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Protocol 17/47:SS級ハッカー、死の迷宮をやり直す  作者: 入江 鋭利
4章「最強ハッカー、運命に挑む」
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27話「階梯と運命」


 週明けの九十九学園を包んでいたのは、湿り気を帯びた奇妙な静寂と、さざ波のように広がる噂話だった。


 三回生の中でも優秀なハッカーとして知られ、特待生としても最有力候補だった柘榴坂凱が、ダンジョンでの不慮のトラブルに巻き込まれ、重傷を負って長期休学に入った――。


 そのニュースは、エリートを自任する学生たちの背筋を凍らせるには十分だった。現場に居合わせた一回生の琥珀川芽依香は、幸いにも意識不明の状態で発見されたものの、命に別状はなかったという。


「……柘榴坂さんでも、あんなことになるなんて」


「中野の第2だろ? 最近、ノイズレベルが異常だったらしいしな」


「一回生を庇って自爆したって噂だぜ。意外と義理堅いところがあったんだな……」


 登校する生徒たちの会話を耳にしながら、俺は無表情で廊下を歩いていた。


 真実は、情報の砂塵の下に埋めた。奴のL-Gearは粉々に砕き、自分との交戦ログは跡形もなく消去した。


 今頃、病院のベッドで目覚めているであろう柘榴坂は、自分がなぜ負けたのか、その理由すら思い出せないほどの精神的ショックを受けているはずだ。


 だが、情報の歪みというものは、消せば消すほど、敏感な者にとっては"空白"という名の違和感として残る。



「……炭崎湊。ホームルームが終わったら指導室へ来い」



 すれ違いざま、翡翠先生の冷徹な声が鼓膜を叩いた。


 俺は「またかよ」とわざとらしく肩を竦め、結衣の訝しげな視線を背中に感じながら、重い足取りで指導室へと向かった。


 指導室の扉を閉めると、そこには先日中野のゲートで見た時よりも、さらに鋭い眼光を湛えた翡翠先生が座っていた。


「……先生、何度も言いますけど、あの日以上のことは何も出てきませんよ。俺はただ、倒れてた琥珀川を引っ張り出しただけ。柘榴坂先輩が何であんなことになったのかなんて、俺が一番聞きたいくらいです」


 俺は椅子に深く腰掛け、不機嫌な劣等生の仮面を被ってとぼけてみせた。正直、これ以上この件で突っつかれるのは御免だ。あまり詳しく調べられれば、ジジとの繋がりや、"ヴォルテクス"の開発意図まで露見しかねない。


 だが、翡翠先生は意外にも、俺の言い訳を追及する素振りは見せなかった。


「今日呼び出したのは、その件ではない」


 彼は手元の端末を操作し、俺のL-Gearへ一通のファイルを送信した。


「炭崎。お前の昨今の"頑張り"が、学園の審査局に認められた。特例ではあるが、実地訓練での貢献度を鑑み、レベル昇級の許可が出たのだ」


「……昇級?」


 俺は僅かに緊張しながら、送られてきた認定データを開封した。


 網膜上に鮮やかなシステムメッセージが踊る。


【九十九学園・個人ステータス更新】

『Name: Minato Sumizaki』

『Rank: Lead(鉛)』

『Level: 15』


「……Level 15」


 俺は思わず、その数字を呟いた。


 これまで Level 2という"底辺"に甘んじていた俺にとって、それは劇的な変化だった。Level 15。それは、学園において一人前のハッカーとして認められるかどうかの境界線だ。


「昨日の事件……あるいはその前のハニカム・ビーの件。あれらがもしお前の"功績"であると証明できていれば、試験なしで鋼級への道も見えていたのだがな。……お前の証言が事実なら、お前はただ運良く生き残った"幸運な劣等生"に過ぎない」


 翡翠先生は試すような視線を投げてきた。


 彼の中では、俺がこの認定を不服とし、「実は俺の実力です」と白状することを期待しているのだろう。彼にとって、俺が隠している"真実"を引き出すための、これは揺さぶりだった。


 だが、俺は静かに画面を閉じ、小さく息を吐いた。


「……これでいいです。ありがとうございます、先生。俺にはこれくらいが丁度いい」


 翡翠先生の眉が微かに動いた。


 出世欲も、名誉欲もない。ただ淡々と、必要なだけの力を手に入れる。その態度は、彼のような真っ当な強者からすれば、ひどく不気味に映ったに違いない。


「……そうか。ならばいい。今日からお前のライセンス・キーは更新される。それに伴い、月末の中間試験の割り振りも変更された」


 その言葉に、俺の指先が微かに震えた。


 待ち望んでいた、そして最も恐れていた"確定事項"だ。


「お前の試験会場は、レベル相応の難易度へと引き上げられた。……"新宿第11ダンジョン"だ」


 翡翠先生は、展開したマップの一角――俺にとっては因縁浅からぬ、その場所を指差した。


「そこは、お前もよく知る蛍原ら、特待生たちも参加する会場だ。……足手まといになるなよ、炭崎」


「ええ、分かってますよ」


 俺は短く答え、指導室を後にした。


 誰もいない廊下を歩きながら、俺は自分の右手に宿る Will-Bit の感触を確かめた。


 Level 15。

 どうにか、滑り込みで間に合った。


 試験当日、結衣と同じセクターに配置される事もできた。公式に彼女の"隣"に立つ権利を得たのだ。


 だが、それは同時に、逃れようのないカウントダウンの開始を意味していた。


 30年前。


 "新宿第11ダンジョン"での試験中、突如として発生した情報事故(インシデント)



 崩れゆく空間。異様に励起したダンジョンのノイズ。

 そして――。



(……助けられなかった。あの時、俺が弱かったから)



 脳裏に、ノイズの中で消えていく結衣の泣き顔がフラッシュバックする。


 実際に見たわけではない。それでも、その光景は、それこそ寝ても起きても、俺を苛み続けた。


 心臓を締め付けるような後悔が、漆黒のギアを介して、冷徹な闘志へと変換されていく。


 柘榴坂のような小悪党との戦いは、ただの前座に過ぎない。


 本当の敵は、これからやってくる。


 世界の法則そのものを歪め、大切な人を奪い去る、理不尽な"運命"という名の巨大なバグだ。


「……今度は、絶対に手を離さない」


 俺は窓の外、夕闇に溶けゆく巨大なダンジョンの影を睨み据えた。

 

 

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