39話「謀略の円卓」
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九十九学園の最深部、物理的な警備と幾重にも張り巡らされた論理障壁に守られた一室。窓のないその部屋は、常に冷徹な空調の音と、膨大なデータを処理するサーバーの駆動音に支配されていた。
中央に置かれた円卓を囲むのは、学園の運営を司る理事たち。そしてその最奥、影に沈んだ上座には、学園の絶対権力者である理事長が静かに鎮座していた。
円卓の端で、四回生の尖晶は直立不動の姿勢を保っていた。
彼の左腕は、肩から吊るされた三角巾と白いギプスで固められ、痛々しく吊り下げられている。しかし、その瞳に宿る光は以前よりも鋭く、昏い。
「――以上の点から、学園の調査組織は、此度の新宿第11ダンジョンに現れた推定"致命級"ガイストを、"テッセラクト"と正式に命名いたしました」
尖晶が報告を締めくくると同時に、操作されたホログラムが空中へ巨大な多面体構造物を映し出した。それは、現実を侵食するバグの王そのものの威容だった。
沈黙が流れる。しかし、その静寂はすぐに一人の理事による激しい拒絶によって破られた。
「……ふん、ふざけるなッ! "致命級" だと? 大きく出たものだな!」
贅肉のついた指を卓に叩きつけ、一人の理事が食ってかかった。
「致命級といえば、世界的にもまだ数体しか確認されていない、推定 Level 50超えの化け物だぞ。それが新宿の、それも学生の演習場に現れたというのか? 事前調査を行った観測班は何をしていた!」
「ええ。既に討伐済みのため、現場に残された戦闘記録の断片と情報の残滓から判別するしかありませんが……演算負荷の係数は、間違いなく致命級のそれを示しています」
「そこだ! "討伐済み"だと?」
理事が鼻で笑い、周囲の顔を見渡した。
「まさか、監督役の学生数名と、二回生の特待生数名だけで、致命級を討伐できたとでも言うのかね? そんなことが対外的に知れ渡れば、プロのハッカーギルドの面目は丸潰れだ。報告書の捏造を疑わざるを得んな」
その言葉を聞いた瞬間、尖晶の目が僅かに細まり、鋭さを増した。
彼が今日、この場に立っている理由。それは単なる事後報告ではない。彼が本当に伝えなければならない"本題"は、この先にあったのだ。
「……いえ。理事、あなたの仰る通り、我々監督役にはそれを倒す力はありませんでした。実際に、私の同窓生二名は瞬時にデータの塵へと還元されています」
尖晶は、感情を排した声で続けた。
「戦闘ログの最終シーケンスを解析した結果、そして、私個人が目撃した戦闘の流れからも、この"テッセラクト"を単独で撃破したのは――今回の試験の受験者の一人。二回生の、炭崎湊であると思われます」
「――馬鹿なッ!!」
椅子を蹴立てて立ち上がったのは、二年生の学年主任を務める教師だった。
「炭崎湊……? 冗談はやめていただきたい。彼は進級時に Level 2だった、学年でも有名な落ちこぼれですよ! 確かに先日の再審査で Level 15まで昇級しましたが……そんな、"良くて平均点"の学生が、単独で致命級を? 尖晶くん、君はショックで脳の演算領域まで損傷したのかね!」
「――否、可能性は、十分にありますな」
激昂する学年主任の声を遮るように、低く、冷徹な声が響いた。
翡翠だ。彼は腕を組み、壁際に寄りかかったまま、冷めた目で円卓を見下ろしていた。
「翡翠先生……。君も、この出鱈目な報告を信じると?」
「私は事実しか信じない、あなたたちが口にしたのは、全て、過去の彼の"評判"に過ぎない」
翡翠は手元の端末を操作し、円卓の中央に新たなデータを転送した。それは、ここ一ヶ月における炭崎湊の不可解な行動記録の集積だった。
「炭崎は4月中旬頃、中野第2ダンジョンで"危険級"ガイストと戦闘し、これを生還させているログが残っています。当初の報告では、同行していた現場のハッカーが戦闘の大半を担ったとされていましたが……」
「それは、同行していた銀級ハッカーが手を貸し、炭崎はトドメを刺させてもらっただけだという話だろう」
「……存じております。ですが、もし、あの時も炭崎が独力で処理していたとしたら?」
翡翠の言葉に、理事たちの顔色が変わる。
「加えて、炭崎湊は学園に未登録の、完全な"持ち込み"のギアを使用しています。ジジと呼ばれるジャンク屋――先の銀級ハッカーが製作した一点物……。解析しようにも、内部のロジックが複雑すぎて、現在の学園のセキュリティでは中身を覗くことすら叶いません。あまりにも不審な点が多すぎる」
「……つまり、その炭崎という生徒は……意図的に実力を隠匿し、学園に潜り込んでいたイレギュラーな存在だと言うのかね?」
理事の一人が、震える声で問う。
翡翠は答えなかった。ただ、影に沈む最奥の男――理事長をじっと見つめていた。
長い沈黙の後。
それまで一度も口を開かなかった理事長が、ゆっくりと、深く頷いた。
「……炭崎くんは、極めて慎重に注視する必要がありますな」
その声は低く、地を這うような重圧を持って響いた。
「本当にそれだけの力があるのなら、もはや一学生として野放しにはしておけない。彼は救世主か、あるいは破滅の引き金か……」
理事長は、ジロリと鋭い視線を翡翠の方へと向けた。
「……翡翠先生。そして尖晶くん。我々は、備えなければならないのです。ガイストの、そしてダンジョンの脅威が急増してきている今の世界……いずれ必ず現れるとされる、真の絶望」
理事長は、まるで未来を予見しているかのような、昏い光を瞳に宿して口を閉ざした。
「――計算上、5年以内に必ず現れる滅びの使者。"崩壊級"、そして……理論の上にのみ存在する、"終焉級"の出現にね」
部屋の温度が数度下がったかのような錯覚。
湊が書き換えた運命は、波紋となって大人たちの世界を揺らし、巨大な陰謀の渦を形成し始めていた。
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