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Protocol 17/47:SS級ハッカー、死の迷宮をやり直す  作者: 入江 鋭利
4章「最強ハッカー、運命に挑む」
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39話「謀略の円卓」


◆◇◆


 九十九学園の最深部、物理的な警備と幾重にも張り巡らされた論理障壁(ファイアウォール)に守られた一室。窓のないその部屋は、常に冷徹な空調の音と、膨大なデータを処理するサーバーの駆動音に支配されていた。


 中央に置かれた円卓を囲むのは、学園の運営を司る理事たち。そしてその最奥、影に沈んだ上座には、学園の絶対権力者である理事長が静かに鎮座していた。


 円卓の端で、四回生の尖晶は直立不動の姿勢を保っていた。


 彼の左腕は、肩から吊るされた三角巾と白いギプスで固められ、痛々しく吊り下げられている。しかし、その瞳に宿る光は以前よりも鋭く、昏い。


「――以上の点から、学園の調査組織は、此度の新宿第11ダンジョンに現れた推定"致命級"ガイストを、"テッセラクト"と正式に命名いたしました」


 尖晶が報告を締めくくると同時に、操作されたホログラムが空中へ巨大な多面体構造物を映し出した。それは、現実を侵食するバグの王そのものの威容だった。


 沈黙が流れる。しかし、その静寂はすぐに一人の理事による激しい拒絶によって破られた。


「……ふん、ふざけるなッ! "致命級" だと? 大きく出たものだな!」


 贅肉のついた指を卓に叩きつけ、一人の理事が食ってかかった。


「致命級といえば、世界的にもまだ数体しか確認されていない、推定 Level 50超えの化け物だぞ。それが新宿の、それも学生の演習場に現れたというのか? 事前調査を行った観測班は何をしていた!」


「ええ。既に討伐済みのため、現場に残された戦闘記録(ログ)の断片と情報の残滓から判別するしかありませんが……演算負荷の係数は、間違いなく致命級のそれを示しています」


「そこだ! "討伐済み"だと?」


 理事が鼻で笑い、周囲の顔を見渡した。


「まさか、監督役の学生数名と、二回生の特待生数名だけで、致命級を討伐できたとでも言うのかね? そんなことが対外的に知れ渡れば、プロのハッカーギルドの面目は丸潰れだ。報告書の捏造を疑わざるを得んな」


 その言葉を聞いた瞬間、尖晶の目が僅かに細まり、鋭さを増した。


 彼が今日、この場に立っている理由。それは単なる事後報告ではない。彼が本当に伝えなければならない"本題"は、この先にあったのだ。


「……いえ。理事、あなたの仰る通り、我々監督役にはそれを倒す力はありませんでした。実際に、私の同窓生二名は瞬時にデータの塵へと還元されています」


 尖晶は、感情を排した声で続けた。


「戦闘ログの最終シーケンスを解析した結果、そして、私個人が目撃した戦闘の流れからも、この"テッセラクト"を単独で撃破したのは――今回の試験の受験者の一人。二回生の、炭崎湊であると思われます」


「――馬鹿なッ!!」


 椅子を蹴立てて立ち上がったのは、二年生の学年主任を務める教師だった。


「炭崎湊……? 冗談はやめていただきたい。彼は進級時に Level 2だった、学年でも有名な落ちこぼれですよ! 確かに先日の再審査で Level 15まで昇級しましたが……そんな、"良くて平均点"の学生が、単独で致命級を? 尖晶くん、君はショックで脳の演算領域まで損傷したのかね!」


「――否、可能性は、十分にありますな」


 激昂する学年主任の声を遮るように、低く、冷徹な声が響いた。


 翡翠だ。彼は腕を組み、壁際に寄りかかったまま、冷めた目で円卓を見下ろしていた。


「翡翠先生……。君も、この出鱈目な報告を信じると?」


「私は事実(ログ)しか信じない、あなたたちが口にしたのは、全て、過去の彼の"評判"に過ぎない」


 翡翠は手元の端末を操作し、円卓の中央に新たなデータを転送した。それは、ここ一ヶ月における炭崎湊の不可解な行動記録の集積だった。


「炭崎は4月中旬頃、中野第2ダンジョンで"危険級"ガイストと戦闘し、これを生還させているログが残っています。当初の報告では、同行していた現場のハッカーが戦闘の大半を担ったとされていましたが……」


「それは、同行していた銀級ハッカーが手を貸し、炭崎はトドメを刺させてもらっただけだという話だろう」


「……存じております。ですが、もし、あの時も炭崎が独力で処理していたとしたら?」


 翡翠の言葉に、理事たちの顔色が変わる。


「加えて、炭崎湊は学園に未登録の、完全な"持ち込み"のギアを使用しています。ジジと呼ばれるジャンク屋――先の銀級ハッカーが製作した一点物……。解析しようにも、内部のロジックが複雑すぎて、現在の学園のセキュリティでは中身を覗くことすら叶いません。あまりにも不審な点が多すぎる」


「……つまり、その炭崎という生徒は……意図的に実力を隠匿し、学園に潜り込んでいたイレギュラーな存在だと言うのかね?」


 理事の一人が、震える声で問う。


 翡翠は答えなかった。ただ、影に沈む最奥の男――理事長をじっと見つめていた。


 長い沈黙の後。


 それまで一度も口を開かなかった理事長が、ゆっくりと、深く頷いた。


「……炭崎くんは、極めて慎重に注視する必要がありますな」


 その声は低く、地を這うような重圧を持って響いた。


「本当にそれだけの力があるのなら、もはや一学生として野放しにはしておけない。彼は救世主(ワクチン)か、あるいは破滅の引き金(ウイルス)か……」


 理事長は、ジロリと鋭い視線を翡翠の方へと向けた。


「……翡翠先生。そして尖晶くん。我々は、備えなければならないのです。ガイストの、そしてダンジョンの脅威が急増(インフレ)してきている今の世界……いずれ必ず現れるとされる、真の絶望」


 理事長は、まるで未来を予見しているかのような、昏い光を瞳に宿して口を閉ざした。



「――計算上、5年以内に必ず現れる滅びの使者。"崩壊級(コラプス)"、そして……理論の上にのみ存在する、"終焉級(アポカリプス)"の出現にね」



 部屋の温度が数度下がったかのような錯覚。


 湊が書き換えた運命は、波紋となって大人たちの世界を揺らし、巨大な陰謀の渦を形成し始めていた。



◆◇◆

 

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