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Protocol 17/47:SS級ハッカー、死の迷宮をやり直す  作者: 入江 鋭利
1章「最強ハッカー、死に戻る」
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5話「情報の再帰干渉(リカージョン・エラー)」


 九十九学園は、単なる教育機関ではない。


 地下施設"セクター09"の広大な敷地内には、希望者が入寮可能な学生寮はもちろん、民間の商業施設や娯楽施設が立ち並ぶ一つの"街"が形成されている。ハッカーという、国力の基盤を担う人材を囲い込むための、黄金の鳥籠だ。


 放課後のフードコート。


 俺は、プラスチックの椅子に身を預け、安っぽいハンバーガーを口に運んでいた。


 パサついたバンズに、ジャンクな味のパテ。


 2070年の荒廃した世界では、合成タンパク質のゼリーすら贅沢品だった。それに比べれば、この"不健康な味"は涙が出るほど懐かしく、そして旨い。


 何よりも、胃もたれしないのが最高だ。やはり、若い体はいい。若さとは、得難い宝である。


「……はぁ。やっぱり、休み明けって身体が重いわ。ビットの巡りが、なんだか泥水みたいにドロドロしてる気がする」


 目の前で、結衣がストローを噛みながら溜息をついている。


 春休みを経て、自分の感覚が鈍ってしまったことを嘆いているらしい。俺はそれを適当に聞き流しながら、ポテトを口に放り込み、今後のロードマップを脳内で組み立てていた。


 あと二十年もすれば、"大変動"が起きる。


 世界中のダンジョンが活性化し、地上の生活圏は壊滅する。


 生き残るためには、ただ強いだけでは足りない。安全なシェルターの確保、膨大な物資、そしてそれらを買うための資金。


(以前の俺は、ただ流されるままに戦うだけの兵隊だったが……未来の知識があれば、もっと効率的に稼げるはずだ)


 例えば、これから価値が跳ね上がる"遺物"の先行投資。


 あるいは、後に大企業へと成長するスタートアップの支援。


 やりようはいくらでもある。

 

 だが、まずは自衛手段だ。


 愛機"フラクタル"に相当する、高性能L-Gearが開発されるのは、歴史通りなら15年ほど先の話。それまでは、この鉛色の普及型をどうにか"最適化"して使い倒すしかない。


「――ちょっと、湊。私の話聞いてるの?」


 不意に、目の前の視界が遮られた。


 見れば、不機嫌そうな表情の結衣が、頬を膨らませて俺を睨んでいる。


「ああ、悪い悪い。それで、なんだっけ?」


「なんだっけ、じゃないわよ! 月末に控えてる昇格試験の話! 私、今回の結果次第で"鋼級"に上がれるかどうかの境なんだから!」


 昇格試験。


 ハッカーの価値を定める物差し、マテリアル・コード。

 レベルが1から19までは、まだ見習いの"鉛級"――いわゆるC級だ。


 レベル20を超え、専門の試験をパスして初めて、中堅の証である"鋼級"……すなわちB級ハッカーとして認められる。


 ハッカーとしてのライセンスが更新されれば、受けられる依頼の単価も跳ね上がり、学園内での発言権も強まる。結衣のような特待生候補にとっては、人生を左右する大きな分岐点だ。


「ああ、そうだったな。……それで、今回の試験はどこのダンジョンに潜るんだっけ?」


 俺がポテトを飲み込んで訊き返すと、結衣は少しだけ緊張した面持ちで、その名を口にした。



「うん。それがね、今回は学園外の外部ダンジョンで……"新宿第11ダンジョン"なの」



 心臓が、一度。

 ドクンと、不快な音を立てて跳ね上がった。


「……どこだって?」


「新宿第11ダンジョン。……湊? どうしたの、急に怖い顔して」


 喉の奥が、砂を噛んだように渇く。


 新宿第11ダンジョン。


 そこは――。


 30年前。俺がこのフードコートで彼女を送り出し、そして二度と帰ってこなかった場所。


 そして、2070年の俺が、あの"黒いバグ"にハックされて命を落とした場所。


 記憶が、猛烈な勢いでフラッシュバックする。

 

 ――試験に向かった結衣は、戻ってこなかった。


 同行していた先輩が、青ざめた顔で学園に報告に来た。


『未確認の……規格外のガイストに遭遇した』


『蛍原が、殿を引き受けて……僕たちを逃がすために、あの中に残ったんだ』


 一週間後。


 警察とハッカーギルドによる大規模な捜索の末に見つかったのは、彼女の遺体ですらなく。


 黒い結晶の傍らに落ちていた、焼け焦げた髪留めだけだった。


(……あの日だ。あの場所だ。まさか、やっぱりこいつは――死ぬのか?)


 全身に鳥肌が立つ。


 まだ4月。歴史が変わっていなければ、彼女が死ぬのは今月末。

 

「結衣。行くな」


「えっ?」


 俺は思わず、彼女の手首を掴んでいた。


 結衣が驚いたように目を丸くする。


「その試験、受けるな。第11ダンジョンには近づくな。あそこには、今の俺たちじゃどうしようもない――」


 言いかけた、その瞬間だった。



「――っ、が、あぁぁぁぁっ!!」



 脳内を、白熱したボルトが貫いたような激痛が走った。

 視界が真っ赤に染まり、網膜上のシステムログが狂ったようにエラーを吐き出す。


[ 警告:情報の再帰干渉(リカージョン・エラー)を検知 ]

[ タイムパラドックスの発生を抑制します ]

[ 思考コードを強制ロック―― ]


「湊!? ちょっと、どうしたの!? 湊!」


 結衣の声が、遠い水底からのように聞こえる。


 必死に叫ぼうとしても、喉が物理的にロックされているかのように動かない。


 未来を伝えようとすれば、この世界の物理法則(システム)が、俺の脳ごと記憶を焼き切ろうとする。


(……これ、か。未来の知識は、他人に共有することは許されない……っていう、クソったれな仕様かよ……!)


 冷や汗が滝のように流れ落ちる。


 数分後。ようやく痛みが引き、視界が戻ってきたとき、俺はテーブルに突っ伏していた。


「湊、大丈夫? やっぱり、今日ずっと顔色悪かったし……」


「……ああ。悪い。……急に、立ちくらみがしただけだ」


 俺は震える手を隠しながら、なんとか身体を起こした。


 結衣は心配そうに俺の顔を覗き込んでいるが、先ほどの俺の警告は、ただの体調不良による妄言として処理されたらしい。


「本当に無理しないでよ? ……あ、もうこんな時間! 私、放課後の自主練に行かなきゃ。翡翠先生の特別講習があるの!」


 結衣は慌ててカバンを掴むと、立ち上がった。


「湊、ちゃんと休むのよ! 試験まであと少しなんだから、あんたも気合入れなさいよね!」


 彼女はいつものように快活に笑い、手を振ってフードコートの人混みへと消えていった。


 俺は、彼女の後ろ姿をじっと見送った。

 

 伝えられない。

 警告しても、システムに阻まれる。


 ならば、答えは一つしかない。


(……俺も、その試験会場(ダンジョン)に行くしかない、が)


 俺は、未だに明滅を繰り返す視界の端に目をやった。そこに表示された、"Level 2"の文字。それが今の俺にとって、最大の障壁だった――。

 

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