第77話「わたしの予備」
朝。
好代がぱんでむに来ると。
自分の棚に。
知らない箱が置かれていた。
白い箱。
小さい。
バーガーが一つ入るくらいの大きさ。
「……?」
昨日はなかった。
少なくとも。
閉店するときには。
好代は見ていない。
箱の上には。
一枚だけ。
紙が貼られていた。
そこに。
名前が書いてある。
好代
「……私?」
自分宛ての荷物。
それ自体は。
珍しくない。
でも。
その下にある文字を見て。
好代は。
手を止めた。
交換用
「……」
しばらく。
箱を開けられなかった。
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第一章「交換用」
「秩序ちゃん」
「はい」
「これ、知ってますか?」
好代が箱を持っていくと。
秩序ちゃんは。
端末を確認した。
数秒。
「登録されています」
「誰が頼んだんですか?」
「発注者がありません」
「発注者がいない?」
「はい」
秩序ちゃんの指が止まる。
「ですが、入庫処理だけは正常に完了しています」
「そんなことあるんですか?」
「通常はありません」
好代は。
もう一度。
箱を見る。
好代。
交換用。
「中身は?」
「記録上は」
秩序ちゃんが。
少しだけ眉を寄せる。
「交換部品です」
「何の?」
「……」
端末を。
もう一度確認する。
「好代ちゃんの」
好代は。
笑いかけた。
でも。
笑えなかった。
「私、機械じゃないですよ」
「はい」
「部品交換とか」
「通常はしません」
通常は。
その言い方が。
妙に引っかかった。
「開けてもいいですか?」
秩序ちゃんは。
すぐには答えなかった。
「輪廻ちゃんを呼びます」
「どうして?」
「この種の物品については」
秩序ちゃんが。
箱を見る。
「私より適任です」
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第二章「輪廻ちゃん」
輪廻ちゃんは。
箱を見るなり。
首を傾げた。
箱。
好代。
箱。
好代。
何度か見比べる。
「……これ」
好代が聞く。
「私の部品なんですか?」
輪廻ちゃんは。
すぐには答えなかった。
箱の周囲を確認する。
ラベル。
封。
側面。
底。
それから。
「開けていい?」
好代は頷いた。
輪廻ちゃんが。
箱を開ける。
中には。
透明な袋があった。
その中に。
小さな。
薄いもの。
肉でもない。
機械でもない。
骨でもない。
見たことのない。
半透明の板。
好代には。
何なのかわからなかった。
でも。
輪廻ちゃんは。
それを見た瞬間。
動きを止めた。
「輪廻ちゃん?」
「……これ、身体の部品じゃない」
好代は。
少し安心した。
「じゃあ、よかった」
「よくない」
即答だった。
「え?」
輪廻ちゃんは。
袋を持ち上げる。
「身体より、交換しにくいところ」
「どこですか?」
輪廻ちゃんは。
好代を見る。
「まだわからない」
そして。
袋を戻した。
「だから、つけない方がいい」
好代は。
箱を見た。
つける。
その言葉で。
急に。
この箱が怖くなった。
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第三章「予備」
検査は。
ぱんでむの奥で行われた。
好代は。
少し離れた椅子に座っていた。
輪廻ちゃんが箱を調べる。
秩序ちゃんが記録を確認する。
しばらくして。
秩序ちゃんが言った。
「おかしいです」
「何がですか?」
「この部品には、製造記録があります」
「誰が作ったんですか?」
「それが」
画面を好代へ向ける。
製造者。
空欄。
製造日時。
明日。
好代は。
何度か。
数字を見た。
「……明日?」
「はい」
「まだ作られてないんですか?」
「ですが、現物があります」
「じゃあ、日付が間違ってる?」
「その可能性もあります」
秩序ちゃんは。
そこで止めた。
断定しない。
好代は。
輪廻ちゃんを見る。
「こういうこと、ありますか?」
輪廻ちゃんは。
袋の中の部品を見ながら。
「ある」
「あるんですか?」
「順番が変な部品はある」
「順番?」
「壊れる前に、交換品が来ることもある」
好代は。
黙った。
壊れる前に。
交換品が来る。
その言葉だけが。
頭に残った。
「私」
好代は。
自分の手を見る。
「どこか壊れるんですか?」
「わからない」
輪廻ちゃんは。
はっきり言った。
「交換品があるからって、壊れるとは限らない」
「でも」
「うん」
「交換する理由があるから、これがあるんですよね?」
輪廻ちゃんは。
答えなかった。
答えられなかった。
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第四章「同じにおい」
好代は。
箱の中を。
自分でも調べることにした。
見る。
触る。
それから。
棚を開く。
「……」
においがした。
好代は。
息を止めた。
知っている。
昨日。
感じたもの。
昨日とも。
今日とも違う。
でも。
どちらも含んでいる。
名前をつけなかった。
あのにおい。
それが。
箱の中からしている。
「これ……」
好代が。
半透明の部品を見る。
「昨日、ありました」
秩序ちゃんが顔を上げる。
「この物品が?」
「違います」
好代は首を振る。
「においです」
「におい?」
「昨日、棚を開けた時に」
無常ちゃんと話したあと。
閉店前。
名前をつけなかった感覚。
「同じです」
好代は。
もう一度。
においを確かめる。
違う。
完全に同じではない。
昨日より。
濃い。
昨日は。
遠くにあった。
今日は。
ここにある。
「近くなってる」
「何が?」
秩序ちゃんが聞く。
好代にも。
わからなかった。
だから。
そのまま答えた。
「わかりません」
でも。
一つだけ。
わかる。
これは。
誰か知らない人のものではない。
好代の棚が。
これを。
自分に関係するものとして認識している。
