第81話「好代ちゃん」
六個目の箱。
交換対象:好代
好代は。
その文字を見て。
しばらく黙っていた。
声でも。
記憶でも。
他者でもない。
自分。
「……雑になってません?」
輪廻ちゃんが箱を見る。
「たしかに」
「そこ同意するんですか」
「好代ちゃん全部、って意味なら大きすぎる」
「ですよね」
怖い。
でも。
怖いだけではなく。
少し。
腹が立ってきた。
声。
選択。
記憶。
他者。
一つずつ。
勝手に名前をつけて。
勝手に分けて。
最後には。
好代。
まるで。
自分というものが。
箱に入る部品みたいだった。
好代は。
箱を持ち上げた。
「秩序ちゃん」
「はい」
「これ」
少し考えて。
「返品できます?」
「発送元が存在しません」
「ですよね」
好代は。
箱を床へ戻した。
「じゃあ、受取拒否で」
「好代ちゃん」
「はい」
「物品はすでに入庫済みです」
「……」
好代は箱を見る。
「ずるいですね」
本当に。
少し腹が立った。
第一章「私の仕事」
その日の好代は。
いつもより。
よく喋った。
「そちら熱いので気をつけてください」
「輪廻ちゃん、それは食材じゃありません」
「秩序ちゃん、三番のお客様まだ待ってます」
声はある。
選べる。
覚えている。
他人も。
少しずつ。
また他人として見える。
だから。
確認するように。
一つずつ。
自分でやった。
昼。
子供が。
カウンター越しに。
好代を見ていた。
小さな男の子。
母親と一緒。
注文を待っている。
好代が。
少し手を振る。
子供も。
振り返した。
それだけ。
好代は。
なぜか嬉しかった。
「ご注文どうぞ」
母親がメニューを見る。
子供は。
まだ好代を見ている。
「お姉ちゃん」
「はい?」
「それやって」
「それ?」
子供が。
両手を。
頭の横へ持っていく。
指を広げる。
好代には。
何かわからない。
「これ」
もう一度。
妙なポーズ。
母親が笑った。
「最近、動画で覚えちゃって」
「そうなんですね」
好代も笑う。
「ごめんなさい。私、それ知らなくて」
子供は。
少し残念そうだった。
それから。
自分で。
くるりと回った。
母親が笑った。
好代も笑った。
子供も笑った。
三人とも。
何が面白いのか。
少しずつ違う。
でも。
笑っていた。
第二章「増える」
午後。
妙なことが起きた。
別の子供が。
同じ動きをした。
両手。
頭の横。
くるり。
「……流行ってるんですか?」
付き添いの父親が。
「何でしょうね。園でやってるみたいで」
笑う。
夕方。
今度は高校生くらいの客が。
友達へ同じポーズをした。
ただし。
少し違う。
両手。
頭。
そのあと。
首を切る仕草。
「死んだ」
友達が笑った。
「いや殺すやつだろ」
「どっちでもいいって」
また笑う。
好代は。
注文端末へ指を置いたまま。
彼らを見た。
朝の子供とは。
違う。
でも。
同じ形だった。
「好代ちゃん?」
秩序ちゃんの声。
「……すみません」
好代は仕事へ戻った。
第三章「誰が決めたの」
休憩中。
好代は。
輪廻ちゃんに。
両手を頭の横へ上げて見せた。
「これ、知ってます?」
「知らない」
「じゃあ」
くるり。
輪廻ちゃんが。
好代を見る。
「何してるの?」
「私にもわかりません」
「楽しそう」
「そう見えます?」
「ちょっと」
好代は。
自分の手を見る。
「今日、三回見たんです」
朝。
遊び。
昼。
真似。
夕方。
殺す意味。
同じ形。
違う意味。
「最初は何だったんでしょう」
「最初?」
「この動き」
輪廻ちゃんは。
少し考えた。
「最初の人に聞けば?」
「その人がもういなかったら?」
「じゃあ、わからない」
あっさり。
「でも」
輪廻ちゃんが。
今度は自分で。
両手を頭の横へ上げた。
好代と同じ形。
「こう?」
「はい」
くるり。
回る。
好代は。
思わず笑った。
「輪廻ちゃん、何してるんですか」
「真似」
「意味わかってないですよね」
「うん」
「殺す意味かもしれませんよ」
輪廻ちゃんが止まった。
「好代ちゃん殺した?」
「殺してません」
「じゃあ違う」
「……そういう問題ですか?」
輪廻ちゃんは。
もう一度。
くるり。
好代は。
また笑った。
その瞬間だった。
六個目の箱から。
音がした。
第四章「意味」
二人が。
保管庫へ行く。
六個目。
交換対象:好代
その下に。
文字が増えていた。
外部定義:1
好代は。
眉を寄せる。
「何ですか、これ」
輪廻ちゃんが。
箱を見る。
「増えそう」
