第75話「知ることと、決めること」
朝。
ぱんでむの研究区画には。
いつもより多くの紙が並んでいた。
昨日、真意ちゃんが回収した三つの痕跡。
カオスドナルド。
闇ドナルド。
エビルドナルド。
それぞれ別のケースに入れられている。
好代は。
その前に立っていた。
棚を開く。
「……」
三つとも。
違う。
それはもう。
わかっている。
けれど。
三つとも。
どこかに。
同じにおいがある。
「……ドナルド様」
好代が呟いた。
「そう」
真意ちゃんが答えた。
「同じところから始まっている」
「でも、違うものになった」
「うん」
「どうしてですか?」
真意ちゃんは。
答えなかった。
その代わり。
隣にいた理性ちゃんが。
湯呑みを置いた。
緑と紫の着物の袖が。
机の上で揺れる。
「それを考えるのが、今日の仕事じゃな」
「理性ちゃんも調べるんですか?」
「わらわも気になっておる」
「真意ちゃんと一緒に?」
「うむ」
理性ちゃんは。
三つのケースを見た。
「ただし」
「はい?」
「わらわと真意ちゃんでは、同じものを見ても、同じ答えになるとは限らぬ」
真意ちゃんが。
静かに頷いた。
「それでいい」
好代は。
二人を見る。
「……」
昨日の言葉を思い出した。
違うものを、違うものとして残す。
もしかすると。
これは。
歪者だけの話ではないのかもしれなかった。
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第一章「同じ記録」
真意ちゃんが。
最初のケースを開いた。
カオスドナルド。
記録された痕跡。
戦闘時の反応。
共鳴した概念。
変質度。
そして。
最後に残ったタグ。
「カオスドナルドは」
真意ちゃんが言う。
「不規則性と予測不能性に強く反応した」
「はい」
「だから、行動も一定しない」
理性ちゃんが。
首を傾げる。
「それだけかのう?」
「違う?」
「違うとは言っておらぬ」
理性ちゃんは。
三つの記録を並べる。
「その性質を持ったから、何をしたのじゃ?」
「……」
真意ちゃんが。
記録を見る。
「壊した」
「うむ」
「予測できない行動を取った」
「うむ」
「相手の判断を狂わせた」
「そうじゃな」
理性ちゃんは。
次のケースを見る。
闇ドナルド。
「では、こちらは?」
「孤独、空腹、拒絶、愛着」
「それで?」
「誰かに受け取ってほしい」
「うむ」
最後。
エビルドナルド。
「不足」
「もっと」
「終わらない」
「うむ」
理性ちゃんが。
三つを並べる。
「同じドナルド様の概念を起点として」
一本。
指を立てる。
「別々のものと共鳴した」
二本目。
「そして、別々の願いになった」
三本目。
「では」
理性ちゃんが。
好代を見る。
「何が違ったと思う?」
好代は。
考えた。
「……受け取ったもの?」
「半分正解じゃ」
「半分?」
「もう半分は」
理性ちゃんは。
ケースを閉じた。
「受け取ったものを、どう扱ったかじゃ」
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第二章「真意ちゃんは知りたい」
好代は。
真意ちゃんを見る。
「真意ちゃんは」
「うん」
「知ったら、どうするんですか?」
真意ちゃんが。
少し考える。
「場合による」
「たとえば」
「カオスドナルドが何だったのか」
「はい」
「完全にわかったとして」
「はい」
「それで終わり」
「……」
好代は。
少し考える。
「終わりじゃない?」
「うん」
真意ちゃんは。
頷く。
「知ることは、終点じゃない」
「じゃあ」
「次にどうするかを決めるための材料」
理性ちゃんが。
横から口を挟む。
「それなら、わらわと同じじゃな」
真意ちゃんが。
見る。
「少し違う」
「ほう?」
「私は、知りたい」
「わらわは」
理性ちゃんは。
湯呑みを持ち上げた。
「知ったうえで、決めたい」
「……」
真意ちゃんが。
少しだけ笑った。
「やっぱり違う」
「当然じゃ」
好代は。
二人を見ていた。
同じ場所で。
同じ記録を見て。
同じものを知ろうとしている。
でも。
向かっている先が違う。
真意ちゃんは。
知りたい。
理性ちゃんは。
