第92話「考えた人、いません」
昼前。
好代は、ソース皿を三枚並べた。
赤。
白。
黄色。
新商品の試食だった。
バーガーを一口ずつ食べる。
赤。
「少し甘いです」
水。
白。
「これは、後に残ります」
水。
黄色。
好代は二口目を食べた。
もう一口。
皿の縁にソースが残る。
パンの端でぬぐった。
そこで手が止まった。
昨日からの癖。
知らない食卓から来たもの。
好代は、そのまま食べた。
黄色いソースと、焼けたパンの端。
少し考える。
今度はバーガーを置いた。
パンだけを小さくちぎる。
ソースをつける。
食べる。
「……これですね」
試食表の《おすすめの食べ方》に、一本書き足した。
《最後にパンでソースをぬぐう》
書いてから。
ペン先が止まった。
考案者。
その欄は空いていた。
好代は、自分の名前を書かなかった。
*
午後一時。
黄色いソースが一番売れた。
最初の客は、説明を読まなかった。
二人目も読まなかった。
三人目が読んだ。
「最後にパンで?」
「はい。私は、その食べ方が好きでした」
「じゃあやる」
バーガーを食べ終わる。
最後にパンの端を残す。
皿をぬぐう。
「うま」
「ありがとうございます」
四人目は、その人を見ていた。
五人目は、四人目を見た。
一時間後。
黄色いソースの皿だけ、きれいに返ってくるようになった。
洗い場から声が飛んだ。
「今日、楽」
好代は返却口を見る。
皿。
皿。
皿。
黄色だけ、ほとんどソースがない。
「……そこにも効くんですね」
試食表へ書き足す。
《洗浄負担:減》
その横。
《採用候補》
丸がついた。
好代は丸を見た。
自分がつけたものではない。
*
夕方。
採用は早かった。
卓上の小さな説明札が届いた。
《好代ちゃんおすすめ!
最後のひと口までおいしい食べ方》
好代は札を持ったまま、しばらく動かなかった。
「また私ですか」
返事はない。
裏を見る。
商品管理番号。
印刷時刻。
販売促進効果予測。
その下。
《考案:好代》
「これは違います」
今度は、すぐ言った。
札を外す。
事務端末を開く。
考案者欄。
好代。
消す。
空欄。
登録できない。
《必須項目です》
好代は昨日の食卓を思い出した。
白い皿。
細い指。
パンの端。
世界線番号は残っている。
調べれば。
昨日は、調べなかった。
今も、癖そのものなら調べるつもりはない。
でも。
今日は売っている。
客からお金を受け取っている。
洗い場の仕事まで変わった。
好代は世界線番号を入力した。
検索。
一件。
食卓の記録が開く。
映っていたのは、四人家族だった。
誰が最初にやったかは分からない。
父親も。
母親も。
子供も。
最後にパンで皿をぬぐっていた。
記録は十二年分あった。
最初の映像でも。
もう全員やっていた。
好代は画面を見た。
「考えた人、いませんね」
正確には。
分からない。
最初の一人はいたのかもしれない。
いなかったのかもしれない。
誰かの真似を、少しずつ変えただけかもしれない。
好代は考案者欄へ戻る。
《好代》
消す。
《不明》
弾かれる。
《必須項目です》
もう一度。
今度は書いた。
《好代(店内提供方法の調整)》
通った。
*
閉店前。
黄色いソースは売り切れた。
追加発注数が表示される。
昨日の三倍。
好代は在庫表を確認した。
「増やして大丈夫だと思います」
送信する。
そのあと。
説明札を作り直した。
《おすすめの食べ方
最後にパンでソースをぬぐう》
好代の顔は消した。
名前も消した。
代わりに、下へ小さく一行。
《この店では、好代が試して調整しました》
印刷する。
カウンターへ置く。
少し離れて見る。
「……長いですね」
客が読むには長い。
消そうとする。
止まる。
結局、そのままにした。
最初の客が来る。
「これ何?」
札を指す。
「新しい食べ方です」
「好代ちゃんが考えたの?」
「いいえ」
「じゃ誰?」
「分かりません」
客が首をかしげる。
「でも好代ちゃんが調整したって書いてある」
「はい。そこは私です」
「ややこしいな」
「すみません」
客は黄色いソースを注文した。
食べ終わるころ。
パンの端を残した。
皿をぬぐう。
「これ、家でもやろ」
好代はレジから見ていた。
止めなかった。
客が帰ったあと。
皿を下げる。
きれいだった。
洗い場へ持っていく途中。
好代は皿を時計回りに回しかけた。
途中でやめる。
今日は。
回す必要がなかった。
その代わり。
黄色いソースの発注数を、もう一度確認した。
三倍。
自分で送った数字だった。
好代は取り消さなかった。