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第五章「試さない」
「つけたら」
好代が聞いた。
「何かわかりますか?」
輪廻ちゃんは。
半透明の部品を見る。
「たぶん」
「じゃあ」
「だめ」
「まだ何も言ってません」
「つけたいって言うと思った」
好代は。
口を閉じた。
当たっていた。
「どうしてだめなんですか?」
輪廻ちゃんは。
少し考えて。
自分の身体を見る。
「わたしは、交換する」
「はい」
「合わなかったら外す」
「はい」
「壊れたら別のにする」
輪廻ちゃんは。
好代を見る。
「でも、好代ちゃんは違う」
「……」
「これが何を交換する部品かわからない」
輪廻ちゃんが。
箱を閉じる。
「外せる保証もない」
好代は。
その箱を見る。
昨日。
無常ちゃんは。
決める理由が足りないから。
保留にした。
今日。
目の前にも。
決める理由が足りないものがある。
でも。
昨日とは違う。
これは。
自分の名前が書かれている。
「……保留ですね」
好代が言った。
輪廻ちゃんが頷く。
秩序ちゃんも。
箱を保管対象として登録する。
処分しない。
使用しない。
ただ。
残す。
好代は。
少しだけ。
安心した。
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第六章「一個だけじゃない」
その時だった。
秩序ちゃんの端末が。
鳴った。
短い警告音。
「……」
秩序ちゃんの顔が変わる。
「どうしました?」
「入庫情報が更新されました」
「また何か来るんですか?」
「はい」
「何が?」
秩序ちゃんは。
画面を見たまま。
答えなかった。
「秩序ちゃん?」
「好代ちゃん」
「はい」
「今の箱は」
「はい」
「一個目のようです」
好代は。
意味がわからなかった。
「一個目?」
「はい」
画面には。
新しい一覧が表示されている。
配送予定。
一件。
二件。
三件。
四件。
好代は。
数えるのをやめた。
全部。
宛先は。
好代。
そして。
用途欄。
交換用。
交換用。
交換用。
交換用。
ずっと。
同じ。
「……こんなに?」
輪廻ちゃんも。
画面を見る。
さすがに。
黙った。
好代は。
一番下まで。
スクロールした。
最後の配送予定日は。
表示されていなかった。
代わりに。
一行だけ。
書かれている。
必要数に達するまで継続。
「必要数って」
好代が聞く。
「いくつですか?」
秩序ちゃんが。
検索する。
該当情報なし。
「わかりません」
「何を交換するかは?」
「不明です」
「誰が送ってるか」
「不明です」
「止められますか?」
秩序ちゃんは。
配送停止を実行した。
画面が。
一度。
暗くなる。
再表示。
停止対象が存在しません。
好代は。
その文字を見た。
送られてくる。
でも。
送り主はいない。
止めようとしても。
配送そのものが。
存在していない。
なのに。
一個目は。
もう。
目の前にある。
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第七章「足りない」
昼。
好代は。
一人で。
自分の棚を見ていた。
棚を開く。
いつものにおい。
世界線。
クルー。
客。
残されたもの。
たくさんある。
その中に。
昨日から。
新しいにおいがある。
好代は。
今度は。
逃げずに。
ゆっくり探した。
どこから来るのか。
何に似ているのか。
そして。
気づいた。
「……違う」
箱の中から。
何かが増えているんじゃない。
逆だった。
自分の棚から。
何かが。
減っている。
昨日より。
今日。
ほんの少し。
足りない。
何が。
足りないのか。
わからない。
記憶はある。
名前もわかる。
みんなの顔も。
ぱんでむも。
バーガーも。
好きなものも。
嫌なものも。
ちゃんとある。
それなのに。
棚の中に。
小さな空白がある。
その空白と。
箱の中の部品。
形は見えない。
でも。
においだけなら。
ぴったり重なる。
「……」
好代は。
棚を閉じた。
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第八章「交換される前に」
夕方。
二個目は。
まだ届かなかった。
好代は。
一個目の箱を。
保管庫へ持っていった。
輪廻ちゃんが。
一緒に歩いている。
「輪廻ちゃん」
「なに?」
「交換って」
好代は。
箱を見る。
「悪いことですか?」
「別に」
「じゃあ、いいこと?」
「別に」
好代は。
少し笑った。
無常ちゃんと。
似ている。
変わること。
交換すること。
それ自体に。
良いも悪いもない。
問題は。
何を。
何のために。
何と交換するのか。
「私」
好代は言った。
「これ、まだ使いたくないです」
「うん」
「怖いからじゃなくて」
少し考える。
「今の私に、何が足りなくなってるのか」
箱を抱える。
「それを先に知りたいです」
輪廻ちゃんが。
好代を見る。
「わかった」
それだけ。
保管庫へ。
箱を入れる。
扉を閉める。
好代。
交換用。
一個目。
そのラベルだけが。
暗い棚の中に残った。
閉店後。
好代は。
最後に。
もう一度だけ。
自分の棚を開いた。
「……」
空白。
朝より。
ほんの少し。
大きくなっている。
そして。
その奥に。
昨日まではなかった。
小さなにおいがあった。
好代は。
知っている。
それは。
箱の中の部品のにおいではない。
もっと。
自分に近い。
近すぎる。
「……私?」
好代は。
棚の奥を探った。
何もない。
でも。
確かに。
いる。
自分と。
ほとんど同じにおい。
ただし。
今の自分ではない。
好代は。
静かに棚を閉じた。
その直後。
無人の保管庫で。
一個目の箱に貼られたラベルが。
音もなく。
書き換わった。
好代
交換用
その下。
今まで空欄だった項目に。
文字が現れる。
交換対象:未確定
さらに。
もう一行。
適合率:31/31
誰も。
まだ。
その数字を見ていなかった。




