第83話「原型」
翌朝。
六個目の箱には。
まだ。
その文字が残っていた。
外部定義:増加中
内部定義:3
原型定義:1
好代は。
最後の一行を。
何度も見た。
「原型……」
昨日。
窓に映った影。
狂った笑顔。
大きな輪郭。
その奥から。
一瞬だけ戻った。
ただ。
手を振った誰か。
好代は。
箱へ触れようとして。
やめた。
「好代ちゃん」
後ろから。
輪廻ちゃん。
「はい」
「それ、増えた?」
「増えました」
「どれ?」
好代が指差す。
輪廻ちゃんは読む。
「原型」
「はい」
「何それ」
「わかりません」
「じゃあ調べる?」
好代は。
少し迷った。
「……調べます」
昨日までとは。
違った。
初めて。
自分から。
箱の続きを知りたいと思った。
第一章「最初の一個」
秩序ちゃんが。
解析を始めた。
外部定義。
大量。
噂。
画像。
記録。
推測。
改変。
内部定義。
好代自身と。
好代を直接知る者。
そして。
原型定義。
一。
「参照元を追跡します」
画面が切り替わる。
エラー。
もう一度。
エラー。
「だめですか?」
「いいえ」
秩序ちゃんが。
画面を見る。
「参照元がないのではありません」
「じゃあ?」
「多すぎます」
好代は。
眉を寄せた。
「一なのに?」
「はい」
矛盾している。
原型定義は。
一。
なのに。
その一へ繋がるものが。
多すぎる。
「好代ちゃん」
秩序ちゃんが言う。
「原型とは、最初の一個を意味していない可能性があります」
「……?」
「最初を特定できないものにも、原型は成立します」
好代には。
まだ。
よくわからなかった。
第二章「誰が最初?」
昼。
例のポーズは。
さらに広がっていた。
客が。
好代を見る。
笑う。
両手。
頭の横。
くるり。
今日は。
最後に。
指を鳴らした。
「はい、消えた」
友人が。
床へ倒れる。
周囲が笑う。
昨日とは。
もう違う。
昨日は。
首を切る。
今日は。
指を鳴らす。
好代は。
注文を渡しながら聞いた。
「それ、誰から覚えたんですか?」
「これ?」
「はい」
男が。
友人を見る。
「誰だっけ」
「俺じゃない?」
「いや、お前より先に俺やってたって」
「動画じゃね?」
「どの動画?」
「知らん」
笑う。
好代も。
少しだけ。
笑った。
「じゃあ、最初の人は?」
二人とも。
考える。
「知らないっす」
「ていうか」
一人が。
好代を見る。
「好代ちゃんが最初じゃないの?」
「私?」
「そういうキャラでしょ?」
好代は。
止まった。
もう。
そうなっている。
好代が真似した動きなのに。
いつの間にか。
好代から始まったことになっている。
第三章「先にある」
休憩室。
好代は。
紙へ。
例のポーズを描いた。
下手だった。
輪廻ちゃんが覗く。
「何これ」
「私です」
「足多くない?」
「腕です」
「六本ある」
「……失敗しました」
紙を丸める。
輪廻ちゃんが。
それを取った。
「捨てるの?」
「はい」
「もらう」
「そんなの何に使うんですか」
「好代ちゃんが描いた好代ちゃん」
輪廻ちゃんは。
紙を広げる。
六本腕の好代。
「これも好代ちゃん?」
「違います」
「好代ちゃんが描いたのに?」
「失敗ですから」
「でも、ある」
好代は。
言葉に詰まった。
輪廻ちゃんが。
六本腕の好代を。
冷蔵庫へ貼った。
「ちょっと」
「増えた」
「増やさないでください」
輪廻ちゃんが。
笑った。
好代も。
笑った。
その時。
好代は。
ふと。
昨日の言葉を思い出した。
原型。
最初の一個ではない。
なら。
何だろう。
第四章「昔の映像」
午後。
秩序ちゃんが。
好代を呼んだ。
「一件、該当しました」
古い記録。
いつのものか。
わからない。
画質も悪い。
映っているのは。
ぱんでむではなかった。
広い場所。
明るい。
子供たち。
そして。
中央に。
一人。
立っている。
派手な姿。
好代は。
息を止めた。
昨日の影。
似ている。
でも。
違う。
怖くない。
少なくとも。
好代には。
そう見えた。
映像の中で。
その人物は。
何かを失敗した。
手に持っていたものが。
落ちる。
子供が笑う。
本人も。
大げさに困る。
もっと笑う。
それだけ。
誰も死なない。
