第78話「三十一人目」
翌朝。
好代がぱんでむへ来ると。
二個目の箱は。
もう届いていた。
昨日と同じ。
白い箱。
同じ大きさ。
同じ場所。
好代の棚の前。
ただし。
ラベルが違った。
好代
交換用
その下。
昨日はなかった項目。
交換対象:声
好代は。
しばらく。
その文字を見ていた。
「……声?」
そして。
試しに。
「おはようございます」
と言った。
普通に声が出た。
---
第一章「二個目」
「声、出てますよね?」
秩序ちゃんは。
好代の声を聞きながら。
端末を確認した。
「出ています」
「じゃあ、交換する必要ないですよね」
「現時点では」
秩序ちゃんが答える。
好代は。
昨日の箱を見る。
一個目。
交換対象:未確定
二個目。
交換対象:声
並べると。
余計に不気味だった。
輪廻ちゃんも来た。
「開ける?」
好代は。
少し迷ってから。
頷いた。
箱の中。
昨日と同じ。
透明な袋。
でも。
中身は違った。
細い。
白い。
糸のようなものが。
何本も束ねられている。
輪廻ちゃんが。
それを持ち上げる。
「喉じゃない」
「声の部品なのに?」
「喉なら形が違う」
「じゃあ何ですか?」
輪廻ちゃんは。
糸を見た。
「声になる前のところ」
「……?」
好代には。
意味がわからなかった。
輪廻ちゃんも。
それ以上は。
わからないようだった。
「つけない方がいい」
「はい」
昨日と。
同じ結論だった。
使わない。
処分もしない。
保留。
ただし。
昨日より。
理由は増えている。
何かが。
好代を。
少しずつ。
部品に分け始めている。
---
第二章「普通に話せる」
午前。
好代は。
いつも通り働いた。
注文を聞く。
バーガーを運ぶ。
クルーに声をかける。
「秩序ちゃん、こちらお願いします」
「はい」
普通。
「輪廻ちゃん、それまだ触らないでくださいね」
「わかってる」
普通。
何も。
おかしくない。
だから。
好代は。
少し安心した。
声はある。
なくなっていない。
交換品が届いたからといって。
交換されるとは限らない。
昨日。
輪廻ちゃんも言っていた。
壊れる前に交換品が来ても。
必ず壊れるわけではない。
なら。
これも。
ただの可能性。
そう思おうとした。
昼。
一人の客が。
好代を呼び止めた。
「すみません」
「はい?」
「さっき注文を取ってくれた方って」
「私です」
客は。
好代を見る。
「……そうでしたっけ?」
「はい」
「なんか」
困ったように笑う。
「声が違った気がして」
好代は。
動きを止めた。
「違う?」
「すみません。気のせいだと思います」
客は。
そのまま席へ戻った。
好代は。
喉に触れた。
声は。
同じ。
自分には。
そう聞こえる。
---
第三章「録音」
秩序ちゃんが。
昨日の店内記録を出した。
好代の声。
『無常ちゃん』
『明日のぱんでむは』
昨日の好代。
今日の好代。
交互に再生する。
好代は。
首を傾げた。
「同じですよね?」
輪廻ちゃんは。
黙っていた。
秩序ちゃんも。
すぐには答えなかった。
「違うんですか?」
「音としては」
秩序ちゃんが言う。
「ほぼ同一です」
「じゃあ」
「ですが」
画面に。
二本の波形が出る。
ほぼ。
重なっている。
ただ。
一か所だけ。
違う。
言葉と。
言葉の間。
何も話していない部分。
そこに。
わずかな波がある。
昨日には。
ある。
今日には。
ない。
「これ何ですか?」
「判別できません」
「声じゃない?」
「少なくとも、通常の音声としては扱われていません」
輪廻ちゃんが。
小さく言った。
「声になる前のところ」
好代が。
二個目の箱を見る。
昨日。
輪廻ちゃんが言った言葉。
声になる前のところ。
「……減ってる?」
