↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
38/53

第71話「道がなくても」


朝。


ぱんでむの入口に。


一本の線があった。


黒い。


細い。


床を這うように伸びている。


昨日まで。


そんなものはなかった。


好代は。


しゃがみ込んだ。


棚を開く。


「……」


においがない。


正確には。


「無臭」ではない。


何かを嗅ごうとすると。


その手前で。


においそのものが途切れる。


「変ですね」


「何が?」


摩天ちゃんが。


隣に立った。


「これ」


好代は。


黒い線を指す。


「昨日、外へ伸びていたものと同じです」


「うん」


摩天ちゃんは。


線の先を見る。


「どこまで?」


「わかりません」


「じゃあ」


摩天ちゃんは。


一歩前へ出た。


「行ってみよう」


好代は。


少しだけ。


笑った。


「やっぱり行くんですね」


「道があるから」


「道なんでしょうか」


摩天ちゃんは。


足元を見る。


「線がある」


「はい」


「なら、道にできる」


好代は。


その言葉を聞いた。


そして。


昨日のことを思い出した。


誰かに届けるための道。


帰るための道。


まだ存在しない場所へ進むための道。


「……」


好代も。


一歩進んだ。


黒い線は。


二人の足元から。


ゆっくり。


前へ伸びていった。


第一章「道の先」


ぱんでむの外。


さらに外。


いつもの世界線の境界を越えて。


黒い線は。


何もない空間へ続いていた。


世頼ちゃんも来ていた。


「昨日より長いですね」


「はい」


好代が答える。


「でも」


「はい?」


「終点がありません」


世頼ちゃんは。


線を見る。


「届け先がない?」


「それとも」


好代は。


少し考える。


「まだ、見つかっていない」


摩天ちゃんが。


前を見る。


「どっちでもいい」


「え?」


「進めばわかる」


好代は。


少しだけ。


困った顔をした。


「摩天さんは、いつもそれですね」


「そう?」


「はい」


世頼ちゃんが。


小さく笑った。


「でも、今回は正しいかもしれません」


「どうして?」


「届け先を探すには」


世頼ちゃんは。


黒い線を見る。


「届ける側が動くしかないので」


摩天ちゃんが。


頷いた。


「じゃあ行こう」


三人は。


歩き始めた。


第二章「ない道」


しばらく進むと。


黒い線が。


突然。


途切れた。


「……」


好代が。


立ち止まる。


「ここです」


摩天ちゃんが。


前を見る。


何もない。


線もない。


世界線もない。


ただ。


暗い空間。


「戻る?」


世頼ちゃんが聞く。


摩天ちゃんは。


首を横に振った。


「まだ」


摩天ちゃんは。


足元を見る。


一歩。


前へ出る。


何もない。


それでも。


落ちなかった。


「……」


好代が。


息を止める。


摩天ちゃんの足元に。


線が生まれた。


黒ではない。


今度は。


薄い灰色。


一歩。


また一歩。


摩天ちゃんが進むたびに。


足元へ。


新しい道が現れていく。


好代は。


そのにおいを読もうとした。


「……」


やはり。


何もない。


でも。


少しだけ。


わかる。


「摩天さん」


「なに?」


「この道」


「うん」


「誰かが作ったんじゃありません」


摩天ちゃんが。


振り返る。


「じゃあ?」


「摩天さんが」


少し間。


「歩いたから、できています」


摩天ちゃんは。


自分の足元を見る。


「……そう」


それだけ。


でも。


その顔には。


ほんの少し。


嬉しそうなものがあった。


第三章「前へ進む理由」


道の途中。


三人は。


立ち止まった。


目の前に。


大きな裂け目がある。


その向こう側。


何かが見える。


建物。


街。


空。


でも。


遠い。


「どうする?」


世頼ちゃんが聞く。


摩天ちゃんは。


すぐには答えなかった。


「……」


好代は。


摩天ちゃんを見る。


「行けますか?」


「わからない」


「珍しいですね」


「何が?」


「摩天さんが『わからない』って言うの」


摩天ちゃんは。


少し考える。


「わからないものは、わからない」


「はい」


「でも」


摩天ちゃんは。


裂け目を見る。


「行きたい」


好代が。


少し驚く。


「どうしてですか?」


摩天ちゃんは。


しばらく黙った。


そして。


「前があるから」


「……」


「私は」


摩天ちゃんは。


自分の手を見る。


「前があると、行きたくなる」


「理由は?」


「知らない」


「怖くないんですか?」


「怖いよ」


即答だった。


好代は。


少し驚いた。


「怖い?」


「うん」


摩天ちゃんは。


裂け目を見る。


「何があるかわからない」


「それでも?」


「それでも」


一歩。


前へ。


「行く」


好代は。


その背中を見た。


強いから進むのではない。


怖くないからでもない。


「前があるから」


それだけで。


進む。


そのことが。


妙に。


摩天ちゃんらしいと思った。


第四章「好き」


裂け目の前。


摩天ちゃんが。


手を伸ばす。


空間が。


少しだけ開いた。


その瞬間。


ぱんでむのにおいが。


向こう側へ流れ込む。


草。


電子。


バーガー。


お茶。


花。


人。


そして。


「……」


好代が。


気づいた。


何かが。


返ってくる。


「何か来ます」


世頼ちゃんが。


身構える。


摩天ちゃんも。


構える。


けれど。


敵ではなかった。


一枚の紙。


向こう側から。


風に乗って。


飛んでくる。


好代が。


受け取った。


黄色い紙。


昨日のものと。


よく似ている。


でも。


書かれている言葉は違った。


「前へ」


好代は。


紙を見つめた。


棚を開く。


におい。


怖さ。


期待。


好奇心。


そして。


強い。


「好き」


好代は。


紙を見る。