知って、決めたい。
「……」
好代の胸の奥で。
昨日の白い断片が。
少しだけ熱を持った。
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第三章「判断できない」
昼。
一つの問題が。
研究区画に持ち込まれた。
昨日のエビルドナルドが残した黒い粒子。
その一部が。
まだ活動している。
秩序ちゃんが。
端末を確認する。
「保管するべきです」
真意ちゃんが。
頷く。
「解析できる」
理性ちゃんが。
考える。
「危険性は?」
「低い」
「確実か?」
「……」
真意ちゃんが。
止まった。
「確実ではない」
理性ちゃんが。
腕を組む。
「では」
「はい」
「破棄するべきじゃ」
真意ちゃんが。
すぐに反論した。
「待って」
「なぜじゃ?」
「まだ何かわかってない」
「危険性が完全には否定できぬ」
「でも」
「でもではない」
理性ちゃんの声が。
少し強くなる。
「わからぬものを、わからぬまま残すことと」
「……」
「わからぬから残すことは、同じではない」
真意ちゃんが。
黙る。
好代は。
二人の間を見る。
どちらも。
間違っていない。
だから。
決められない。
その時。
好代が。
小さく手を挙げた。
「私」
二人が。
振り返る。
「一つ、確認していいですか?」
「どうぞ」
秩序ちゃんが答える。
「この粒子」
好代は。
棚を開く。
「私が触っても、変質しません」
「……」
真意ちゃんが。
目を細める。
理性ちゃんも。
黙る。
「なら」
好代は。
粒子を見る。
「私が受け取ってから、何なのか調べればいいんじゃないですか?」
理性ちゃんが。
すぐに答えなかった。
真意ちゃんも。
何も言わない。
やがて。
理性ちゃんが。
ふっと笑った。
「なるほどのう」
「どうですか?」
「それなら」
理性ちゃんは。
好代を見る。
「危険性と知りたい気持ちの、両方を残せる」
真意ちゃんが。
頷く。
「できる」
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第四章「受け取る」
好代は。
黒い粒子に触れた。
瞬間。
棚が開いた。
「……!」
入ってきた。
怒り。
不足。
焦り。
「もっと」
「もっと」
「もっと」
けれど。
エビルドナルドの時とは。
少し違う。
今回の粒子に残っていたのは。
「もっと欲しい」という欲望だけではない。
その奥。
もっと小さなもの。
「ちゃんとしたかった」
好代は。
目を閉じた。
誰かに認められたかった。
失敗したくなかった。
役に立ちたかった。
だから。
足りないと思った。
だから。
もっとやった。
だから。
終われなくなった。
好代の指が。
少し震える。
「……」
これは。
悪意だけではない。
理性ちゃんが。
静かに聞く。
「何が見える?」
好代は。
目を開けた。
「……頑張りたかったんだと思います」
「うむ」
「ちゃんとしたかった」
真意ちゃんが。
記録する。
「それが歪んだ?」
「はい」
好代は。
粒子を見る。
「でも」
「何じゃ?」
「頑張りたかったことまで、悪いわけじゃないです」
理性ちゃんの目が。
少し細くなる。
「そうじゃな」
「だから」
好代は。
黒い粒子を握る。
「エビルドナルドが全部悪い、っていうのも違うと思います」
真意ちゃんが。
静かに言う。
「知ったから?」
「はい」
「じゃあ、どうする?」
好代は。
少し考えた。
「……返さなくていいと思います」
「返さない?」
「はい」
好代は。
粒子を見つめる。
「これは」
少しだけ。
笑う。
「私が知ったことだから」
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第五章「知ったものをどうするか」
理性ちゃんが。
ゆっくり立ち上がった。
「それでよい」
「いいんですか?」
「うむ」
理性ちゃんは。
着物の袖を整える。
「知識は、持っているだけでは意味がない」
「……」
「知ったものをどう扱うか」
理性ちゃんは。
好代を見る。
「そこから先は、知った者の判断じゃ」
真意ちゃんが。
言う。
「私は、まだ知りたい」
「わらわもじゃ」
