第82話「面白い方」
翌朝。
好代は。
店へ入る前に。
自分の名前を三回言った。
「好代」
一回。
「好代」
二回。
「好代」
三回。
別に。
何も変わらない。
自動扉が開く。
「おはようございます」
「おはようございます、好代ちゃん」
秩序ちゃん。
いつも通り。
好代は。
少し安心した。
厨房。
「好代ちゃん」
輪廻ちゃん。
いつも通り。
休憩室。
「好代ちゃん、おはよう」
また一人。
いつも通り。
そのたび。
好代は。
六個目の箱を思い出した。
内部定義。
一。
三。
外部定義。
四百八十一。
数えるものではない。
そう思う。
でも。
数えたくなった。
第一章「有名人」
昼前。
客が。
好代を見て。
笑った。
「あ」
「はい?」
「本物だ」
好代は。
止まった。
「……何のですか?」
男は。
連れを呼んだ。
「いたいた」
もう一人が。
好代を見る。
「ほんとだ」
二人とも。
嬉しそうだった。
敵意はない。
「写真いいですか?」
「店内での撮影については」
好代が答えるより先に。
男が。
両手を頭の横へ上げた。
例のポーズ。
「これやってくださいよ」
「……」
「人消すやつ」
二人が笑う。
好代は。
笑えなかった。
「それ」
「はい?」
「私、人を消したことないです」
「ああ、知ってます知ってます」
男は。
軽く手を振った。
「ネタじゃないですか」
好代は。
何も言えなかった。
知っている。
嘘だと知っている。
それでも。
面白いから。
やる。
「お願いしますよ」
好代は。
両手を上げなかった。
「ご注文をどうぞ」
二人は。
少し残念そうだった。
第二章「やってくれた」
午後。
また。
別の客が来た。
今度は。
好代を見るなり。
少し離れた。
「怖っ」
笑っている。
怖がってはいない。
「近づいたら記憶取られるぞ」
「やば」
二人。
三人。
笑う。
その中の一人が。
好代の前へ出た。
「俺、やられてみよ」
「……何をですか?」
「記憶消すやつ」
「できません」
「またまた」
「本当にできません」
「じゃあ」
男が。
自分から。
好代の手に触れた。
「はい、消えた」
仲間が笑った。
「お前誰?」
「知らねえ!」
大笑い。
好代は。
自分の手を引いた。
誰も。
悪いことをしている顔ではなかった。
楽しそうだった。
本当に。
楽しそうだった。
好代は。
その顔を。
知っている気がした。
第三章「少しだけ」
休憩室。
好代は。
自分の棚を開いていた。
今日の客。
昨日の客。
笑い声。
匂い。
その奥。
もっと古いもの。
好代は。
手を止めた。
「……」
何か。
ある。
見たことがある。
誰かが。
変な動きをする。
誰かが。
怖い顔に加工する。
誰かが。
そこへ。
物騒な言葉をつける。
それを。
誰かが真似する。
もっと。
変になる。
好代は。
棚の奥へ。
手を伸ばした。
古い。
古い匂い。
自分のもの。
「……私?」
笑っている。
好代が。
いた。
何を見ているのか。
まだ。
わからない。
でも。
笑っている。
面白かった。
その感覚だけ。
残っている。
「何を」
好代は。
自分に聞いた。
「笑ってたんだろう」
答えは。
出てこなかった。
第四章「面白い方」
夕方。
また。
例のポーズをする客がいた。
今度は。
小学生くらいの子供。
両手を上げる。
くるり。
「消えろ!」
一緒にいた子が。
笑う。
「違うよ!」
別の子が言う。
「殺す、だよ!」
「どっち?」
「知らない」
三人で笑う。
好代は。
カウンターの内側から。
それを見ていた。
「ねえ」
好代が声をかけた。
子供たちが振り返る。
「そのポーズ、どういう意味なの?」
三人。
顔を見合わせる。
一人が言った。
「知らない」
別の子。
「死ねって意味」
もう一人。
「人消すやつ」
「誰に教えてもらったの?」
「動画」
「友達」
「知らない人」
三つ。
違う答え。
好代は。
少し考えた。
「最初は?」
「最初?」
「最初にやった人」
子供たちは。
また。
顔を見合わせた。
知らない。
一人が。
笑いながら言った。
「でも、こっちの方が面白いじゃん」
「こっち?」
「人消す方」
好代は。
返事をしなかった。
子供たちは。
もう。
別の話をしていた。
第五章「増えたもの」
六個目。
交換対象:好代
外部定義。
昨日より。
桁が一つ増えていた。
好代は。
数字を読まなかった。
代わりに。
その下を見る。
知らない好代。
増えている。
好代は人間の記憶を食べる。
好代に名前を呼ばれると存在を失う。
好代は三十一人いる。
好代は死なない。
好代は笑いながら世界を消した。
「最後のは」
好代が言う。
「ちょっと格好いいですね」
秩序ちゃんが。
