第74話「同じではない」
朝。
ぱんでむの厨房には。
昨日と変わらない音がしていた。
鉄板。
包み紙。
食器。
端末。
誰かの足音。
好代はカウンターに立っていた。
昨日の夜。
休憩室に置いた紙は。
まだそのまま。
「休め」
世達ちゃんは。
今朝、いつもより少し遅くフロアへ来た。
「おはようございます」
「おはようございます」
好代は。
世達ちゃんのにおいを読む。
昨日より。
少し軽い。
「ちゃんと休めました?」
「はい」
「何時間ですか?」
「……」
世達ちゃんが。
少しだけ目を逸らした。
「そこは聞かないでください」
「短かったんですね」
「……はい」
好代は。
笑った。
「でも、昨日よりはいいです」
「そうですね」
世達ちゃんも。
少し笑った。
その様子を。
カウンターの奥から。
理性ちゃんが見ていた。
緑と紫の着物。
小さな湯呑み。
いつもの幼い姿。
でも。
その目だけは。
何かを見分けようとしていた。
「……」
理性ちゃんは。
ぽつりと言った。
「似ておるのう」
好代が振り返る。
「何がですか?」
「昨日のものと、今日のものじゃ」
「?」
理性ちゃんは。
世達ちゃんを見る。
「疲労」
次に。
好代を見る。
「安心」
そして。
自分の湯呑みを見る。
「休息」
「全部、同じようなものですか?」
「逆じゃ」
理性ちゃんは。
首を振った。
「似ておるからこそ、分けねばならぬ」
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第一章「二つの包み」
午前十時。
渾沌ちゃんが。
厨房から二つの包みを持ってきた。
「すきよちゃん!」
「はい?」
「これ、どっちが好き?」
テーブルの上に。
二つのバーガー。
見た目は。
ほとんど同じ。
包み紙も同じ。
大きさも同じ。
「試作品ですか?」
「そう!」
渾沌ちゃんが。
楽しそうに笑う。
「材料もほとんど一緒」
「ほとんど?」
「うん」
「何が違うんですか?」
「食べてみればわかるよ」
好代は。
二つの包みを見た。
棚を開く。
「……」
一つ目。
楽しい。
温かい。
誰かと食べたい。
二つ目。
静か。
落ち着く。
一人で食べたい。
好代は。
少し考えた。
「……違います」
渾沌ちゃんが。
笑う。
「でしょ?」
「でも、材料はほとんど同じなんですよね」
「うん」
「どうして?」
「知らない!」
即答だった。
そこへ。
理性ちゃんが来た。
「わらわが見よう」
「理性ちゃん、わかる?」
「食べずとも、ある程度はわかるのじゃ」
理性ちゃんは。
二つの包みを見比べた。
「こちらは共有するための味」
「はい」
「こちらは、一人で落ち着くための味」
「……」
「同じ材料を使っていても」
理性ちゃんは。
指を一本立てる。
「目的が違えば、意味も変わる」
渾沌ちゃんが。
首を傾げた。
「バーガーなのに?」
「バーガーじゃからこそじゃ」
理性ちゃんは。
胸を張る。
「同じ形をしているものを、同じものとして扱う理由にはならぬ」
好代は。
二つのバーガーを見た。
「……昨日のエビルドナルドも」
理性ちゃんの表情が。
少し変わる。
「うむ」
「他の歪者と似ているけど、同じではなかった」
「そうじゃ」
「見た目も似ていて」
「うむ」
「ドナルド様の名前もついているのに」
「それでも別物じゃ」
好代は。
その言葉を。
静かに受け取った。
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第二章「識別」
午後。
真意ちゃんが。
バックヤードから出てきた。
手には。
小さな記録ケース。
「昨日の件」
好代が振り返る。
「エビルドナルドですか?」
「うん」
真意ちゃんは。
淡々としていた。
「痕跡を整理した」
「何かわかりました?」
「いくつか」
真意ちゃんは。
ケースを開く。
黒い粒子。
ほとんど消えかけている。
「エビルドナルドの痕跡は、もう薄い」
「帰ったんですか?」
「たぶん」
「どこへ?」
「わからない」
好代は。
黒い粒子を見る。
「闇ドナルドとは?」
「違う」
即答。
「カオスドナルドとも?」
「違う」
「同じ歪者ではあるけど」
「分類上は同じ」
真意ちゃんは。
粒子を見る。