「でも」
真意ちゃんが。
好代を見る。
「好代ちゃんは、もう一つ進んだ」
「?」
「知ったものを、自分の中でどうするか決めた」
好代は。
少し考える。
「……」
それは。
昨日までとは。
少し違う感覚だった。
今まで。
好代は。
受け取ってきた。
におい。
記憶。
知識。
能力。
誰かの感情。
でも。
受け取った後。
どうするか。
そこまで考えたことは。
あまりなかった。
「……」
好代は。
自分の胸に手を当てた。
受け取る。
分ける。
残す。
届ける。
支える。
知る。
決める。
それぞれ。
違う。
でも。
全部。
ぱんでむにいる誰かの中に。
最初からあったものだった。
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第六章「断片」
夕方。
真意ちゃんが。
研究区画を出ようとした。
「真意ちゃん」
「なに?」
「昨日の断片」
「うん」
「まだ持っていますか?」
真意ちゃんは。
胸元から。
小さな白い欠片を取り出した。
「これ?」
「はい」
好代が。
近づく。
すると。
断片が。
淡く光った。
「……」
真意ちゃんの目が。
少し見開かれる。
「どうしたんですか?」
「反応した」
「何に?」
真意ちゃんは。
好代を見る。
「好代ちゃんに」
好代が。
断片に触れる。
その瞬間。
棚が開いた。
昨日の。
「知りたい」。
でも。
今日は。
それだけではない。
「知りたい」
その奥に。
「わかりたい」。
さらに。
「わかったら、伝えたい」。
そして。
最後に。
小さな。
「一緒に考えたい」。
好代は。
目を開いた。
「……」
真意ちゃんが。
静かに聞く。
「何があった?」
好代は。
少し笑った。
「真意ちゃんの『好き』」
「……」
「昨日より、少し増えました」
真意ちゃんは。
黙っていた。
そして。
「そう」
短く答えた。
でも。
その声は。
少しだけ。
嬉しそうだった。
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第七章「違うから、一緒にいられる」
夜。
一番奥の席。
好代。
真意ちゃん。
理性ちゃん。
三人が。
並んで座っていた。
理性ちゃんは。
湯呑みを持っている。
真意ちゃんは。
記録端末を閉じた。
好代は。
窓の外を見る。
「真意ちゃん」
「うん」
「理性ちゃん」
「なんじゃ?」
「二人とも」
「うむ」
「同じものを見ても、考え方が違いますよね」
真意ちゃんが。
頷く。
「そう」
理性ちゃんも。
頷く。
「当然じゃ」
「でも」
好代は。
二人を見る。
「だから一緒に調べられるんですね」
二人とも。
少し黙った。
理性ちゃんが。
ふっと笑う。
「そうかもしれぬのう」
真意ちゃんも。
小さく笑った。
「一人なら、見落とすものがある」
「二人なら?」
「別のものが見える」
理性ちゃんが。
続ける。
「三人なら、さらに違う見方ができる」
好代は。
一番奥の席を見る。
「じゃあ」
「うむ?」
「31人いたら」
理性ちゃんが。
少し目を細める。
「ずいぶん騒がしくなるじゃろうな」
真意ちゃんが。
淡々と言う。
「たぶん」
好代は。
笑った。
「それでも」
窓の外。
暗い空間の向こう。
まだ見えない何か。
「きっと、見えるものが増えます」
その時。
ぱんでむの外。
遠くで。
一瞬だけ。
白い光が走った。
好代は。
立ち上がった。
棚を開く。
「……」
新しいにおい。
今までとは違う。
敵意ではない。
攻撃でもない。
ただ。
遠くから。
こちらを探している。
「何かありますか?」
真意ちゃんが聞く。
好代は。
しばらく。
そのにおいを読む。
そして。
答えた。
「誰かが」
少し間。
「ぱんでむのことを知ろうとしています」
理性ちゃんが。
湯呑みを置いた。
「ならば」
「はい」
「こちらも知ればよい」
真意ちゃんが。
立ち上がる。
「調べよう」
好代も。
頷いた。
三人は。
窓の外を見た。
まだ。
何も見えない。
けれど。
今度は。
ただ待つだけではなかった。
知る者。
決める者。
受け取る者。
それぞれが。
自分のやり方で。
同じ方向を見ていた。