好代を見る。
「好代ちゃん」
「冗談です」
「はい」
「……」
好代は。
表示を見た。
「でも」
少し。
わかってしまった。
人の記憶を食べる。
より。
世界を消す。
の方が。
面白い。
世界を消す。
より。
笑いながら世界を消す。
の方が。
もっと。
面白い。
一段ずつ。
強くする。
面白くする。
怖くする。
誰かが。
次の誰かへ渡すために。
少しだけ。
好代は。
画面へ手を伸ばした。
好代は笑いながら世界を消した。
その下に。
訂正欄。
一文字。
入力する。
嘘。
送信。
表示が更新される。
外部定義。
一つ。
増えた。
好代は。
目を見開いた。
「訂正も?」
秩序ちゃんが。
解析する。
「外部から好代ちゃんについて与えられた定義として処理されています」
「嘘だって言ってるのに?」
「はい」
好代は。
しばらく。
画面を見た。
否定しても。
好代について語れば。
一票。
増える。
「……ずるい」
また。
同じ言葉が出た。
第六章「私も」
夜。
棚。
好代は。
もう一度。
古い匂いを探した。
今度は。
逃げなかった。
笑っている自分。
その先。
誰か。
派手な色。
大きな靴。
笑顔。
おかしな動き。
そこまでは。
楽しかった。
次。
画像。
顔が。
少し怖くなっている。
好代は。
笑った。
次。
もっと。
怖くなる。
笑った。
次。
手に。
本来なかったものを持たされる。
笑った。
次。
誰かが。
意味のなかった仕草へ。
物騒な意味をつけた。
好代は。
それを。
誰かに見せた。
記憶は。
そこで途切れた。
好代は。
棚の前に。
立ったまま。
動かなかった。
自分が。
最初ではない。
作ったわけでもない。
意味を決めたわけでもない。
ただ。
見た。
笑った。
次へ渡した。
それだけ。
「……私も」
声が。
小さすぎた。
誰にも。
聞こえなかった。
第七章「誰がやったの?」
閉店後。
輪廻ちゃんが。
好代の隣に座っていた。
今日は。
プリンを食べている。
あのプリン。
「思い出したんですか?」
「まだ」
「じゃあ、食べたんですね」
「賞味期限」
「現実的」
輪廻ちゃんが。
一口。
食べる。
「好代ちゃん」
「はい」
「今日、変」
「いつも変じゃないですか?」
「今日は違う変」
好代は。
少し笑った。
それから。
聞いた。
「輪廻ちゃん」
「なに?」
「たとえば」
言葉を選ぶ。
「みんなで、一個ずつ」
「うん」
「ほんの少しずつ何かを変えて」
「うん」
「最後に、全然違うものになったら」
輪廻ちゃんが。
プリンを食べる。
「誰が変えたことになります?」
「みんな」
即答。
好代は。
黙った。
「でも」
「うん」
「最初の人は、少ししか変えてない」
「うん」
「最後の人も、少しだけ」
「うん」
「誰も、最後の形にしようとは思ってなかった」
輪廻ちゃんが。
スプーンを止める。
「じゃあ」
好代を見る。
「みんなで、少しずつ変えた」
同じ答えだった。
「誰が悪いですか?」
「知らない」
輪廻ちゃんは。
またプリンを食べる。
「悪い人を探してたの?」
好代は。
答えられなかった。
探していた。
どこかに。
最初の誰かがいると思っていた。
壊した誰か。
歪めた誰か。
悪い誰か。
その人を見つければ。
話は。
簡単だった。
でも。
棚の中に。
笑っている好代がいる。
第八章「帰ってきて」
閉店。
輪廻ちゃんが帰る。
秩序ちゃんも。
奥へ消える。
好代は。
一人。
店内に残った。
照明を落とす。
一つ。
二つ。
最後。
消す前に。
窓へ。
自分が映った。
好代。
普通の顔。
普通の制服。
その背後。
一瞬だけ。
別のものが。
映った。
大きな影。
派手な輪郭。
笑っている。
好代は。
振り返らなかった。
窓越しに。
見た。
怖い。
そう思った。
でも。
同時に。
棚の奥で。
別の匂いがした。
ずっと前。
まだ。
怖くなかった頃。
誰かが。
笑っていた。
誰かを。
笑わせていた。
好代は。
窓へ。
手を伸ばした。
影も。
向こう側から。
手を上げた。
あの。
歪められた仕草ではない。
もっと。
単純な。
子供へするような。
手の振り方。
好代の喉まで。
言葉が来た。
帰ってきて。
でも。
言わなかった。
今そこにいるものへ。
昔の姿になれと言うことも。
きっと。
自分たちが勝手に。
相手を決めることだから。
好代は。
ただ。
同じように。
手を振った。
影が。
止まった。
ほんの一瞬。
笑顔から。
狂気だけが。
抜けた。
そして。
消えた。
誰も見ていない保管庫。
六個目の箱。
交換対象:好代
その表示の下に。
初めて。
外部でも。
内部でもない。
三つ目の項目が現れた。
原型定義:1