「個体としては別」
「……」
「性質も違う」
好代は。
少し考えた。
「じゃあ」
「うん」
「名前が違うだけじゃないんですね」
「もちろん」
真意ちゃんは。
ケースを閉じた。
「名前は識別するためのもの」
「はい」
「本体じゃない」
その言葉に。
理性ちゃんが。
静かに頷いた。
「その通りじゃのう」
真意ちゃんが。
理性ちゃんを見る。
「珍しく意見が一致した」
「わらわはいつでも正しいのじゃ」
「それは違う」
「なんじゃと?」
好代が。
思わず笑った。
「そこは別々なんですね」
理性ちゃんが。
むっとする。
「当然じゃ!」
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第三章「違うもの」
午後三時。
秩序ちゃんが。
記録室から一つの箱を持ってきた。
「確認をお願いします」
「何ですか?」
「昨日の記録です」
箱の中には。
三つの黒い粒子。
一つ目。
カオスドナルド。
二つ目。
闇ドナルド。
三つ目。
エビルドナルド。
好代は。
少し離れたところから。
それぞれのにおいを読む。
「……」
違う。
確かに。
全部。
黒い。
焦げた甘さもある。
けれど。
その奥が。
全部違う。
カオスドナルド。
不規則。
笑い。
破壊。
予測できない方向へ跳ねる感覚。
闇ドナルド。
孤独。
空腹。
拒絶。
誰かに受け取ってほしい感情。
そして。
エビルドナルド。
不足。
義務。
もっと。
まだ。
終わらない。
「……」
好代は。
三つのにおいを分けた。
「全部違います」
秩序ちゃんが。
頷く。
「そうです」
「でも」
好代は。
少し考える。
「全部、元は同じなんでしょうか」
真意ちゃんが。
答える。
「ドナルド様という概念を起点にしている」
「はい」
「でも」
真意ちゃんは。
三つの粒子を見る。
「そこから何を受け取ったかが違う」
好代は。
考えた。
「人によって」
「うん」
「同じものを見ても、違うものになる」
「そう」
真意ちゃんは。
短く答えた。
「だから歪む」
その言葉を。
理性ちゃんが拾った。
「ならば」
理性ちゃんが。
ゆっくり立ち上がる。
「違いを残すことが必要じゃ」
秩序ちゃんが。
見る。
「記録として?」
「それもある」
理性ちゃんは。
三つの粒子を指す。
「カオスドナルドを闇ドナルドとして扱えば」
一つ目。
「カオスドナルドの性質が消える」
二つ目。
「闇ドナルドをエビルドナルドとして扱えば」
三つ目。
「エビルドナルドの性質が消える」
理性ちゃんは。
少しだけ。
目を細めた。
「違うものを一つにまとめると」
「……」
「わかりやすくなる代わりに」
理性ちゃんは。
言った。
「本当のことから遠ざかるのじゃ」
好代は。
その言葉を。
じっと聞いた。
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第四章「真意ちゃんの答え」
夜。
真意ちゃんと好代は。
一番奥の席に座っていた。
空席だった場所。
今は。
花がある。
包み紙もある。
でも。
以前とは違う。
「真意ちゃん」
「なに?」
「真意ちゃんは」
好代は。
少し考える。
「どうして、違いを見つけるんですか?」
真意ちゃんは。
すぐには答えなかった。
「……違っているから」
「それだけ?」
「うん」
「もっと理由がある気がします」
真意ちゃんは。
空席を見る。
「同じにされるのが嫌だから」
「……」
「違うものを」
真意ちゃんは。
静かに続ける。
「違うものとして残したい」
好代は。
少し驚いた。
「それって」
「うん」
「秩序ちゃんと似ています」
「そうかも」
「理性ちゃんとも」
「うん」
「でも、少し違う」
真意ちゃんは。
頷いた。
「秩序ちゃんは残す」
「はい」
「理性ちゃんは分ける」
「はい」
「私は」
少しだけ。
考える。
「見つける」
好代は。
棚を開いた。
その瞬間。
真意ちゃんのにおいが。
強く入ってきた。
好奇心。
観察。
違和感。
そして。
「本当は何なのか知りたい」。
好代は。
目を閉じた。
「……」
一つ。
何かが。
自分の中で。
小さく鳴った。
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第五章「名前のないもの」
