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Protocol 17/47:SS級ハッカー、死の迷宮をやり直す  作者: 入江 鋭利
4章「最強ハッカー、運命に挑む」
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30話「崩落の気配」


 新宿第11ダンジョンのゲートを潜った瞬間、肌を刺すような冷気と、特有の腐敗した情報の匂いが全身を包み込んだ。


 天井の見えない空洞。歪んだ鉄骨が奇怪な植物のようにのたうち回り、壁面からは情報のノイズが火花のように散っている。


 2040年の現在、ここはまだ"攻略すべき難所"であり、俺が知る2070年の"死の不毛地帯"に比べれば、いくらか生気を感じさせる場所だった。


(……この景色だ)


 それでも、俺は一瞬、眩暈に似た感覚を覚えて足を止めた。


 30年後、俺が命を落とす場所。情報の奔流に呑まれ、意識が暗転した、あの最期の舞台。


 風景は記憶と同じだ。だが、今の俺は一人ではない。周囲には多くの受験者がおり、ダンジョン内は喧騒で満ちている。


「湊、ぼーっとしない! 行くわよ!」


 結衣の声で、俺は現実に引き戻される。


 翡翠先生の号令と共に、数十名にも上る受験生たちが一斉にダンジョンの深淵へと散開していった。


 今回の試験内容はシンプルだ。


 各自に割り当てられたターゲット・ガイストを討伐し、指定された深度まで潜る。そのタイムと正確性が評価のすべて。


 効率を求めるなら、他受験者と即席のパーティを組むのが定石(セオリー)だ。だが、ターゲットの討伐自体は独力で行うことが条件となっている。


 誰かが戦っている間、他のメンバーは待機を余儀なくされるため、最初から集団で行動すると致命的なタイムロスに繋がりかねない。


 そのため、まずは最速で自分の獲物を仕留め、その後、同じくフリーになった者同士で深層を目指す合流方式が推奨されていた。


(俺の目標は、想定 Level 12の鳥型ガイスト"ウィンド・リッパー"。目撃情報は第5階層付近か……。なら、まずは潜るのを優先するか)


 俺はヴォルテクスの出力をアイドリング状態に保ちながら、雑踏に紛れるようにして歩き出した。


 視線の先には、結衣の背中がある。彼女の目標も下の階層にあるらしく、迷いのない足取りで先行していた。


 新宿第11ダンジョンは三次元的に複雑に入り組んでいる。通路の陰、崩落した瓦礫の隙間。至る所から、バグの結晶体である小型ガイストが"湧いて"くる。


「――"蓄光"、定義開始(エンゲージ)!」


 結衣の凛とした声が響く。


 彼女が手にする細剣型のL-Gearが眩い光を放ち、正面から飛びかかってきた獣型ガイストを、一筋の熱線が貫いた。


 流石は特待生、危なげない。彼女は流れるような剣筋で迫り来る雑魚を蹴散らし、最短ルートを選んで階層を降りていく。その動きは、周囲の受験生たちの中でも一際洗練されていた。


 俺は、彼女に気づかれない程度の距離を保ちながら、こっそりと後を追う。


 道中、俺の横をすり抜けてくるガイストもいたが、俺はわざとらしく「うわっ、危ねえ!」と情けない声を上げながら回避し、手近な他の受験生が撃破するのを待った。


(今は目立つ必要はない。俺の仕事は、異変が起きた瞬間に動けるよう、余計なリソースを消費せずに最深部へ滑り込むことだ)


 一見すれば、ただの幸運で生き残っている劣等生。


 だが、俺の意識はバックグラウンドで全方位のスキャンを継続していた。


 空間のノイズ係数、Will-Bit の対流、ダンジョンの定義速度。


 すべてが、今のところは"正常"な演習範囲内に収まっている。


(……このまま、第5層までは問題なく行けるか?)


 1層、2層と深度を増していく。


 周囲の受験生の数も次第に疎らになり、ダンジョンの静寂が重みを増していく。結衣は順調に目標地点へと近づいている。


 だが、その安堵が慢心に変わる前に、俺の網膜上に赤い警告灯が明滅した。


  ――ズ、ズズ……ッ! 


 物理的な震動ではない。ダンジョンの定義そのものが軋むような、嫌な音が空間に響いた。



「いやぁぁぁぁぁっ! 誰か、誰か助けてっ!」



 前方、第4階層から第5階層へと続く大きな吹き抜けの通路から、悲鳴が響き渡った。

 

 結衣が瞬時に足を止め、剣を構える。


 俺もまた、気配を殺したまま岩陰からその光景を覗き込んだ。


 通路の向こうから、一人の女子生徒が血相を変えて逃げてくるのが見えた。彼女のL-Gearは半壊しており、肩口からは情報の剥離による青い粒子が溢れている。


「何があったの!?」


「あ、あれが……あんなの、聞いてない……っ!」


 女子生徒が結衣にすがりつく。


 その背後、霧が立ち込める通路の奥から、ゆっくりと"それ"が姿を現した。


 複数の腕が不規則に生え、全身が黒い結晶体で覆われた、イソギンチャクを思わせる異形の塊。


 周囲の壁面から Will-Bit を強制的に吸い上げ、絶えず、自身の肉体へと変換している。


 その存在から放たれる重圧は、先ほどまでの小型ガイストとは比較にならない。


(……チッ。やはり、予定通りにはいかないか)


 俺はヴォルテクスのグリップを握りしめた。

 

 記憶を探り、該当する個体を検索する。


(……恐らく、刺胞型ガイスト"テンタクル・アルファ"だな。Levelは20半ば、等級はギリ"危険級"ってところか)


 こんな浅い層に出てくるのは珍しい種だ。それに、学生たちの力では、倒すのも難しいだろう。


 こいつが、このダンジョンで結衣たちを襲った強敵なのだろうか? いや、しかし――。


 思考する俺の前で、テンタクル・アルファが触手を伸ばす。逃げ惑う受験者たちを、逃さぬように――!


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