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Protocol 17/47:SS級ハッカー、死の迷宮をやり直す  作者: 入江 鋭利
2章「最強ハッカー、原石に出会う」
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7話「輝く原石」


 放課後の学生ホール。そこは、九十九学園という"鳥籠"の中でも、最も剥き出しの欲望と熱気が渦巻く場所だった。


 天井まで届く巨大な壁面には、無数のホログラムウィンドウが明滅している。


 そこにあるのは、企業からの資材回収依頼、政府からのダンジョン調査要請、あるいは学園周辺の治安維持を目的とした小規模なガイスト掃討。

 

 ダンジョンは危険だ。只人が踏み込み、一歩間違えれば、情報の波に呑まれて存在そのものが消去(デリート)される。


 だが、そこは同時に、未知の鉱石や素子、この世界の物理法則を根底から覆すような貴重なリソースが眠る"宝の山"でもあった。


 そして、それらを持ち帰る"ハッカー"という職業において、実力こそが唯一の正義だ。


(……さて。どうやってこの"Level 2"を脱出したもんかな)


 俺は学生ホールの喧騒を背に受けながら、流れる依頼リストを眺めていた。

 

 九十九学園において、生徒の評価を上げる――すなわちLevelを上げる方法は、大きく分けて二つ。

 

 一つは、一学期に二回行われる中間試験と期末試験。そこでの実技演習の結果に基づき、教官が正式な再認定を行う。


 だが、次の中間試験は5月末だ。悠長にそんなものを待っていては、月末に控える"新宿第11ダンジョン"での悲劇に間に合わない。結衣が消える一ヶ月後までには、俺は少なくともLevel 15以上の認定を受け、彼女と同じ遠征チームに潜り込む必要がある。


 となれば、もう一つの方法を選ぶしかない。

 

 この依頼掲示板だ。


 ここに貼り出されている依頼は、難易度や戦果に応じてポイントが付与される。その働きが担当教員の目に留まれば、試験を待たずして即時Levelアップが認められる仕組みだ。


(まあ、今はLevel 2なんだ。人並みに仕事さえこなせば、誰だって認定を上げてくれるだろうよ。……問題は、どの依頼が最も"効率的"かだ)


 俺は指先でホログラムをスクロールしていく。


 安物のL-Gearでも対応可能な、手頃な低級ガイストの掃討。あるいは、学園内の物資運搬……。

 

 そんなことを考えていた、その時だった。



「――てめえ、今なんつった!? 入学したばっかのヒヨッコが、俺に楯突いてんじゃねえよ!」



 鼓膜を(つんざ)くような怒号が、ホールの静寂を無惨に引き裂いた。


 俺は思わず、振り返る。


 掲示板の正面、人だかりが割れたその中心で、一組の男女が"言い合い"をしていた。


 いや、言い合いではない。


 片方がもう片方を、一方的に威圧し、怒鳴りつけている。


 立っていたのは、大柄な男だった。


 身長は180センチ近くあり、筋骨(たくま)しいその身体は、制服越しでもその頑強さが伝わってくる。中分けにした髪を肩のあたりまで伸ばし、その奥にある瞳には隠しきれない凶暴性が宿っていた。


 制服のネクタイは黄色――三年生。


 この学園において、三年生は既に一人前のハッカーとして扱われ始める時期だ。


 対するもう一人は、新入生と思しき少女だった。


 短く切り揃えられたショートカット。まだ着慣れていない様子の制服。彼女は不安げに視線を彷徨わせ、震える手で自分のL-Gearを握りしめている。


「た、楯なんてついてないです……ただ、私、その、自分の固有定義が、まだよくわかってなくて……」


 少女の細い声は、男の威圧感にかき消されそうだった。


 周囲の生徒たちは、関わり合いになるのを恐れるように、少し離れた場所から遠巻きに眺めているだけだ。


「知ってんだよ、入学時の適性試験のデータでよ。お前、"時間凍結(ログ・フリーズ)"の固有定義が使えるんだろ?」


 男のその言葉に、俺の眉がぴくりと動いた。


 "時間凍結"。


 47年分の記憶が、急速に再起動を始める。

 

(もしこれが、俺が知っているあの能力だとしたら……)


「は、はい……でも、私のはまだ、ほんの数秒、手のひらくらいの範囲を止めるのが精一杯で……」


「それを使って、ガイストの動きを止めろっつってんだよ! そうすりゃ、俺様の攻撃が百パーセント当たるわけだろ? お前みたいな一年が、俺様とパーティを組めるんだ。光栄に思えよ」


「でも、それって、私がガイストの至近距離まで行かないといけないんじゃ……? 私、まだ構築もまともにできないのに、そんなの危ないんじゃ……」


「あ゛? 知ったことかよ、そんなこと。お前はお前で自分の身を守れっつーの。全く、使えねえな、サポート向けの弱能力者はよ――」


 男の手が、威嚇するように少女の肩へ伸びる。


 少女は怯えたように目を瞑り、首を(すく)めた。

 溜息が出そうになった。

 

 ハッカーの世界において、力のある者が力のない者を導くのは当然の義務だ。


 だが、自分の定義を命中させ(あてはめ)るための"固定具"として後輩を使い捨てにしようとする。その発想が、あまりにも低レベルで、汚い論理(コード)に見えた。

 

 それに何より、"時間凍結"という能力。


(――確か、相当に希少な能力のはずだ)


 使い手次第では、物理法則を根底からハックし、世界の在り方そのものを凍らせる究極の"管理者権限(ルート・アクセス)"になり得る、至高の原石。


 それを"弱能力"と断じるその男の審美眼のなさが、SS級ハッカーとしての俺の矜持(きょうじ)に、微かな不快感を抱かせた。


(……やれやれ。俺も、こういう面倒事には首を突っ込まない主義なんだがな)


 だが、放っておけば彼女は無理やりパーティに入れられ、再起不能な傷を負うか、最悪の場合は命を落とす。


 そうなれば、至高の領域に至れたはずの原石が、一つ欠けることになる。


 俺はゆっくりと歩き出し、男と少女の間に割って入った。


「まあまあ、その辺にしときましょ、先輩」


 俺の、どこか気だるげで、それでいて場にそぐわないほど落ち着いた声が、張り詰めた空気に波紋を広げた。


「あぁ……?」


 男が、射殺さんばかりの鋭い視線をこちらに向ける。


 背後にいる少女が、驚いたように目を開け、俺の背中を見つめるのがわかった。


(……ああ。やっぱり、面倒事に首を突っ込んでしまったな)


 俺は心の中で、自分でも呆れるほど深い、深い溜息を吐いた。


 目の前の三年生から放たれる、威圧的なWill-Bitの波動。


 それを肌で感じながら、俺は鉛色のL-Gearをポケットの中で静かに握りしめた。


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