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Protocol 17/47:SS級ハッカー、死の迷宮をやり直す  作者: 入江 鋭利
4章「最強ハッカー、運命に挑む」
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最終話「運命改変(デバッグ)は終わらない」


 新宿の地獄から生還して、一週間。


 3日間の昏睡と、その後の精密検査を終えてようやく退院許可が下りた俺は、久しぶりに九十九学園の門を潜っていた。


 見上げる空は抜けるように青く、校舎を揺らす風は初夏の匂いを孕んでいる。代わり映えのしない、どこまでも平穏な学校の景色。


 だが、俺を見る周囲の目は、あの日以前とは劇的に変わっていた。


「……おい、あれ。炭崎だろ?」


「新宿の試験で、"致命級"と遭遇して生き残ったっていう……」


「監督役の四回生がやられた中で、アイツがトドメを刺したって噂だぜ」


「バカ言え、そんなわけないだろ。あんな万年落ちこぼれが」


 ヒソヒソと交わされる耳障りなノイズ。新宿での一件は、学園理事会によって厳重な箝口令が敷かれている。だが、生徒たちの情報網を完全に封じることなど不可能だ。


 "炭崎湊が致命級を倒した"という真実は、"混乱の最中に偶然強力な遺物を拾って、運良く致命的な隙を突いた"という歪んだ噂に形を変え、学園中を駆け巡っていた。


(まあ、それでも流石に、目立つのは避けられないか。やりづれえ……)


 周囲の視線を適当に流しながら歩いていると、校門付近でこちらを忌々しそうに睨みつける人影が目に入った。


 三回生の柘榴坂凱だ。彼もまた、中野での"事故"以来入院していたため、つい最近復帰したばかりらしい。当然、俺が新宿で何をやらかしたのか、その詳細までは耳に入っていないはずだ。


「よう、先輩。もう学校出てきていいのかよ? まだ顔色が悪いみたいだけどな」


 俺が軽い調子で声をかけると、柘榴坂は顔を真っ赤にして目を剥いた。


「テ、テメェ……! まだそんな減り口を叩けるのか。劣等生の分際で、この俺に気安く話しかけるんじゃねえよ。中野の時は運良く生き残ったようだが、次はそうはいかねえぞ」


 相変わらずの小物臭い悪態。だが、俺が黙って自分のパブリック・ステータスを可視化(オープン)した瞬間、奴の威勢は霧散した。


 空中に出現したホログラムのステータスウィンドウ。


 そこには、俺の名と共に、鮮やかな青色で刻まれた数字があった。



【九十九学園・個人ステータス】

『Name: Minato Sumizaki』

『Rank: Steel(鉄)』

『Level: 32』



「……は、はぁ!? 32……!? 何だ、その数字は……!」


 柘榴坂の声が、徐々に小さくなっていく。


 Level 32。それは五回生への進級条件を既に満たし、鋼級ハッカーとしての足掛かりを得た者にしか与えられない領域だ。


 つい先日まで Level 2だった男が、一足飛びに自分を遥か後方に置き去りにした。その事実を前に、彼は言葉を失い、ただ口をパクパクと動かすことしかできなかった。


「ん〜? 何か言いましたかぁ、先輩。ってか、先輩って Level いくつでしたっけ? まあ、せいぜい頑張って追い越してみてくださいよ。……後輩として、期待してますから」


「テ、テメェ……ッ!」


 そんな風に柘榴坂をからかっていると、不意に後ろからパコン、と頭を叩かれた。


「もう、何やってるのよ湊。早くしないと遅刻しちゃうわよ」


 呆れ顔で立っていたのは、結衣だった。


 俺は柘榴坂におどけた調子で、「んじゃ、可愛い可愛い迎えが来たんで、劣等生は失礼しますね〜」と言い放ち、足早に彼女の横に並んだ。


「ちょっと、あんたねぇ……」


 結衣は歩き出しながら、複雑そうな表情で俺の横顔を伺ってくる。


「それにしても、まさか Level 30以上に認定されるとはね。学園設立以来、こんな短期間で Levelを上げた人、いないんじゃないの? 翡翠先生、かなり渋い顔してたわよ」


「あっはっは、まあ、世の中がようやく、俺の良さに気付いたってことだよ。俺のポテンシャルを今まで見抜けなかった学園が節穴だったんだ」


「誤魔化さないで。……あの強さの理由も、最後にあの裂け目から取り出したギアのことも、まだ聞かせてもらってないんだからね!」


 目を三角にする結衣を、「まあまあ、そのうち話すよ」と適当にあしらいながら、俺たちは校舎への廊下を進む。


 周囲からは相変わらず羨望と嫉妬の混じった視線が刺さるが、結衣の隣を歩いている時だけは、不思議とそれらが遠い世界の出来事のように感じられた。


「……ねえ、湊」


 教室が見えてきた頃、結衣が不意に声を潜めて問いかけてきた。


「そんなにいい成績取ったんだし、鋼級のライセンスも認定されたんでしょ。……しばらくは気楽にしてられるんじゃない? それに、そんだけ強いなら、きっとハッカーギルドからも引く手あまただよ。もう、あんたが馬鹿にされることもない」


 結衣の声には、安堵と、どこか期待が混じっていた。平穏。特待生の彼女と、実力を認められた俺。二人で過ごす、真っ当な学園生活。


 だが、俺はそんな結衣の言葉に、曖昧な笑みを返すことしかできなかった。


「……いや、まだ足りないんだ」


 俺の視線は、結衣越しに、窓の外の遠い空を見据えていた。


 歴史は変わった。


 あの日、情報の塵となって消えるはずだった結衣は、今、俺の隣で笑っている。


 だが、これで全てが終わったわけではない。



 20年後に待ち構えている、未曾有の災厄――"大変動"。



 世界中のダンジョンが突如として活性化し、地表を情報の奔流が飲み込んでいく。都市は崩壊し、強力無比な"崩壊級""終焉級"のガイストたちが地獄を闊歩する、あの暗黒時代。


(……あの変動を引き起こした真の原因を見つけ、根本からデバッグしなければ……行き着く先はまた、あの2070年(じごく)だ)


 それに、意識を失う直前に結衣の背後に見た、あの"黒いノイズ"。


 未来で俺を殺したのは、本当に結衣だったのか。それとも、彼女の皮を被った"何か"だったのか。


 運命という巨大なソースコード。


 俺はその第一章を、膨大なエラーを吐き出しながら強引に書き換えたに過ぎない。


「凑? またそんな顔して。本当、入院してから変わっちゃったわね」


 結衣が少し寂しげに笑って、教室のドアを開ける。


「……ああ、そうかもな。でも、悪くないだろ?」


「……まあ、そうね。前のあんたより、ずっとマシよ」


 彼女の笑顔を守り抜くため。


 そして、この世界を"終焉(バッドエンド)"というバグから救うため。


 炭崎湊の、二度目の人生という名の運命改変(デバッグ)は、まだ始まったばかりだ。


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