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Protocol 17/47:SS級ハッカー、死の迷宮をやり直す  作者: 入江 鋭利
4章「最強ハッカー、運命に挑む」
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35話「煌めく一閃」


 ゴォォォォォォォォォッ!!


 第14階層そのものが消滅したかと思うほどの、白銀の閃光。


 70%の出力から放たれた衝撃は、テッセラクトの幾何学的な装甲を正面から粉砕し、その内側にある四次元の"核"へと肉薄した。


 虹色の光と漆黒の光が激突し、互いの定義を削り合い、空間を白一色に染め上げていく。


「い、けぇぇぇぇ!!」


 俺は腕が千切れるほどの負荷に耐えながら、全ての演算をその一点に注ぎ込んだ。


 テッセラクトの核が、初めて恐怖を感じたかのように、不規則な振動を見せた。


 勝った。


 この出力なら、いかに致命級といえども、耐えきれるはずがない――。


 ――光の渦が収まり、周囲に静寂が戻り始めた。


 俺は荒い呼吸を繰り返し、熱で赤く腫れた右腕を抱えながら膝をついた。


 視界は情報のオーバーロードでかすれ、網膜に表示されるステータス・ログはエラーの奔流で塗りつぶされている。


(……やった、か……?)


 煙の向こう側を凝視する。


 そこには、核を半分以上剥き出しにしたテッセラクトの残骸が転がっている――はずだった。


 だが。


 ――ズ、ズズ……ッ!


 空間そのものが嫌な悲鳴を上げた。


 煙の向こう側から漏れ出してきたのは、勝利を確信させるデータの消滅反応ではない。むしろ、それまでとは比較にならないほど濃厚で、濁ったWill-Bitの質量だった。


「……な、んだと……?」


 自分の喉から、掠れた声が漏れる。


 煙が晴れた先にいたのは、敗北した怪物ではなかった。


 虹色の金属光沢を失った核は、剥き出しになったままドクドクと脈動している。そしてその核が、周囲に散らばる情報の瓦礫――崩落した壁のデータや、消滅した生徒たちの残滓であるノイズ――を、猛烈な勢いで吸い込み始めていた。


 虹色は、不吉な紫黒(しこく)へと塗り替えられていく。


 結晶体はより複雑に、より鋭利に再構築され、その全高はさらに一回り巨大化していく。


(――嘘だろ。あの一撃を喰らって、まだ……"強制進化(エボリューション)"だと!?)


 絶望的な予測が脳内を駆け巡る。


 未来の知識をもってしても、これは想定外だ。本来ならあの一撃で、テッセラクトの論理構造は崩壊していたはず。


 だが――相手は、俺の想像を超えてきたのだ。


 直後、進化したテッセラクトから、全方位に向けて衝撃波が放たれた。


「ぐ、はっ……!!」


 ヴォルテクスは既に沈黙している。琥珀川が仕込んでくれた"お守り"も、先ほどの全力放射で燃え尽き、ギアの各所からは不吉な黒煙が上がっていた。


 防御障壁すら張れなかった俺の身体は、木の葉のように吹き飛ばされ、硬いコンクリートの壁面に叩きつけられた。


「ガハッ……!」


 肺から空気が絞り出され、視界がチカチカと明滅する。

 身体中の骨が軋み、意識が遠のきかける。


 万策尽きたか――。


 30年後のあの日のように、また自分は、この場所で情報の塵に還るのか。


 俺は、薄れゆく意識を歯を食いしばって繋ぎ止め、撤退の二文字を脳内に浮かべた。


 今ならまだ、結衣を抱えて逃げる道があるかもしれない。プライドも計画も、今後の希望も捨て、生存のみに特化すれば――。


(…………ん?)


 ――だが、その思考を巡らせた瞬間、俺の両目は"あるもの"を捉えた。


 それは、テッセラクトがその巨躯を現した際、空間を強引に引き裂いて作った裂け目の奥だった。


(……なんだ、あれは?)


 赤黒いノイズが渦巻く裂け目の底に、周囲の不浄なエネルギーとは一線を画す、澄んだ光の粒が見えた。


 それは、特定の法則性を持って明滅している。


(――"遺物"か……!?)


 ダンジョンから稀に産出する、旧時代の、あるいは未知の高度なプログラムを内蔵した物体。


 それらの中には、L-GearのようにWill-Bitを媒介できるどころか、現代の技術を遥かに凌駕する出力耐性を持つものも存在する。


(テッセラクトが出てきたあの場所は、得体が知れない。もし、あの裂け目の奥に未知の遺物が落ちているとしたら……ヴォルテクスを失った今の俺でも、Will-Bitを流し込む触媒にできるかもしれない)


 希望の糸口。


 しかし、それはあまりにも細く、危ういものだった。


(賭けてみる価値はある。……だが……!)


 テッセラクトが、そんな余裕をくれるはずがなかった。


 紫黒の結晶体となった怪物は、既に俺を排除すべき敵としてロックオンしている。


 遺物を手に入れるためには、裂け目まで移動し、対象をスキャンし、自分の意志(Will-Bit)とリンクさせる必要がある。


 その時間は、最短でも数秒。


 今の満身創痍の俺にとって、その一瞬の隙は、永遠にも等しい致命的な空白となるだろう。


(考えろ。……考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ……!!)


 47年の経験、SS級ハッカーの演算能力、未来の攻略知識。


 持てるリソースのすべてを投じ、隙を作る方法を模索する。


 だが、出される答えはすべて、テッセラクトの攻撃速度の前に不可能の烙印を押された。


 紫黒の多面体が、ゆっくりと、確実に湊へと接近してくる。


 逃げ場はない。

 冷たい死の気配が、首筋を撫でた。

 

 テッセラクトの幾何学的な"腕"が鎌首をもたげ、俺を情報の断片へと分解すべく振り下ろされようとした、その時だった。



「――っ、湊に触らないで!!」



 鼓膜を震わせる、凛とした絶叫。


 ドォォォォォォン!!


 俺の眼前で、爆発的な光の奔流が巻き起こった。


 テッセラクトの振り下ろされた腕が、正面から放たれた眩い光芒によって弾き飛ばされる。


「え……?」


 驚愕と共に視線を向ければ、そこには、膝をつく俺を背にかばうようにして立つ一人の少女の姿があった。


「結衣……!?」


 そこに立っていたのは、結衣――蛍原結衣、その人だった。


 彼女の身に纏っているのは、これまでの演習で見せていた穏やかな光ではない。


 自身の意志を限界まで燃やし、ギアから溢れ出すほどのエネルギーを凝縮させた、純白にして苛烈なまでの"蓄光"の輝き。


 彼女は細剣型のL-Gearを両手で握り締め、全身を震わせながらも、決してその場を退こうとはしなかった。


「……湊。あんたばっかり、格好いいところ……見せさせないんだから!」


 結衣は肩で息をしながら、目の前の巨大な絶望――進化したテッセラクトを、その強い意志を宿した瞳で真っ向から睨み据えた。

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