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Protocol 17/47:SS級ハッカー、死の迷宮をやり直す  作者: 入江 鋭利
4章「最強ハッカー、運命に挑む」
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31話「赤尖晶と予兆」


 ――バヂィッ! と、空間を裂くような鋭い音が響いた。


 逃げ遅れた女子生徒の背後に迫っていたテンタクル・アルファの触手が、空中から飛来した"赤い結晶"によって根元から断ち切られた。切り口からは青い粒子が激しく噴き出し、巨躯が苦悶にのたうつ。


「おいおい。こんな化け物がうろついてたんじゃ、試験にならないよ」


 吹き抜けの上層から、軽やかな着地と共に現れたのは、監督役の尖晶だった。彼の背後には、同じく四年生と思われる実力派のハッカーが二人、守りを固めるように控えている。


「すまない、怖かっただろう。ここは僕たちが引き受ける」


 尖晶が拳銃型のL-Gearを構える。同時に、彼の固有定義なのだろう、宙に展開された無数の赤い結晶体が、尖晶の意志に従って弾丸のごとき速度で射出された。


(――聞いたことがある、たぶんあの固有定義は、"飛尖晶(スピネル)"だ)


 その結晶はただの物理弾ではない。着弾の瞬間に相手の論理構造を内側から破砕し、修復不能なエラーを叩き込む無慈悲な礫。


 赤い結晶は、展開することで防御や目隠しにも使える。攻防兼ね備えた、優秀な固有定義だ。


 キィィィィィィン! と高く澄んだ駆動音が響くたび、危険級ガイストであるテンタクル・アルファの肉体が削り取られていく。


 受験者たちが苦戦していた触手の壁を、尖晶はまるで見えないハサミで紙を切り抜くかのような手際で、淡々と解体していった。


(……なるほどな。学生にしちゃ上出来だな)


 岩陰からその光景を見ていた俺は、思わず内心で膝を打った。


 無駄のない Will-Bit の配分。迷いのない定義の実行。既に大人のプロハッカーたちと比較しても遜色ない、極めて堅実で高水準な戦闘技術。あの若さでこれだけの実力を身につけているのは、素直に称賛に値する。


 だが、同時に、冷たい思考が脳裏を掠める。


(……これほどの実力者が何人もいて、なお、あの惨劇は防げなかったのか?)


 弱いほうだとはいえ、危険級を難なく撃破し、周囲の受験生を守るだけの余裕を持つ彼ら。そんな彼らが、手も足も出せずに呑み込まれる相手。


 これから現れるのは、そんな彼らの積み上げてきた論理(ロジック)を、根底から嘲笑い、踏みにじるような化け物だということか。


「――よし、障害は排除した。みんな、怪我はないかな!」


 最後の一撃がテンタクル・アルファの核を貫き、巨躯が光の塵となって霧散した。尖晶は爽やかな笑みを浮かべ、震える女子生徒の肩に手を置いて安心させる。


「大丈夫、あとの処理は僕たちがやっておく。みんなは安心して試験を続けてくれ! 君たちの勇姿を、翡翠先生も期待しているはずだよ!」


 監督役たちの鮮やかな手並みに、周囲の受験生たちから歓声と安堵の溜息が漏れる。結衣もまた、構えていた剣を収め、尊敬の眼差しを尖晶に向けていた。


 演習は再び、秩序を取り戻したかのように見えた。


 それから数時間。試験は、表面的には順調に推移していた。


 俺は人混みに紛れながら、自身のターゲットである鳥型ガイスト"ウィンド・リッパー"を第5階層の隅で発見した。周囲に誰もいないことを確認し、ヴォルテクスを極低出力で一閃。一秒にも満たない作業で討伐ログを生成し、そのまま何食わぬ顔でさらに深層へと足を進めた。


 第6、第7、第8……。


 階層を下るごとに、周囲の受験生の密度が下がっていく。


 結衣もまた、道中の雑魚を蹴散らしながら、驚異的なペースで目標地点へと潜り続けていた。


 時折、彼女の戦闘を遠巻きに眺めていたが、その動きには一切の迷いがない。特待生としてのプライドと、俺への心配が、彼女を突き動かしているようだった。


 そして、第11階層の終わり頃。


 広大な空洞に、崩落したビル群が複雑な迷路を形成しているエリアで、俺は頃合いだと判断した。


「よう、結衣。もうターゲットは倒したかよ?」


 物陰からひょっこりと姿を現し、偶然を装って声をかける。


「――っ、湊!? あんた、生きてたのね!」


 結衣が素っ頓狂な声を上げ、目を丸くして駆け寄ってきた。


「失礼な。俺を何だと思ってるんだ。これでも最新のギア(ヴォルテクス)を持ってるんだぜ? 雑魚を撒きながら隠れて潜るくらい、朝飯前だ」


「もう……。心配させないでよ。でも、ここまで来られたなら、ご自慢のギアも伊達じゃないみたいね」


 結衣はニヤリと不敵に笑い、俺の肩を軽く叩いた。その表情には、ようやく合流できたことへの安堵の色が透けて見えた。


 周囲には、同じく目標を達成して合流した数組の特待生たちがいたが、誰もLevel 15(へいきんてん)の俺に注意を払う者はいなかった。精々が"運の良い奴"程度に思われているのだろう。


「目標地点の第14階層は、すぐ目の前だ。……とっとと終わらせるぞ」


 俺たちは、再び足並みを揃えて潜行を開始した。


 だが、階層を降りるごとに、俺の網膜に表示されるノイズ係数は、目に見えて上昇していた。


  Will-Bit の対流が、物理的な"風"となって肌を叩く。


 ダンジョンを構成する情報の壁が、不気味に、呼吸するように明滅している。


(……静かすぎる)


 本来なら、深層に行けば行くほどガイストの咆哮や戦闘音が響くはずだ。


 なのに、今は。


 まるで巨大な獣の胃袋の中にでも入り込んでしまったかのような、重苦しく、粘りつくような静寂。


(来るな。……未来で何度も感じた、事態が動く時の、あの嫌な匂いだ)


 俺は、隣を歩く結衣の手首を一瞬だけ強く握った。


「湊? どうかしたの?」


「いや……なんでもない。……離れるなよ、結衣」


「わかってるって。あんたこそ、震えてんじゃないわよ?」


 結衣は冗談めかして笑ったが、その頬が僅かに引き攣っていることに、俺は気づいていた。


 彼女も感じ始めているのだ。


 このダンジョンが、今、決定的な"変異"の瞬間を迎えようとしていることを。


 第14階層へ続くゲートが、闇の向こうに見えてきた。


 そこを潜れば、今回の試験の目標は達成する。


 だが、俺の知る新宿第11ダンジョンの惨劇において、そこはゴールにはなり得ない。


 ――地獄の入り口だと、俺はそう、知っている。


 

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