表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Protocol 17/47:SS級ハッカー、死の迷宮をやり直す  作者: 入江 鋭利
3章「最強ハッカー、見誤る」
25/41

25話「"制裁"」



 柘榴坂凱という男の人生は、常に"捕食者"の側にあった。



 小・中学校ではサッカー部のエースとして君臨し、要領も良かった彼は、スクールカーストの頂点で他者を睥睨(へいげい)してきた。


この九十九学園に入学してからも、その恵まれた体躯と、何よりあらゆるものを粉砕する固有定義"切削研磨"によって、彼は常に強者の椅子に座り続けてきた。



 ――座り続けてきた、はずだった。



「……が、はっ……、あ……!?」


 暗いダンジョンの床に、柘榴坂は無様に這いつくばっていた。


 視界が赤い。自分の口内から溢れた血が、無機質なタイルを汚している。信じられなかった。自分が、学年どころか学園全体でも"万年最底辺"と蔑まれていた Level 2の下級生に、手も足も出ずに一方的にいたぶられているという事実が。


「どうした、先輩。自慢の"研磨"はどうした。まだ何も削り取っちゃいねえぞ」


 湊の冷徹な声が、上から降ってくる。


 柘榴坂は執念で立ち上がり、赤黒いノイズを纏わせた右拳を振り抜いた。必殺の"切削研磨"。触れるものすべてを情報の塵に変える死の一撃。


 だが、その拳が湊に届く直前。


「――"解体(ディスアセンブル)"」


 湊の手元にある"ヴォルテクス"が、鋭い駆動音を上げた。


 刹那、柘榴坂の拳に宿っていた高周波の Will-Bit が、まるで魔法が解けたかのように霧散した。論理回路を直接ハックされ、定義そのものを上書きされたのだ。


 威力を失い、ただの"肉の塊"となった柘榴坂の拳を、湊は最小限の動きでかわす。


 そして。


 ドッ。

 湊の鋭い左フックが、柘榴坂の顎を完璧に捉えた。


 脳を揺らされ、膝が折れる。


「……あ、が……。テメェ、何を……ッ!」


「驚くことじゃない。俺がハッカーとして最初に磨いたのは、ハッキングなんぞ関係ねえ、基礎的な格闘テクからだったんでね」


 湊は、倒れ込もうとする柘榴坂の胸ぐらを掴み、強引に引き起こした。


「俺がいたところじゃ、手癖の悪い奴らが多くてな。ギア無しで殴り飛ばせなきゃ、食い物一つ守れなかったんだ。演算能力以前の話だよ」


 湊はヴォルテクスを、能力の無効化と解体のためだけに使い、残りのリソースはすべて自身の肉体の最適化に回していた。


 繰り出されるのは、洗練された暴力。


 右ストレート、ボディブロー、そして容赦のない膝蹴り。


 ボキリ、と嫌な音がして柘榴坂の肋骨が折れた。

 

「ひっ……、や、やめ……ろ……!」


「なんだよ、もう終わりか? 若いくせに、だらしがねえな。さっきまでの勢いはどこへ行った」


 湊の瞳には、怒りすら宿っていない。


 それは、害虫を駆除する作業員のような、淡々とした、そして絶対的な作業の目だった。


 柘榴坂は、もはや反撃の意志すら失い、ただの肉塊となって地面に伏した。


 ハッカーとしての誇りも、強者としての自尊心も、湊の拳によって一つ一つ丁寧に、そして無残に粉砕されていた。


 湊は、ぴくりとも動かなくなった柘榴坂の側に歩み寄った。


 そして、奴が装着していた重厚なガントレット型L-Gearを掴む。


「……あ、あぁ……。それ、は……っ」


「要らねえだろ。これ以上、お前の遊びにゃ付き合ってられねえよ」


 湊の手の中で、ヴォルテクスが激しく発光した。


 高密度の Will-Bit がガントレットの内部回路を暴走させ、パキパキと電子部品が焼き切れる音が響く。やがて、柘榴坂自慢のデバイスはただの熱い鉄屑へと変わり、床に転がった。


 それだけではない。湊は、呆然とする柘榴坂の左目に装着されたパブリック・ログ用のL-Gearに手をかけた。


「や、やめろ……! それを取ったら、俺は……!」


 ハッカーにとって、L-Gearを失うということは、ダンジョン内で"目"と"武器"を同時に失うことを意味する。Will-Bit を制御する端末がなければ、周囲を徘徊する最弱のガイストにすら抗う術はない。

 

 メキッ。


 無慈悲な音がして、左目のデバイスもまた、粉々に砕け散った。


「…………っ」


 柘榴坂の喉から、声にならない悲鳴が漏れる。


 完全な無力化。


 学園のエリート候補生だった男が、今、情報の闇の中で、ただの非力な人間に成り下がった。


 湊は、恐怖に顔を歪める柘榴坂の頭を鷲掴みにし、至近距離でその瞳を覗き込んだ。

 

「……いいか、先輩。よーく覚えておけ」


 湊の声は、死神の囁きよりも冷酷に響いた。



「俺の物に手を出すのは、30年早いぜ」



 湊はそのまま、柘榴坂の脳髄へとハッキングを仕掛けた。


 精神負荷によって抵抗力を失った脳内に、無理やり論理の楔を打ち込む。今日この場所で起きた"真実"を、湊との交戦記録を、奴の脳内からも、そして、ネットワークを介して、学園のパブリック・サーバからも、跡形もなく消去(デリート)した。


 残されたのは、ただ"ダンジョンの事故によって自爆し、装備を全損した惨めな三回生"という事実だけだ。


 湊は、白目を剥いて気絶した柘榴坂をゴミのように放り出した。

 

「……さて。片付けは終わりだ」


 湊は寝かせていた琥珀川を背負い、静かに立ち上がった。

 

 完全勝利。そんな言葉すら、この一方的な蹂躙を表現するには生温かった。


 それは、頂点の座から降りた男が、身の程を知らない小悪党に下した、文字通りの"処刑"だった。


 ダンジョンの最下層に、湊の静かな足音だけが響く。


 背後には、牙も爪も、そして未来さえも折られた男が無様に転がっている。


 湊は一度も振り返ることなく、青白い霧の向こうへと消えていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