好代は。
自分の棚を開いた。
空白。
昨日より。
また。
少し広がっていた。
---
第四章「三個目」
午後二時十三分。
三個目が届いた。
誰も。
運んできていない。
入口の扉も。
開いていない。
防犯記録にも。
何も映っていない。
それなのに。
気づいた時には。
箱が。
置かれていた。
三個目。
ラベル。
好代
交換用
交換対象:選択
「……選択?」
好代が。
箱を見る。
秩序ちゃんは。
すぐに保管対象へ登録した。
「開けますか?」
「……はい」
中身は。
小さな。
透明の円盤だった。
表も。
裏もない。
印もない。
輪廻ちゃんが。
触れようとして。
やめた。
「どうしました?」
「これ」
輪廻ちゃんは。
珍しく。
少し嫌そうな顔をした。
「触りたくない」
「危険?」
「わからない」
「じゃあ、どうして」
輪廻ちゃんは。
円盤を見る。
「選べなくなりそう」
好代は。
息を止めた。
その時。
フロアから。
呼び出しの声がした。
「好代ちゃん」
客。
注文。
好代は。
箱から離れた。
「行ってきます」
いつも通り。
仕事へ戻る。
客が。
メニューを指差した。
「この二つで迷ってるんです」
「はい」
「どちらがおすすめですか?」
好代は。
二つを見る。
いつもなら。
棚を開く。
においを見る。
客を見る。
今の状態を考える。
それから。
選ぶ。
でも。
今日は。
「……」
どちらでも。
いい気がした。
好代は。
固まった。
片方が悪いわけではない。
両方いい。
だからではない。
もっと。
奇妙だった。
選ぶ理由そのものが見つからない。
「好代ちゃん?」
客が。
不思議そうに見る。
「……すみません」
好代は。
棚を開いた。
においは。
ある。
違いも。
わかる。
一つ目。
安心したい。
二つ目。
少し変わりたい。
客の中に。
両方ある。
ここまでは。
わかる。
なのに。
最後の。
「だからこちら」
が。
出てこない。
好代は。
初めて。
客に言った。
「少し、お待ちください」
---
第五章「減っているもの」
休憩室。
好代は。
椅子に座っていた。
「声の次が、選択」
秩序ちゃんが。
三個の箱を見る。
「交換対象には一定の構造がある可能性があります」
「身体じゃない」
輪廻ちゃんが言う。
「うん」
「好代ちゃんを、好代ちゃんにしてるところ」
好代は。
その言葉を聞いた。
名前。
身体。
記憶。
それだけなら。
まだある。
でも。
声。
選択。
もっと。
小さくて。
普段は。
意識しないもの。
「じゃあ」
好代が聞く。
「全部届いたら」
誰も。
答えなかった。
好代は。
昨日のラベルを思い出した。
必要数に達するまで継続。
そして。
もう一つ。
適合率:31/31
「秩序ちゃん」
「はい」
「昨日の箱」
「はい」
「最後に数字が出てましたよね」
「31/31です」
「……あれって」
好代は。
少し考える。
「部品の数じゃないんですよね?」
「現時点では不明です」
「でも」
好代は。
ぱんでむを見る。
店内。
厨房。
通路。
奥の区画。
そして。
ここで働くクルーたち。
「三十一って」
言葉にすると。
急に。
形を持った。
ぱんでむには。
三十一人のクルーがいる。
好代は。
顔を上げた。
---
第六章「三十一人」
「全員に合うってことですか?」
秩序ちゃんが。
止まった。
輪廻ちゃんも。
好代を見る。
「適合率31/31」
好代は言う。
「三十一人全員」
誰も。
すぐには否定できなかった。
秩序ちゃんが。
端末を操作する。
適合対象。
検索。
情報なし。
もう一度。
解析。
エラー。
「断定はできません」
「はい」
「ですが」
秩序ちゃんは。
画面を見る。
「人数との一致は確認できます」
