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Protocol 17/47:SS級ハッカー、死の迷宮をやり直す  作者: 入江 鋭利
3章「最強ハッカー、見誤る」
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22話「崩れる安息(クリティカル・エラー)」


 そして、訪れた週末。中野駅前の再開発エリアには、穏やかな春の陽光が降り注いでいた。


 駅前広場を彩る街路樹の若葉が、心地よい風に揺れている。かつて2070年の荒廃した世界で、灰色の空と焦げた土しか見てこなかった俺にとって、この瑞々しい景色は今なお眩しすぎた。



「ちょっと、湊。何ぼーっとしてんのよ。早く行かないと混んじゃうでしょ」



 結衣の声に現実に引き戻される。


 今日の彼女は、学校の制服ではなく、白のブラウスに淡いブルーのスカートという春らしい私服姿だった。そのあまりに年相応の少女らしい姿を直視できず、俺は曖昧に頷いて歩き出した。


 目的地は、琥珀川から託された限定スイーツ引換券が使える喫茶店だ。


 30年間の戦場暮らし、死と隣り合わせのハッカー生活、国家規模の陰謀……そんな地獄のような経験を積んできた俺だが、今、この状況にはかつてないほどの危機感を覚えていた。


(……女子と二人で、スイーツを食いに行く? そんなログ、俺の人生のどこを探したって存在しないぞ)


 未知の領域(デッドゾーン)に足を踏み入れるような緊張感。俺は、背後に刺客が潜んでいないか確認するよりも頻繁に、自分の服装に変なところがないかチェックしてしまっていた。


「わぁ、すごい……! 本当に限定の苺パフェだ!」


 喫茶店のテーブルに運ばれてきた華やかなパフェを前に、結衣の瞳が子供のように輝いた。


 俺の前に置かれたのは、無難なブレンドコーヒーと、彼女と同じパフェ。

 

「……湊も食べなさいよ。折角二枚あったんだから」


「ああ。……いただきます」


 ぎこちない手つきでスプーンを持つ。


 一口食べたそれは、驚くほど甘く、そしてどこか切ない味がした。


 慣れない味に戸惑いつつ、(さじ)を動かす俺を、結衣はじっと見つめていた。そして、おもむろに口を開く。


「ねえ、湊。最近、本当に変わったよね」


「……そうか?」


「うん。なんだか急に大人っぽくなったというか……遠いところを見てるみたいで、たまに不安になるけど。でも、こうしてまた普通に誘ってくれたのは、ちょっとだけ見直したかな」


 結衣が少しだけ顔を赤くして、パフェの苺を口に運ぶ。


 そんな彼女の姿を見ながら、俺は改めて誓っていた。この穏やかな時間、この少女の笑顔だけは、どんな論理を書き換えてでも守り抜くと。


 ――だが、運命に巣食うバグは、いつだって最悪のタイミングで顕現する。



 ピリピリッ、と左目のL-Gearが震える。



 これは――緊急信号だ。


 それも、一般の通信ではない。ジジの工房と俺を繋ぐ、秘匿されたプライベート・チャンネル。


(……ジジからか? 嫌な予感がするな)


 俺はコーヒーを飲むふりをして、網膜上にログを展開した。

 


『クソガキ、緊急事態だ。琥珀川の嬢ちゃんが戻らねえ。……一時間前に「固有定義の訓練に中野第2へ行ってくる」と言い残したきり、信号が途絶した』



 心臓の鼓動が、一気に加速する。


(――中野第2のガイストは、先日のハニカム・ビーを含めて主だった個体は殲滅しているはずだ。……だが、ダンジョンでは何が起こってもおかしくない。もしイレギュラーが発生していたら……!)


「湊? ……どうしたの、急に怖い顔して」


 結衣の問いかけに、俺は立ち上がった。


「……悪い、結衣。急用ができた」


「えっ、ちょ、ちょっと! せっかくの約束なのに……」


「琥珀川……一昨日の新入生が、中野第2ダンジョンで行方不明になった」


 その言葉に、結衣の不満げな表情が一変した。


 彼女もまた、ハッカーとしての教育を受けている身だ。ダンジョン内での音信不通が何を意味するか、その重みを痛いほど理解している。


「……あの子が? そんな、あそこはまだ危ないって……」


「……定期的に入ってたから、油断したのかもな。とにかく、今から急行する。結衣、お前はここで待ってろ」


「バカ言わないで! 私も行くわよ。ハッカーが危ない時に、待ってろなんて言われて頷けるわけないでしょ!」


 不機嫌そうにしていた彼女はどこへやら。結衣は迷いのない手つきでカバンを掴み、俺よりも先に店を出ようとした。


「……危険だぞ。俺の言うことを聞け」


「Level 2に守られるほど、私もヤワじゃないわよ。……行くわよ、湊!」


 結衣の瞳に宿る強い意志。


 俺は一瞬だけ躊躇したが、一人で待たせておいて、万が一学園外で狙われるリスクを考えれば、手元に置いておく方がまだマシだと判断した。


「……了解した。足は引っ張るなよ」


「そっちこそね!」


 俺たちは春の陽光が降り注ぐ中野の街を、駅前とは真逆の方向――ダンジョンの入り口がある路地裏へと向けて疾走した。



 中野第2ダンジョンのゲート付近には、ジジが焦燥しきった様子で立っていた。


「ジジ! 状況は!」


「クソッ、遅えぞガキ! 琥珀川の信号は、最深部の手前……ハニカム・ビーがいたエリアのさらに奥で途絶えてる。……おかしいんだ。あそこは昨日、俺が安全を確認したはずなのに、今朝から急激にマップデータが書き換わってやがる」


 ジジが差し出した端末の画面には、異常なほど真っ赤に染まった空間ノイズのグラフが表示されていた。


「……誰かが、意図的にダンジョンを活性化(バースト)させたのか?」


「可能性は高い。……湊、頼む。あいつは……あの嬢ちゃんは、俺のミスだ。無理をさせた俺の……!」


 ジジの拳が、悔しさで震えていた。


 俺は彼の肩を一度強く叩き、漆黒のギア"ヴォルテクス"を起動した。


「……連れ戻してくる。結衣、行くぞ」


「ええ!」


 俺たちは、青白い情報の霧が渦巻く深淵へと飛び込んだ。

 

 温かな苺パフェの余韻は、もうどこにもない。


 鼻を突くのは、焦げた電子回路の匂いと、何者かが仕掛けた"悪意"の香りだ。


(琥珀川……無事でいてくれよ。……お前は、こんなところで消えていい才能じゃない)


 俺は脳内の全演算領域を戦闘モードへと強制遷移させた。

 

 未来を知る男の、やり直しの物語。


 その平穏な週末は、情報の闇に潜む"悪意"によって、無残にも撃ち砕かれようとしていた


「――解析開始。全ロジック、戦闘態勢へ移行(フル・コンパイル)


 中野の地下深くに、漆黒のギアが放つ冷徹な駆動音が響き渡った。


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