかった。
「はい。私が出しました」
女の人は少し考えた。
「じゃ、今日は赤にする」
「申し訳ありません」
「明日は白ある?」
好代は、すぐ「あります」と言いかけた。
止める。
「出せるようにします」
「じゃ明日来る」
注文を受ける。
女の人はいつもの席へ行った。
赤いソースを食べて。
少しだけ残した。
*
好代は休憩に入らなかった。
白い箱を持って、保管場所を探した。
バックヤード。
満杯。
予備冷蔵庫。
中には世界線番号の違う瓶が並んでいる。
混ぜない方がいい。
配送口の保冷棚。
二時間後に別便が来る。
使えない。
最後に、朝の白い箱を抱えたまま厨房へ戻った。
箱の角が腕に食い込んでいた。
「置けませんね」
誰に言うでもなく言う。
黄色を減らせばいい。
簡単だった。
一箱出す。
白を戻す。
でも、黄色を目当てに来る客がいるかもしれない。
昨日の売上だけなら、増やした判断は間違っていない。
今日の白だけなら、間違っているように見える。
好代は冷蔵庫の前にしゃがんだ。
数字を開く。
昨日。
今日。
先週。
見る。
それから端末を閉じた。
数字は、明日の客を連れてこない。
好代は黄色を一箱出した。
白を戻した。
黄色の箱には、《開封前》のシールを貼る。
「これは、今日使い切らなくていいです」
*
夕方。
黄色を注文した客に聞かれた。
「おすすめ、これでしょ?」
「私は好きです」
「一番売れてる?」
好代は売上を見る。
今日は赤が一番だった。
「今日は違います」
「昨日は?」
「黄色でした」
「じゃあ明日は?」
「まだ分かりません」
客は笑った。
「商売下手そう」
「そうかもしれません」
好代も少し笑った。
「でも、置いておきます。黄色も、白も」
「赤は?」
好代は冷蔵庫を見る。
「赤もです」
「全部じゃん」
「はい」
*
閉店後。
発注端末には、明日の推奨数が出ていた。
黄色、四倍。
今日までの伸びを反映した数字だった。
白、半分。
赤、据え置き。
好代は推奨数を消した。
黄色、二倍。
白、一倍。
赤、一倍。
入力する。
送信の前に止まる。
正しい数ではない。
明日になれば、また違うかもしれない。
それでも。
朝、冷蔵庫から白を出したのは自分だった。
戻したのも自分だった。
好代は送信した。
翌朝。
白いソースの女の人は来なかった。
十二時になっても来なかった。
好代は、いつもの席を一度見た。
空いている。
十二時十五分。
別の客がそこへ座った。
黄色を頼んだ。
好代は普通に出した。
その人が食べ終わるころ。
入口のベルが鳴った。
昨日の女の人だった。
「遅くなっちゃった」
好代は立ち上がる。
「いらっしゃいませ」
女の人は、いつもの席を見る。
もう埋まっている。
少しだけ困った顔をして。
隣の席へ座った。
「白、ある?」
「はい」
好代は答えた。
「今日は、あります」