輪廻ちゃんが。
一個目の箱を見る。
「じゃあ」
「はい?」
「好代ちゃん用じゃないかも」
好代は。
息を止めた。
箱には。
好代。
と書いてある。
でも。
その部品は。
三十一人全員に適合する。
「どういうこと?」
「わからない」
輪廻ちゃんが言う。
「でも」
箱を見る。
「好代ちゃんを交換するためじゃなくて」
一拍。
「好代ちゃんを使って、みんなを交換する部品かもしれない」
空気が。
変わった。
---
第七章「私を通る」
好代は。
棚を開いた。
三十一。
その数字を意識して。
においを探す。
渾沌ちゃん。
秩序ちゃん。
理性ちゃん。
無常ちゃん。
輪廻ちゃん。
真意ちゃん。
世達ちゃん。
摩天ちゃん。
郷愁ちゃん。
まだ。
たくさん。
好代の中には。
みんなのにおいがある。
一緒に働いた。
話した。
見た。
覚えた。
それぞれ。
違う。
でも。
好代は。
突然。
気づいた。
自分の棚に残っているクルーたちのにおい。
それが。
以前より。
似てきている。
「……」
一人一人は。
違う。
なのに。
好代を通して見ると。
少しずつ。
同じ場所へ。
寄っている。
「私が」
好代は。
呟いた。
「混ぜてる?」
「何を?」
秩序ちゃんが聞く。
「みんなを」
好代は。
自分の胸に触れた。
「私が覚えるたびに」
記憶。
会話。
好き。
怖い。
理解。
知らなかったことを知る。
それらが。
自分の中に。
積み重なる。
今まで。
それは。
ただ。
好代がみんなを知っていくことだと思っていた。
でも。
もし。
逆だったら。
好代が。
みんなを知るほど。
みんなが。
好代という一つの場所に変換されているとしたら。
「……嫌です」
好代が。
小さく言った。
輪廻ちゃんを見る。
「輪廻ちゃんは輪廻ちゃんです」
「うん」
「秩序ちゃんも」
「はい」
「みんな」
好代は。
棚を閉じる。
「私の中で、同じになってほしくないです」
---
第八章「四個目」
閉店後。
三つの箱は。
隔離保管された。
使用禁止。
接触制限。
原因不明。
好代は。
帰る前に。
一人で。
フロアを歩いた。
今日は。
照明を一つ残す必要もなかった。
昨日。
無常ちゃんと見た席。
花。
同じ場所にある。
でも。
少し違う。
花びらが。
一枚。
落ちていた。
好代は。
拾わなかった。
変わったものを。
すぐ。
元に戻す必要はない。
そのまま。
見ていた。
そして。
自分の棚を。
開いた。
空白。
また。
広がっている。
でも。
今日は。
その形が。
少し見えた。
円。
ではない。
穴。
でもない。
何かが。
抜けているのではない。
何かを入れるために、場所が作られている。
好代は。
すぐに棚を閉じた。
「……」
嫌な予感。
その時。
背後で。
小さな音がした。
箱が。
床に置かれる音。
好代は。
振り返った。
誰もいない。
でも。
四個目の箱が。
あった。
白い箱。
好代。
交換用。
好代は。
近づかなかった。
遠くから。
ラベルだけを見る。
そこには。
交換対象:記憶
と書かれていた。
好代は。
息を呑んだ。
その下に。
さらに。
今までなかった一文がある。
第一工程終了まで残り:28
好代は。
三つの箱を思い出した。
未確定。
声。
選択。
三つ。
残り。
二十八。
三十一。
「……違う」
好代は。
ゆっくり。
首を横に振った。
三十一人ではない。
三十一個だ。
そう思った。
その瞬間。
四個目の箱の表示が。
書き換わった。
第一工程終了まで残り:27
好代は。
何もしていない。
箱も。
開けていない。
なのに。
一つ。
減った。
そして。
ぱんでむのどこかで。
誰かが。
好代の名前を。
一つ。
思い出せなくなった。




