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Protocol 17/47:SS級ハッカー、死の迷宮をやり直す  作者: 入江 鋭利
3章「最強ハッカー、見誤る」
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19話「ハッカーの盲点(ヒューマン・エラー)」


 放課後のチャイムが鳴り響くと同時に、俺は手早く鞄を肩にかけた。


 今日も予定は詰まっている。中野のジジの工房へ行き、新型ギアの基底回路のデバッグを手伝わなければならない。だが、空腹で演算精度が落ちるのはハッカーとして三流だ。


(……一階の購買でパンでも買っていくか。ついでに、アイツも誘ってみるか)


 俺は隣の席で、これまた帰宅準備をしていた結衣に声をかけた。


「よう、結衣。この後、購買の焼きそばパンでも食いにいかないか? 新作の……」


「……結構です」


 結衣は、俺の顔を見ることもなく、ピシャリと言い放った。


 その声のトーンは、ただの拒絶ではない。まるで氷点下の論理障壁(ファイアウォール)を突き立てられたような、冷たく、そして鋭い憤りが混じっていた。


「え、いや。お前、あのパン好きだっただろ。それに最近、あんまり話してなかったし……」


「そうね。忙しいもんね、湊は。新入生の"琥珀川さん"と、中野の"秘密の工房"に通うのに。……私なんかとパン食べてる暇なんて、ないんじゃない?」


 結衣は乱暴に鞄のジッパーを閉めると、一度だけ俺を強く睨みつけ、そのまま教室を飛び出していった。廊下を駆けていく足音が、やけに攻撃的に響く。


「…………なんだ、あいつ。更年期か?」


 もちろん冗談だが、そうでも思わないとやってられないほど、今の結衣は"意味不明"だった。47年の経験を総動員しても、ガイストの行動パターンより女子高生の不機嫌を読み解く方が、遥かに難易度が高い。


 一時間後。俺は中野のジジの工房で、作業台に突っ伏して溜息を吐いていた。

 

 目の前では、琥珀川がピンセットを片手に、俺の新型ギアのマイクロ回路を熱心に調整している。さらに奥のガレージでは、ジジが火花を散らしながら外殻の溶接を行っていた。


「……はぁ。女心ってのは、危険級ガイストの挙動より予測不能だな」


「……炭崎先輩? どうしたんですか、そんな、世界の終わりみたいな顔して」


 琥珀川が作業の手を止め、不思議そうに俺を覗き込んできた。


 俺は他に相談できる知り合いの女子もいないため、事の顛末をかいつまんで彼女に話した。結衣の様子がおかしいこと。誘いを断られたこと。そして、なんだか凄まじく嫌われている気がすること。


 話を聞き終えた琥珀川は、呆れたように、けれどどこか「あーあ」という同情を込めた目線を俺に向けた。


「炭崎先輩。……最近、その、蛍原先輩とお話ししました?」


「いや? そういえば、あんまり……。目が合っても、すぐ逸らされるしな」


「じゃあ、一緒にご飯食べたりは?」


「新しいギアの構成考えたかったからなあ。ここ最近の昼飯は一人で、隅っこの席で考え事しながら食べてたかも」


「…………お出かけしたり、一緒に帰ったりは?」


「週末はダンジョン潜ってたし、平日の放課後はここに直行してるしな。全然――」


 パン、と。

 琥珀川が勢いよく、自分の額を叩いた。



「――原因、それですよ先輩!!」



 突然の絶叫に、奥のガレージからジジが「なんだ、事故か!?」と血相を変えて飛び出してきたほどだった。


「いいですか、先輩。蛍原先輩にとって、先輩は唯一無二の幼馴染なんですよ? なのに、最近の先輩は急に隠し事は増えるわ、新入生の私とばっかりダンジョンに行くわ、自分を放ったらかしにして中野に通い詰めるわ……」


「いや、俺は結衣のためにだな……」


「"お前のためにやってる"って言いながら黙って行動するのが、一番女子を怒らせるんです! 先輩、頭の回転は速いのに、どうしてそういうところは、こう……化石並みなんですか!」


 琥珀川は、拳を握りしめて熱弁を振るう。

 その迫力に、俺は思わず後ずさった。

 

「ガハハハハ! 違えねえ。ハッカーなんてのは、論理(データ)に強くても感情(バグ)には弱い連中ばっかだからな!」


 事情を把握したジジが、腹を抱えて笑い出す。

「おい、クソガキ。お前のその"最適化"ってやつで、その嬢ちゃんの機嫌も直してみせろよ。……できねえなら、お前はただの、機械人形(ロボット)だぜ?」


「……茶化すなよ、ジジ」


 俺は苦虫を噛み潰したような顔で、再び溜息を吐いた。

 

 俺と結衣の関係は、惚れた腫れたの、色恋沙汰とか、そういうものじゃない。


 だが、琥珀川の言うことも一理ある。結衣に嫌われすぎた結果、肝心の第11ダンジョンの探索中に、俺の指示を聞いてもらえなくなったり、連携が取れなくなったりしたら、本末転倒だ。


 彼女を守るための行動が、彼女を遠ざける原因になっている……。


 

(ヘイト管理のミスだ。……完全に、俺の失策だな)



 47歳の熟練ハッカーが、女子高生一人を不快にさせて、戦術的危機を招いている。これは、ハッカーとして末代までの恥だ。


「……琥珀川。どうすればいいと思う。今の俺にできる、最も"効率的な"機嫌の取り方は」


 俺が真剣に尋ねると、彼女は少しだけ考えてから、悪戯っぽく微笑んだ。


「"効率"とか言ってる時点で、まだ分かってない気もしますけど……。とりあえず、明日の朝は、先輩の方から迎えに行ってあげてください。それと、これを」


 琥珀川は鞄から、小さな包みを取り出した。

 

「これ、私が中野の駅前で見つけた、限定のスイーツ引換券です。女子、こういうのに弱いですから。……ちゃんと、"いつも悪かった"って言葉と一緒に渡してくださいね?」


「……引換券。……賄賂か?」


「"プレゼント"です!」


 俺は、琥珀川から渡された紙切れを、まるで時限爆弾の解除コードを受け取るような慎重さでポケットに収めた。


 ジジに茶化され、後輩に説教されながら、俺は脳内のスーパーコンピュータをフル稼働させる。


 対蛍原結衣用・感情修復プロトコル(ヘイトコントロール)

 

 ダンジョン攻略より、ガイスト殲滅より、遥かに胃が痛い任務。


 だが、未来を救うためには、この"最大級の難問"をクリアしなければならない。


「……よし。明日の朝、ゼロコンマ一秒の遅滞もなく、アイツの家の前に陣取ってやる」


 俺の不必要なまでの決意表明に、工房内には、今日一番の呆れ顔が二つ並んだ。

 

 ハッカー、炭崎湊。

 30年の時を超えて。


 今、人生最大の"人間関係の最適化"に挑もうとしていた。


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