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Protocol 17/47:SS級ハッカー、死の迷宮をやり直す  作者: 入江 鋭利
1章「最強ハッカー、死に戻る」
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6話「構築の死角(コンパイル・バグ)」


 九十九学園の朝は早い。


 二年生の基礎課程、一時間目。演習室に並べられた無機質なデスクには、まだ眠気が抜けきらない生徒たちが並んでいる。


 教壇に立つのは、翡翠先生とは対照的に、どこか神経質そうな痩せ型の教師だった。彼は手元の計器を叩きながら、ホログラムの黒板に複雑な数式を書き連ねている。


「――いいか、諸君。ハッカーにとって、Will-Bitを操る技術は呼吸と同じだ。だが、その呼吸にも"作法"がある。それが我々が学ぶ"三基底言語(ベース・プロトコル)"だ」


 教師の声を聞き流しながら、俺は、頬杖をついて窓の外を眺めていた。


 三基底言語。未来の俺にとっては、文字通り赤子の這い這いのような基礎中の基礎だ。


 1.解析(スキャン): 対象の情報を読み取り、脆弱性を可視化する"入力(インプット)"。


 2.構築(ビルド):Will-Bitを実体化させ、現実を定義する"出力(アウトプット)"。


 3.干渉(インターフェース): 物理法則やシステムに割り込み、制御を奪う"処理(プロセス)"。


 これら三つのプロトコルを組み合わせることで、ハッカーは現実という名のプログラムを書き換える。今日の授業課題は、その中の"構築"――Will-Bitを用いて一時的な物質を創り出す訓練だった。


(……それにしても、これからどうしたもんか)


 脳内では、授業の内容よりも切実な問題が渦を巻いている。


 昨日の放課後、結衣が口にした"新宿第11ダンジョン"での昇格試験。


 彼女の運命を変えるには、俺もその場に居合わせる必要がある。だが、現在の俺のLevelは"2"。試験の参加資格であるレベル15には、絶望的に足りない。


(……最悪、試験当日に無断でダンジョンに忍び込むか? ……いや、それは悪手だな)


 "大変動"後の崩壊した世界ならいざ知らず、この時代のダンジョン管理は厳重だ。国家資格を持たない者が、あるいは許可なく指定区域に立ち入れば、それは重罪として処理される。


 捕まれば学園を退学になり、結衣を近くで守ることすら不可能になるだろう。


(正規のルートでLevelを上げるしかない。……短期間で、それも効率よく)


 思考の海に沈んでいた、その時だった。


「――おい。炭崎湊、聞いているのか!」


 不意に名前を呼ばれ、俺は現実に引き戻された。


 見れば、教壇の教師が苛立たしげに俺を指差している。クラスメートたちの視線が、一斉に俺の窓際最後列(とくとうせき)へと集まった。


「あ、ああ、すんません。ちっとばかし、考えごとを……」


 俺がとぼけた顔で頭を掻くと、周囲からクスクスという忍び笑いが漏れた。


「また炭崎か」「あいつ、いつも上の空だよな」という、いつもの嘲笑だ。


「そうか。それは何よりだ。炭崎、お前にとってこんな基礎技術は余裕すぎて、授業中に深遠な思索に(ふけ)る必要があるというわけだな?」


 当てつけのような嫌味と共に、教師が顎で黒板を示した。


「ならば、お前が手本を見せてくれ。課題は黒板の設計図通り、ダンジョン探索用の"簡易足場"を構築することだ。時間は……そうだな、お前のような"天才"なら三秒もあれば十分だろう?」


 教室内が失笑に包まれる。


 この足場の構築は、不規則なWill-Bitの波形を固定しなければならない。基礎課程の二年生にとっては、早くても十数秒はかかる難易度だ。


(……やれやれ。これだから若者は、沸点が低くて困る)


 俺は内心で溜息をつき、重い腰を上げた。


 中年の精神(ソフトウェア)にとって、この手の子供染みた挑発は、もはや怒りを感じる段階ですらない。


 俺は教壇の前に立ち、教師から手渡された演習用のL-Gearを無造作に構えた。


("構築"の要諦(ようてい)は、総量ではなく"密度"だ。……余計なコードを削ぎ落とし、最短距離で現実に固定(パッチ)を当てる)


 俺は、L-Gearに意識を流し込んだ。


 

「――"構築ビルド"」



 一言。


 呟いた瞬間に、俺の指先から放たれた青いWill-Bitの粒子が、空中で幾何学的な模様を描きながら収束した。

 

 シュンッ、という小気味いい電子音。


 次の瞬間、そこには完璧な形状の足場が出現していた。


 設計図にある誤差ゼロ。Will-Bitのロスもゼロ。


 一秒にも満たない、神業のような速度。


「…………な」


 教師が絶句した。


 掲示板を見ていた生徒たちの笑い声が、ピタリと止まる。


 静まり返った教室内で、俺が構築した足場だけが、透き通った青い輝きを放ちながら毅然と存在していた。


(――マズい、やりすぎたか)


 あまりに無意識だった。


 30年間、死線で生き残るために研ぎ澄ましてきた"当たり前"を、そのまま出してしまった。

 

 この時代、SS級ハッカーは世界に四人程度しかいない。


 もし、俺の今の技量(コード)が本物だとバレれば、どんな目に遭うか分かったものではない。


 軍や企業に捕まり、一生"便利な計算機"としてこき使われ、自由に動くことなどできなくなるだろう。それでは結衣を救うどころではない。


(……修正だ)


 俺は、構築した足場の基底部――その一箇所の論理式を、わざと"1ミリ"だけズラした。


 本来ならあり得ない、初心者がやるような初歩的なバグの挿入。


 ガラガラガラッ!


 完璧だった足場が、一瞬でバランスを崩し、勢いよく崩壊した。


 粒子となったWill-Bitが空中に霧散し、演習室に虚しい音が響き渡る。


「……ふぅ。やっぱり、難しいっすね」


 俺はわざとらしく額を拭い、照れ笑いを浮かべた。


 数秒の沈黙。


 そして、それまで呆気にとられていた生徒たちが、安堵したようにドッと笑い始めた。


「なーんだ! びっくりした、ズルして一瞬で出したから成功したのかと思ったぜ」


「炭崎、お前、急ぎすぎて構築手順(フロー)を飛ばしただろ」


「見ろよ、あのボロボロの崩れ方! やっぱ炭崎は炭崎だな」


 教師も、一度は戦慄した表情を露骨に緩め、咳払いを一つした。


「……コホン。炭崎、お前はまだまだ、訓練が足りんな。速度を意識するのは良いが、基礎の安定性を疎かにしては実戦で死ぬぞ。……席に戻れ」


「はい。すんませんでした」


 俺はとぼけたふりをしながら、頭を下げて席に戻った。

 

 窓の外。


 人工太陽に照らされた校庭を眺めながら、俺は冷や汗を拭う。

 


 危なかった。



 枯れたふりをするのはおっさんの得意分野だが、現役の感覚がこうも身体に染み付いているとは。


(……目立たずに、かつ確実にLevelを上げる方法。やっぱり、学校のカリキュラムじゃ限界があるな)


 学園のシステムに監視されている以上、授業で異常な数値を出すわけにはいかない。

 

 ならば――と、俺は思考を巡らせる。


 取ることができる手段は、どうやらそこまで多くはなさそうだった。


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