何も爆発しない。
恐ろしいことは。
起こらない。
好代は。
最後まで見た。
「……これだけ?」
秩序ちゃんが答える。
「記録は以上です」
好代は。
もう一度。
再生した。
失敗。
笑い。
手を振る。
終了。
もう一度。
再生。
失敗。
笑い。
手を振る。
終了。
三回目。
好代は。
途中で。
笑った。
小さく。
普通に。
面白かった。
第五章「足す」
輪廻ちゃんも。
映像を見た。
「これだけ?」
「私もそう言いました」
「何も起きない」
「はい」
「でも面白い」
「……はい」
輪廻ちゃんが。
もう一度見る。
落とす。
困る。
笑われる。
手を振る。
「ここ」
輪廻ちゃんが。
映像を止めた。
派手な人物が。
困った顔をしている。
「ここに刃物持たせたら」
好代の背中が。
冷えた。
輪廻ちゃんは。
続ける。
「怖くなる」
「……はい」
「目を赤くしたら」
「もっと」
「笑い声を変えたら」
「もっと」
「このあと誰か倒れたら」
「もっと」
二人とも。
黙った。
簡単だった。
驚くほど。
簡単。
何かを。
一つ。
足すだけ。
もっと面白く。
もっと怖く。
もっと強く。
「誰でもできますね」
好代が言った。
「うん」
「私でも」
「うん」
その返事が。
痛かった。
第六章「原型じゃない」
好代は。
六個目の箱へ。
古い映像を接続した。
解析。
数秒。
結果。
原型定義との一致率:18%
「……低い」
好代は。
画面を見た。
昔の姿。
これが。
原型だと思っていた。
でも。
違う。
「もっと古い記録がありますか?」
「検索します」
ない。
別世界。
ない。
別媒体。
欠損。
記録なし。
好代は。
少し苛立った。
「じゃあ、原型って何なんですか」
箱は。
答えない。
好代は。
昨日の影を思い出す。
昔の姿。
あの頃。
帰ってきてほしい。
そう思った。
でも。
その昔の姿さえ。
誰かが作った像なら?
陽気。
優しい。
子供が好き。
笑わせる。
それも。
誰かから見た彼。
「……」
好代は。
ようやく。
怖くなった。
昔へ戻れば。
本物へ戻れる。
そう思っていた。
その。
「本物」まで。
自分が勝手に決めていた。
第七章「何も知らない」
閉店後。
好代は。
古い映像を。
一人で見ていた。
派手な人物。
失敗。
笑い。
手を振る。
終了。
「あなた」
好代は。
画面へ言った。
「本当は、どんな人だったんですか?」
当然。
返事はない。
「楽しかった?」
返事はない。
「子供、好きだった?」
ない。
「怖かった?」
ない。
「怒ってた?」
ない。
好代は。
少し笑った。
「私」
画面の人物を見る。
「何も知らないんですね」
知っていたつもりだった。
昔の彼。
今の彼。
歪んだ彼。
戻ってほしい彼。
全部。
自分が。
そう呼んでいただけ。
画面の中。
手を振る。
好代も。
手を振った。
今日は。
それだけにした。
第八章「そのまま」
六個目の箱。
深夜。
好代は。
原型定義の項目を開いた。
初めて。
詳細が表示された。
原型定義:1
その下。
長い空欄。
好代は。
待った。
やがて。
文字が出た。
定義内容:未定義
「……え?」
もう一行。
観測対象自身による定義を待機しています。
好代は。
何度も読んだ。
原型。
それは。
昔の姿ではなかった。
最初の姿でもない。
みんなが知っている姿でもない。
まだ。
誰にも決められていない場所。
好代は。
窓を見る。
今日は。
影はいない。
「……そっか」
小さく言った。
帰ってきてほしい。
昨日まで。
そう思っていた。
でも。
帰る場所を。
好代は。
知らない。
なら。
聞けばいい。
もし。
もう一度。
会えたなら。
昔に戻って。
ではなく。
怖いあなたを消して。
でもなく。
好代は。
空の窓へ。
小さく言った。
「今度は」
少し迷って。
「あなたが、決めてください」
保管庫。
六個目の箱。
原型定義:1
数字が。
初めて。
二になった。
好代は。
見ていない。
そして。
誰もいない店の外。
窓ガラスに。
派手な人影が。
立っていた。
いつもの。
裂けるような笑顔ではない。
昨日の。
優しい笑顔でもない。
どちらでもない顔で。
自分の両手を。
じっと。
見つめていた。