「……」


摩天ちゃんが。


覗き込む。


「何て書いてある?」


「『前へ』です」


「そう」


摩天ちゃんは。


紙を見た。


そして。


少しだけ。


笑った。


「好きだな」


「何がですか?」


「こういうの」


好代は。


その言葉を聞いた。


「……」


「進めって言われるのが?」


「違う」


摩天ちゃんは。


裂け目を見る。


「進める場所があること」


好代は。


少し考えた。


「それが好き?」


「うん」


摩天ちゃんは。


頷いた。


「道があること」


「はい」


「道がないなら作れること」


「はい」


「進んだら、知らない場所へ行けること」


摩天ちゃんは。


少しだけ。


目を細めた。


「私は、それが好き」


好代は。


紙を見た。


昨日の「好き」。


今日の「前へ」。


二つの言葉が。


頭の中で。


静かにつながった。


第五章「自分のもの」


ぱんでむへ戻る。


夕方。


好代は。


一番奥の席に。


二枚の紙を並べた。


好き


前へ


その横に。


写真。


花。


封筒。


「……」


秩序ちゃんが。


やってくる。


「新しい記録ですか?」


「はい」


好代は。


二枚の紙を見せた。


秩序ちゃんが。


記録する。


「発見場所」


「外縁部です」


「発見者」


「私です」


「由来」


「不明です」


「内容」


秩序ちゃんが。


画面を見る。


「『前へ』」


「はい」


「意味」


「……」


好代は。


少し考えた。


「たぶん」


「はい」


「摩天さんのものです」


秩序ちゃんの手が。


止まる。


「根拠は?」


「本人が」


好代は。


笑った。


「好きだと言ったので」


秩序ちゃんは。


少し考える。


そして。


入力した。


『本人の発言により、摩天ちゃん自身の選好と確認』


「これなら」


秩序ちゃんが言う。


「記録できます」


好代は。


少し笑った。


「はい」


その時。


摩天ちゃんが。


後ろから顔を出した。


「何してるの?」


「摩天さんの『好き』を記録しています」


「……」


摩天ちゃんは。


少し照れたように。


目を逸らした。


「別に」


「好きなんですよね?」


「うん」


「じゃあ」


好代は。


紙を見る。


「残しておきます」


摩天ちゃんは。


しばらく。


黙っていた。


そして。


「……うん」


小さく。


答えた。


第六章「断片」


夜。


好代が。


一人で厨房を片付けていると。


摩天ちゃんが来た。


「好代」


「はい?」


「さっきの紙」


「はい」


「少し見せて」


好代は。


渡した。


摩天ちゃんは。


「前へ」と書かれた紙を見る。


その瞬間。


紙が。


光った。


「……!」


好代が。


棚を開く。


大量のにおい。


バーガー。


笑い声。


誰かを楽しませる気持ち。


道。


進む。


前へ。


そして。


その中心に。


一つ。


見覚えのある。


白いにおい。


「……ドナルド様」


摩天ちゃんが。


紙から手を離す。


「今」


好代が言う。


「何か感じましたか?」


「……少し」


「何を?」


「知らない記憶」


摩天ちゃんは。


自分の手を見る。


「でも」


「はい」


「私の記憶じゃない」


「……」


好代は。


頷いた。


「そうですね」


「でも」


摩天ちゃんは。


紙を見る。


「嫌じゃない」


「どうして?」


「わからない」


少し間。


「ただ」


摩天ちゃんは。


笑った。


「前に進みたくなる」


好代は。


その言葉を聞いた。


そして。


ようやく。


気づいた。


これは。


ドナルド様の力をもらったから。


摩天ちゃんが。


「前へ進みたい」のではない。


逆だった。


摩天ちゃんが。


もともと。


前へ進みたかった。


その性質が。


ドナルド様の中にも。


同じように存在していた。


だから。


触れた。


繋がった。


好代は。


そのことを。


棚にしまった。


「摩天さん」


「なに?」


「それ」


「うん」


「たぶん」


好代は。


少し笑った。


「最初から、摩天さんのものだったんだと思います」


摩天ちゃんは。


しばらく。


何も言わなかった。


そして。


紙を返した。


「……そうかもね」


それだけ。


でも。


その声は。


少しだけ。


嬉しそうだった。


第七章「新しい道」


深夜。


外縁。


昨日までの黒い線は。


消えていた。


その代わり。


薄い灰色の道が。


一本。


遠くへ続いている。


好代は。


その前に立つ。


棚を開く。


「……」


もう。


闇ドナルドのにおいだけではない。


もっと複雑だった。


好奇心。


期待。


恐怖。


そして。


「好き」。


好代は。


少し笑った。


後ろから。


摩天ちゃんが来る。


「明日も行く?」


「はい」


「じゃあ」


摩天ちゃんは。


道を見る。


「続きを歩こう」


好代は。


頷いた。


「はい」


その時。


道の先から。


小さな音がした。


カラン。


バーガーの包み紙が。


一枚。


こちらへ飛んできた。


好代が。


受け取る。


包み紙には。


何も書かれていない。


でも。


棚を開いた瞬間。


好代は。


一つのにおいを感じた。


まだ見たことのない世界。


まだ会ったことのない誰か。


そして。


その世界にある。


「好きなもの」。


好代は。


包み紙を見つめた。


「……」


摩天ちゃんが。


横から覗く。


「行く?」


好代は。


頷いた。


「はい」


二人は。


灰色の道を見る。


その道は。


まだ。


どこにも繋がっていない。


だからこそ。


歩く意味があった。


そして。


ぱんでむの奥。


一番奥の席では。


黄色い紙の隣に。


新しい包み紙が。


一枚。


静かに置かれていた。


そこには。


まだ。


誰の名前もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。