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Protocol 17/47:SS級ハッカー、死の迷宮をやり直す  作者: 入江 鋭利
2章「最強ハッカー、原石に出会う」
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9話「ズルい大人の先行投資」


 学生ホールの一角にあるカフェスペース。


 自動販売機で売られている、ごく普通の紙コップ式のコーヒーが二つ、安っぽいプラスチックのテーブルの上に並んでいた。


「あ、あの……本当にありがとうございました。炭崎先輩が来てくれなかったら、今頃どうなっていたか……」


 先ほど助け出した少女――琥珀川芽依香は、恐縮しきった様子で何度も頭を下げた。


 このコーヒーも、助けてもらったお礼にと彼女が奢ってくれたものだ。俺は「コーヒー一本分でも新入生には痛いだろ」と固辞したのだが、彼女が「私の気が済みませんから!」と半ば強引にボタンを押してしまった。


「なんのなんの。……それより、落ち着いたか?」


 俺は熱いコーヒーを一口すすり、胃に落ちる温かさを楽しんだ。


 目の前でカップを両手で包み込んでいる彼女は、まだ少し肩を震わせている。だが、その瞳の奥には、先ほどの柘榴坂に詰め寄られていた時とは違う、知的好奇心と芯の強さが微かに見え隠れしていた。


「はい……。あの、炭崎先輩、ですよね。二年生の……」


「ああ。学園で一番有名な"Level 2(らくだいせい)"だ。恥ずかしながらな」


「そんな! さっきの解析、すごかったです。あんなに正確にガントレットの異常を見抜くなんて……」


「いや、まあでも、あいつのビット出力は相当にお粗末だったし、わからないもんじゃないだろ」


「いえ、あれは知識だけじゃなくて、圧倒的な経験がないと無理です。実は、先輩もエンジニアを目指してるんですか?」


 彼女は身を乗り出して、少しだけ声を弾ませた。


 その熱量に、俺は思わず苦笑する。やはりこの頃から、彼女の根幹は技術者(エンジニア)なのだ。


「まあ、それはいいだろ……で、琥珀川。君に一つ聞きたいんだが」


「あ、はい! 何でしょう」


「どうして、入学してまだ二日目の新入生が、こんな依頼の集まる掲示板の前にいたんだ?」 


 俺の一番の疑問は、そこだった。


 ほとんどの新入生は、学園に入ってからL-GearやWill-Bitに触れることになる。


 この時期は、普通ならば、初めて支給されたL-Gearの設定に四苦八苦するか、オリエンテーションの資料を読み込むだけで精一杯のはずなのだ。


「えへへ……その、なんていうか……」


 俺の問いに、彼女は少し恥ずかしそうに頬を染め、視線を泳がせた。


「それが、私、エンジニア志望なんですけど……実は、入学前からちょこちょこ、L-Gearの開発を自分でやってたりしたんです」


「入学前から? 独学でか?」


「はい。ジャンク品のパーツを集めて、回路を組み替えたりして……。中学生の遊びですから、たかが知れてますけど。でも、憧れの九十九学園に入学できたので、どうしても実機を触りたくて……」


 なるほど、と俺は納得した。


 九十九学園の設備は世界最高峰だ。独学でそこまで熱を上げていた少女なら、支給されたL-Gearに物足りなさを感じ、より高度な素材や、自分なりの拡張(プラグイン)を試したくなるのは当然の帰結だ。


 彼女はおそらく、学校の支給品を自分好みに改造するための、特殊な鉱石や資材が手に入りそうな依頼を探していたのだろう。


 他の新入生がてんやわんやしている間に、彼女は一人、開発素材を求めて掲示板という名の"戦場"に立っていたわけだ。


「……そうか。開発素材か。新入生でも受注できる依頼が無いわけじゃないが、一人じゃあ柘榴坂みたいな輩に絡まれるのがオチだぞ」


「そうですよね……。自分の力不足はわかっているつもりなんですけど、じっとしていられなくて」


 困ったように笑う彼女を見て、俺の胸の中に一つの計算が浮かび上がった。

 

 琥珀川芽依香。


 30年後の世界で、俺の相棒(フラクタル)を創り上げた至高の腕。

 

 彼女という才能を、ここで手なずけておくことは、俺の未来の生存率を劇的に引き上げる。

 

「よし、じゃあ、こういうのはどうだ。琥珀川」


「……?」


「俺が、君の代わりに依頼をこなしてきてやるよ。君が欲しい素材が出るエリアを俺が掃討する。そこで手に入った資材はすべて君に譲る。……これでどうだ?」


 彼女は驚いたように目を見開いた。


「えっ……! いいんですか!? でも、それじゃ炭崎先輩にメリットが……」


「ああ、ただ、条件がある。もし君がエンジニアとして大成したら、その時は俺の装備のメンテナンスや開発に、優先的に便宜を図ってもらうぜ。将来の天才への先行投資、ってところだな。この条件でよければ、手を貸してやるよ」


 俺は、どこか冗談めかした口調でそう言った。

 

 だが、内側では少しばかり、良心の呵責を感じていた。


 これは、未来を知っている俺にしかできない"ズルい交渉"だ。


 彼女がどれほどの高みに至るか、彼女が創る装備がどれほどの価値を持つか。俺はその"結果"を既に知っていて、まだ何者でもない彼女に恩を売ろうとしている。


「……本当、ですか?」


「ああ。嘘はつかない。……それに、俺自身もLevelを上げなきゃならない理由があるんだ」


 結衣を救うために。


 そのためには、効率的にLevelを上げる必要がある。そして、将来的に、自分の"最適化"を支えてくれる優秀なエンジニアは、喉から手が出るほど欲しかった。


「お願いします! 私、炭崎先輩のお役に立てるように、精一杯頑張ります!」


 芽依香は力強く頷いた。


 その真っ直ぐな瞳に当てられ、俺は少し気恥ずかしくなって視線を外す。


「よし。じゃあ、まずは週末だ。学園近郊の低級ダンジョン……"練馬第4"辺りから始めるか。あそこなら、それなりに上質な新型バッテリーの素材がドロップするはずだ」


「はい! 準備、しておきます!」


 週末に、二人でダンジョンに潜る。


 その約束を交わし、俺たちは残りのコーヒーを飲み干した。


「じゃあな、琥珀川。無理はするなよ」


「はい! 失礼します、炭崎先輩!」


 彼女は元気よく手を振って、スキップせんばかりの足取りでホールを去っていった。


 俺は、彼女の後ろ姿を眺めながら、ふっと独りごちる。


「……先行投資、か。我ながら、性格が悪いな」


 自嘲気味に呟いたが、口角はわずかに上がっていた。

 

 Level 2の俺と、新入生の琥珀川。


 "無能"と"ひよっこ"の奇妙なパーティは、こうして結成されることになったのだった。



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