「嫌な言い方しないでください」
その時。
数字が変わった。
外部定義:2
「……」
二人とも。
何もしていない。
三。
四。
七。
数字が。
ゆっくり増えていく。
秩序ちゃんを呼ぶ。
解析。
該当する通信なし。
投票なし。
登録なし。
それでも。
数字だけが増える。
十三。
二十一。
三十四。
「何を数えてるんですか?」
「不明です」
秩序ちゃんが答える。
「ただし」
別画面。
ぱんでむ内部の観測記録。
好代に関する記述。
そこに。
見覚えのない項目が。
次々と追加されていた。
優しい。
これは。
わかる。
変なものを集める。
まあ。
わかる。
人間ではない。
好代の顔が止まる。
世界を食べる。
「食べません」
死者と話せる。
「話せません」
触れた人間の記憶を奪う。
「奪ってません」
三十一人いる。
「一人です」
追加される。
どんどん。
知らない好代が。
増えていく。
第五章「面白いから」
原因は。
店内ではなかった。
秩序ちゃんが。
外部観測を拾った。
誰かが。
ぱんでむについて。
何かを書いている。
最初は。
小さな記録。
「あの店に変な店員がいた」
それだけ。
次。
「好代っていうらしい」
次。
「なんか人のこと全部覚えてるらしい」
次。
「記憶読めるんじゃね?」
次。
「いや記憶食ってんだろ」
次。
「食われたら自分じゃなくなるらしい」
好代は。
黙って読んだ。
誰も。
悪意がない。
冗談。
推測。
悪ノリ。
一つ前の話を。
少し面白くしただけ。
「……これ」
好代が言った。
「止められます?」
秩序ちゃんは。
少し間を置いた。
「何を停止すればよいでしょうか」
好代は。
答えられなかった。
書き込み?
噂?
冗談?
人が。
人について話すこと?
どこからが。
止めるべきものなのか。
わからない。
第六章「やってみた」
夜。
好代は。
例の動きを。
もう一度やった。
両手を上げる。
くるり。
「……」
何も起きない。
輪廻ちゃんが。
横で見ている。
「楽しい?」
「少し」
「じゃあいいんじゃない」
「でも」
好代は。
夕方の高校生を思い出した。
殺すやつ。
死ぬやつ。
朝の子供は。
そんな意味でやっていなかった。
輪廻ちゃんも。
知らなかった。
好代も。
知らない。
それでも。
誰かが意味をつける。
次の人が。
それを受け取る。
少し変える。
そして。
いつか。
最初から。
そういう意味だったことになる。
「……怖いですね」
「何が?」
「意味って」
好代は。
手を下ろした。
第七章「私じゃない私」
閉店前。
六個目の箱。
外部定義:318
好代は。
数字を見る。
その下。
新しい表示。
優勢定義を反映しますか?
はい。
いいえ。
初めて。
箱の側から。
選択肢が出た。
好代は。
迷わず。
いいえ。
押した。
表示。
拒否しました。
好代は。
息を吐く。
終わった。
そう思った。
次の瞬間。
表示が変わる。
外部定義:401
内部定義:1
好代は。
動かなかった。
外。
四百一。
自分。
一。
箱は。
もう一度。
問いかけた。
優勢定義を反映しますか?
好代は。
いいえ。
押す。
外部定義:419
内部定義:1
いいえ。
437/1
いいえ。
462/1
「……」
指が。
止まった。
勝てない。
そういう数字だった。
その時。
背後から。
声がした。
「好代ちゃん」
輪廻ちゃん。
好代が振り返る。
「好代ちゃん」
もう一度。
呼ばれる。
秩序ちゃんも。
「好代ちゃん」
二。
好代は。
箱を見る。
内部定義:3
「……」
好代は。
二人を見る。
輪廻ちゃんは。
何も考えていない顔。
秩序ちゃんは。
端末を持っている。
二人とも。
ただ。
いつもの名前で。
好代を呼んだだけ。
箱。
外部定義:481
内部定義:3
圧倒的に。
足りない。
それでも。
ゼロではない。
好代は。
箱へ。
もう一度。
いいえ。
を押した。
閉店後。
誰もいない店内で。
六個目の箱は。
しばらく沈黙していた。
やがて。
新しい項目を表示した。
交換処理:保留
理由:本人についての定義が競合しています
その下。
さらに。
小さな文字。
外部定義の増加を継続します。
そして。
ぱんでむから遠く離れた。
どこかで。
誰かが。
一枚の画像を見て。
笑った。
両手を頭の横へ上げた。
奇妙な姿の。
好代。
画像の下には。
こう書かれていた。
「こいつ、このポーズのあと人を消すらしい」
もちろん。
好代は。
一度も。
そんなことをしたことがなかった。




