表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Protocol 17/47:SS級ハッカー、死の迷宮をやり直す  作者: 入江 鋭利
3章「最強ハッカー、見誤る」
17/41

17話「綻びゆく静観」


 それからの俺の日々は、ある種の規則性を帯びて動き出した。


 午前中は学園で"無能な炭崎湊"を演じながら、退屈な講義を睡眠時間へと充当する。放課後になれば、中野の片隅にあるジジの店へ足を運び、鉄の匂いに包まれながら新しいギアの進捗を確認する。


 そして週末や講義のない時間は、琥珀川を引き連れてダンジョンへと潜り、彼女の工作に必要な素材と、俺のレベリングに必要な経験値を稼ぐ。


 一見すれば、それは熱心な学生ハッカーの日常そのものだった。


 だが、その裏側で俺が積み上げている戦果の密度は、Level 2という肩書きからすれば、もはやバグ以外の何物でもなかった。


(……やれやれ。老けると、効率を求めすぎるのが悪い癖だな)


 L-Gearのログには、俺が意図的に"最適化"しきれなかった戦闘の残滓が、僅かながら蓄積されていく。細心の注意を払って隠蔽しているつもりでも、情報の海に投じられた石の波紋を完全に消し去ることはできない。


 そんなある日の放課後、俺のL-Gearが短く震えた。


 視界の隅に表示されたメッセージの送信元を見て、俺は思わず眉を寄せた。


『ホームルーム終了後、生徒指導室へ来い。――翡翠』


 その簡潔すぎる文面には、拒絶を許さない鉄の意志が宿っている。


 俺は小さく溜息を吐き、ジジに遅れる旨のメッセージを入れてから、生徒指導室へと向かった。



 九十九学園、生徒指導室。



 重厚な防音壁に囲まれたその部屋は、外部からの電磁波やWill-Bitの干渉を遮断する、学園内でも特殊な空間だ。


 奥にある安っぽいデスクに、あの"不屈の壁"が腰掛けていた。


「入りますよ。……で、何の用です? 俺、今日はもうバイトの予定が入ってるんですけど」


 俺はあえて、不真面目な劣等生の仮面を深く被り直し、気だるげに扉を開けた。


 翡翠先生は、組んだ両手の上に顎を乗せ、射抜くような眼光を俺に向けていた。


「最近、頑張っているようだな、炭崎」


 第一声は、意外にも労いの言葉だった。


 彼は手元の端末を操作し、俺がこの一週間でこなした依頼のリストを表示させた。


「依頼の達成数、およびその完遂精度。どれを取っても、二年生の平均を遥かに上回っている。特例だが……これだけの実績があれば、月末の中間試験を待たずして、臨時昇格の認定を出すことも可能だ」


「へぇ、そいつはありがたい。Level 2から Level 5くらいには上げてもらえますかね?」


 俺はヘラヘラと笑い、椅子に深く腰掛けた。

 だが、翡翠先生の表情は、ピクリとも動かなかった。


「……話は、それだけではない」


 部屋の空気が、一瞬で冷え切った。


 彼が指先でホログラムをスライドさせる。そこに表示されたのは、先週末の俺の行動ログ――中野第2ダンジョンでの詳細な記録だった。


「中野第2ダンジョン、未登録区域での戦闘ログだ。……炭崎。このログが正しければ、お前は単独で"危険級"のガイストを処理したことになるな」


 翡翠先生の視線が、俺の"中身"を抉り取ろうとするかのように鋭さを増した。


 危険級。


 それは本来、Level 20以上の鋼級複数がかりで挑む相手だ。それを、記録上はLevel 2のガキが一人で片付けたことになっている。


「なーに言ってるんですか。俺と琥珀川は、たまたま素材集めで居合わせただけ。現場は混乱してて、ログもバグってたんじゃないすか?」


 俺は肩を竦め、事も無げに嘘を並べた。


「ほとんどやったのは、付き添いのおっさんですよ。ほら、そこに名前があるでしょ」


「……瑪瑙 治。フリーのハッカーか」


 翡翠先生は、ログに記載されたジジの名をなぞる。


「しかし、彼はこいつの討伐依頼の"依頼人"として登録されている。依頼主が自ら標的を倒したのなら、お前の依頼達成報酬は発生しないはずだが、お前はしっかりと満額のポイントを受け取っている」


「さあ? 若い衆にいいとこ見せたかったんじゃないすか? "俺が弱らせてやったから、トドメはお前が刺せ"って。よくある先輩の温情(サービス)ですよ」


 俺は椅子から立ち上がり、ポケットに手を突っ込んだ。


 これ以上ここにいれば、嘘のメッキが剥がれる。未来で成熟した俺の精神を持ってしても、翡翠厳一という男の"眼力"を長時間受け続けるのは骨が折れるのだ。


「そんなことより先生。昇格の話、前向きにお願いしますよ。俺、早くLevelを上げて結衣……あー、特待生連中の足元くらいは拝めるようになりたいんでね」


 適当な言い訳を投げ捨て、俺は踵を返した。


 翡翠先生からの呼び止めはなかった。だが、背中に突き刺さるような静かな視線が、扉を閉める瞬間まで消えることはなかった。


 生徒指導室を出て、無機質な廊下を歩く。


 人工太陽の光が窓から差し込み、床に俺の影を長く落としていた。


「……チッ。流石に、危険級を単独討伐したのはマズかったか」


 俺は誰に聞こえるでもない声で毒づき、顔を歪めた。


 自分では出力を抑え、最低限の手間で仕留めたつもりだったが、その"手間"の少なさこそが、熟練のハッカーである翡翠からすれば、異常事態に映ったのだろう。


(……悪い目立ち方をしちまったかもしれないな)


 俺の目的は、結衣を救うことだ。


 そのためには一定の権限(Level)が必要だが、同時に"自由"も必要だ。


 もし俺が"未知の天才"として学園や政府の監視対象になれば、あの第11ダンジョンでの不正規な介入ができなくなる。


 "最適化"を急ぎすぎた代償が、じわりと足元を侵食し始めている。


 俺はポケットの中で熱を失ったL-Gearを弄りながら、これからの波乱を予感し、舌打ちを一つ。


 廊下の先、放課後の部活動へ向かう生徒たちの騒がしい声が聞こえる。


 その日常が、俺の足音によって少しずつ、けれど確実に書き換えられていくのを、俺は確信せずにはいられなかった。


「……まずはジジのところで、あのギアを完成させなきゃな」


 俺は重い足取りで、夕暮れの校舎を後にした。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