翌朝。
好代は。
厨房で一人。
新しいバーガーの包み紙を見ていた。
名前がない。
材料も。
まだ決まっていない。
味も。
完全には決まっていない。
それなのに。
誰かが。
「これは○○だ」
と名前を付けたら。
それで。
何かが決まってしまう。
好代は。
その包み紙を。
しばらく見ていた。
そこへ。
真意ちゃんが来る。
「どうしたの?」
「名前をつけていいのかわからなくて」
「どうして?」
「まだ、何なのかわからないので」
真意ちゃんは。
少し笑った。
「それなら」
「はい」
「今は名前をつけなくていい」
「……」
「わからないものを、わからないままにしておくことも」
真意ちゃんは。
言った。
「正しい」
好代は。
少し安心した。
「でも」
「うん?」
「いつか、わかるかもしれません」
「その時でいい」
好代は。
包み紙をしまった。
その瞬間。
棚の奥で。
何かが。
淡く光った。
「……?」
好代は。
棚を開く。
そこにあったのは。
昨日までなかった。
小さな白い断片。
ドナルド様のものと似ている。
でも。
同じではない。
好代が触れる。
記憶ではない。
能力でもない。
ただ。
一つの感覚だけが。
伝わってきた。
「知りたい」
好代は。
息を止めた。
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第六章「それは誰のものか」
真意ちゃんが。
断片を見る。
「……」
「何かわかりますか?」
「たぶん」
「何ですか?」
「私のもの」
好代が。
目を丸くする。
「真意ちゃんの?」
「うん」
「でも」
好代は。
断片を見る。
「ドナルド様の断片じゃないんですか?」
真意ちゃんは。
少し考えた。
「たぶん」
「たぶん?」
「ドナルド様のものでもある」
「……」
「私のものでもある」
好代は。
混乱した。
「どっちですか?」
真意ちゃんが。
少し笑う。
「両方」
「そんなことがあるんですか?」
「あると思う」
真意ちゃんは。
断片を見る。
「私は、ずっと本質を知りたかった」
「はい」
「何なのか」
「はい」
「どうしてそうなったのか」
「はい」
「違うものなら、どこが違うのか」
真意ちゃんは。
断片を握る。
「それを知りたいと思ってきた」
好代は。
静かに聞いていた。
「それが」
真意ちゃんは。
言った。
「私の『好き』なのかもしれない」
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第七章「好きは能力ではない」
夜。
クルーたちが。
それぞれの場所へ戻っていく。
厨房。
記録室。
訓練場。
礼拝室。
研究室。
休憩室。
ぱんでむには。
いつもの夜が戻っていた。
好代は。
一人。
一番奥の席に座る。
今日。
見つかったものを思い出す。
世達ちゃん。
休むこと。
理性ちゃん。
違うものを分けること。
真意ちゃん。
本当のものを知りたいこと。
それぞれ。
能力ではない。
戦い方でもない。
もっと小さい。
もっと個人的な。
「好き」。
好代は。
自分の胸に手を置いた。
「……」
自分は。
何が好きなのか。
すぐには。
答えなかった。
食べること。
におい。
バーガー。
誰かから何かを受け取ること。
それだけではない。
たぶん。
まだ。
知らないものがある。
その時。
向かい側の椅子が。
ほんの少し。
揺れた。
好代は。
顔を上げる。
誰もいない。
でも。
棚を開くと。
新しいにおいがした。
白い。
温かい。
少し甘い。
そして。
まだ名前のない感情。
好代は。
それを。
すぐにはしまわなかった。
しばらく。
そのまま感じていた。
やがて。
小さく笑う。
「……まだ、わからないです」
誰もいない席へ。
そう言った。
「でも」
一番奥の席。
花瓶の小さな花が。
少しだけ揺れた。
「わからないままでも」
好代は。
その席を見た。
「好きになれるものって、あるのかもしれません」
夜のぱんでむに。
返事はなかった。
ただ。
遠くの厨房から。
誰かが皿を置く音がした。
カラン。
いつもの音だった。
それが。
今日は。
少しだけ。
嬉しかった。




