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Protocol 17/47:SS級ハッカー、死の迷宮をやり直す  作者: 入江 鋭利
3章「最強ハッカー、見誤る」
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24話「蹂躙の序曲」


 三回生、柘榴坂凱が持つ固有定義――"切削研磨"。


 それは極めてシンプルであり、それゆえにハッカーとしての地力が問われる凶悪な能力だった。


 両腕のガントレットに纏わせた Will-Bit を、超高周波で振動・回転させることで、触れるものすべてを情報の最小単位へと削り取る。物理的な装甲も、論理的な防御障壁も、奴の拳の前ではただの薄紙に等しい。



「死ねよ、炭崎ィィ! その小賢しいツラごと、削り屑にしてやるッ!」



 柘榴坂が咆哮し、地面を蹴った。


 右拳のガントレットから、キィィィィィィンという鼓膜を劈くような高周波音が響く。空間そのものが奴の意志に削られ、火花を散らしながら歪んでいく。


 狙いは湊。だが、その攻撃の軌道は狡猾だった。


 わざと湊の背後に転がっている琥珀川芽依香を巻き込むように、広範囲の薙ぎ払いを繰り出す。


「……っ!」


 湊は舌打ちし、一歩も退かずに、"ヴォルテクス"からビットの渦を展開する。多層に重ねた防御障壁を盾に、柘榴坂の突進を真っ向から受け止めた。


 バヂバヂバヂッ、と激しい火花が散る。湊の障壁が、"切削研磨"の振動によって瞬く間に削られ、薄くなっていく。


「ハハハ! どうした、守るのが精一杯か!? Level 2 が調子に乗るからこうなるんだよ!」


 柘榴坂の顔は、どす黒い悦楽に歪んでいた。


 奴は止まらない。左拳、右拳と交互に叩きつけられる猛攻。一撃ごとに障壁は砕かれ、湊の身体を Will-Bit の余波が突き刺す。


 湊は、無言だった。


 ただ冷徹に、ヴォルテクスの出力を調整し、致命傷だけを逸らし続ける。


 その沈黙が、柘榴坂をさらに逆撫でした。


「何とか言えよ! あの時みたいに、『品性がどうこう』とか抜かしてみせろよ! このゴミ野郎! テメェのせいで俺がどれだけ恥をかいたか分かってんのか! ログにも残らねぇこの深層で、テメェをデータの塵に変えて、その一年生は俺の愛玩動物(オモチャ)にしてやるよぉ!」


 狂ったような呪詛を吐き散らし、柘榴坂は出力をさらに引き上げた。


 不正なプラグインによる過剰供給か、奴の全身から赤黒いノイズが噴き出す。それはもはや、学園の生徒が振るうべき力ではなく、ダンジョンの怪物(ガイスト)そのもののような荒々しさだった。


 嵐のような"研磨"の乱撃。


 湊は防戦一方に見えた。ヴォルテクスのフレームが悲鳴を上げ、足元のタイルが粉々に粉砕される。


 だが、その嵐の只中で、湊は静かに、獲物を待つ蜘蛛のような冷徹さを保っていた。


 数分。いや、湊にとっては数秒の出来事だっただろう。


 柘榴坂の息が上がり、最高潮に達した出力が、一瞬だけ揺らぎを見せた。



「――もう気は済んだか? 若造」



 その声は、驚くほど平坦で、驚くほど冷たかった。


「……あ?」


 柘榴坂が呆けたような声を漏らす。


 次の瞬間、奴の視界から湊の姿が消えた。


 ハッキングでも、Will-Bit による加速でもない。


 ただの、最適化された最短経路(ルート)による肉体の踏み込み。


 ドッ、という重い音が響いた。


「が、はっ……!?」


 柘榴坂の頬にめり込んだのは、最新のギアでも、高度な定義でもなかった。


 ただの、固く握られた湊の"拳"だ。


  Will-Bit による防御すら間に合わなかった。


 あまりに無防備、あまりに原始的な一撃。


 柘榴坂の巨躯は木の葉のように舞い、数メートル先の壁に激突して、無様に転がった。


「……え、あ……?」


 頬を抑え、信じられないものを見るような目で湊を見上げる柘榴坂。


 湊はそんな奴を一瞥もせず、背後で震えていた琥珀川の側に、静かに屈み込んだ。


「せ、先輩……? 今の……」


「……琥珀川。よく頑張った。少しだけ、眠っていろ」


 湊の指先が、琥珀川の首筋に触れる。


 L-Gearを介した極低出力のハッキング。脳内の情報処理を一時的に停止させる、慈悲深い強制スリープ。

 

「……あ……」


 琥珀川の瞳から光が消え、彼女の身体は湊の腕の中に預けられた。


 湊は彼女を丁寧に地面に寝かせると、ゆっくりと立ち上がった。


 その背中からは、先ほどまでの"劣等生"の気配が、一欠片も感じられなかった。


 立ち上る威圧感は、もはや学生のそれではない。数多の死線を潜り抜け、世界の終焉を背負った戦士――SS級ハッカーとしての、本質的な"毒"が漏れ出していた。



「――琥珀川は気絶させた。ここで、見ているのはお前だけだな」



 湊は、のろのろと立ち上がろうとする柘榴坂へと、静かに歩みを進める。

 

「……ひっ、な、なんだよ、その目は……! テメェ、何をした!」


 柘榴坂の喉が、恐怖で鳴った。


 目の前にいるのは、炭崎湊という、落ちこぼれの下級生ではない。


 何万ものエラーを、何万もの命を、冷徹に"処理"してきた、底知れない深淵だ。


「さっきまで元気だったじゃないか。……続けようぜ、先輩」


 湊は、黒鉄のギア、ヴォルテクスの文字通りリミッターを解除した。


 キィィィィィィィン……。


 ヴォルテクスから発せられる音は、柘榴坂のそれとは比較にならないほど高く、澄んでいた。

 

「……ああ、心配するな。殺しはしない」


 湊の瞳の奥に、暗い炎が灯る。

 


「ダンジョンでは事故がつきものだ。……30年分の経験を込めて、存分に――教育し(しつけ)てやるよ」


 その瞬間、ダンジョンの最下層に、絶望を告げる冷徹な駆動音が鳴り響いた。

 

 柘榴坂凱の、本当の地獄は、ここから始まる。


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