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Protocol 17/47:SS級ハッカー、死の迷宮をやり直す  作者: 入江 鋭利
3章「最強ハッカー、見誤る」
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16話「偽りの日常(カムフラージュ)」


 ジジの工房を出た後、俺は琥珀川と別れた。


 「炭崎先輩、今日は本当にありがとうございました! あの、頂いた蓄電石、絶対に無駄にしません。先輩の次のギアのために、私にできる最高の調整を考えておきますから!」


 彼女は、重そうな工具鞄を揺らしながら何度も頭を下げた。15歳の彼女の瞳には、先ほどまでの恐怖は微塵もなく、代わりに憧憬と技術者としての闘志が爛々と輝いている。


「ああ、期待してるよ。……だが、あまり根を詰めすぎるな。まだ入学して数日なんだからな」


 俺が苦笑混じりに手を振ると、彼女は「はいっ!」と元気よく返事をして、駅の方へとスキップせんばかりの足取りで去っていった。


 その背中を見送りながら、俺は一息つく。47歳の精神(ソフトウェア)にとって、若者の純粋なエネルギーにあてられるのは、ガイストとの戦闘とはまた別の疲労を伴うものだった。


(……やれやれ。中身がおっさんになっても、女子の熱意ってのは慣れんな)


 だが、これでピースは揃いつつある。


 ジジという信頼のおける職人。そして、将来には至宝となるであろう、琥珀川という若い芽。俺の"中身"に耐えうる装備(ギア)が完成すれば、これから訪れる悲劇を回避するための土台は整う。


 俺は思考を切り替え、中野の雑踏を歩き出した。


 だが、その直後――。


「――あれ、湊じゃん。休みの日に中野なんて、珍しいね」


 背後から響いたその声に、俺の心臓が一瞬だけ不規則なビートを刻んだ。


 振り返れば、そこには買い物袋を下げた結衣が立っていた。春の陽光を浴びた茶髪が、穏やかな風に揺れている。


「……結衣か。買い物か?」


「うん、夕飯の買い出し。っていうか、湊……あんた、そんなところで何してたの?」


 結衣の視線が、不自然なほど鋭く俺の全身をなぞる。


 まずいな。中身は47歳でも、今の俺の肉体は17歳のガキだ。激戦の後遺症である微かなWill-Bitのノイズや、ダンジョンの情報の(ノイズ)が、服の端々にまとわりついているのを隠しきれていない。


「……え、ていうか湊。あんた、もしかしてダンジョン潜ってたの?」


 結衣が目を細めた。


 幼馴染の勘というやつは、時にSS級の解析(スキャン)より厄介だ。


「……まあ、色々あってな」


 俺は視線を逸らし、ぶっきらぼうに答えた。


 本当のことは言えない。お前を救うために、未来の知識を使って脱法エンジニアと取引してきた、なんて口にした瞬間に、あの脳を焼くような再帰干渉のエラーが走るのは明白だ。


「色々って……何よそれ。それに、さっきの子。新入生じゃない。あんた、Level 2のくせに女の子を危険な場所に連れ回して、何考えてるのよ。何かあったらどうするつもりだったの?」


 結衣の言葉には、怒りよりも純粋な"心配"が混じっていた。


 その真っ直ぐな善意が、今の俺には少しだけ痛い。


「……心配ないさ。それより帰るぞ、結衣」


 俺は背を向けて歩き出した。だが、結衣は納得いかない様子で俺の横に並び、さらなる追及の手を緩めない。


 やがて、彼女の視線が俺の腰元――ジジから借りた、剥き出しの配線が走る、間に合わせのギアに釘付けになった。


「それ、学校支給のギアじゃないわよね? 一体何してたの? どこで手に入れたのよ」


「ちょっと、色々あってな」


「またそれ!? もう、コソコソして……気持ち悪ーい!」


 気持ち悪い、か。


 手厳しいな。だが、今の俺が彼女の目に不気味に映るのは当然だ。Level 2の劣等生が、突然得体の知れない武器を下げ、休日に知らない新入生とつるんでいる。整合性が取れるわけがない。


 結衣は歩きながら、苛立った様子で自分のL-Gearを操作し始めた。


(……やめろ、結衣。ログを見るな)


 俺の願いも虚しく、彼女は俺のパブリック・ステータスにアクセスした。


「……えっ。ちょっと、何これ……」


 結衣の足が止まった。


 画面には、今日俺が踏み込んだ座標履歴が表示されているはずだ。


「……練馬第4ダンジョンに、中野第2ダンジョン? 湊、あんた一日で二箇所も回ったの? 中野の第2なんて、確か"危険級"の目撃情報が出てたはずじゃ……」


 彼女の顔から血の気が引いていく。


 本来、俺のような落ちこぼれが立ち入っていい場所ではない。死体の山を築くのが関の山の、死地だ。


「……湊、本当は何してたの。あの工房の人と、どういう関係なの?」


 結衣が震える声で問いかけてくる。


 俺は、ヘラヘラとした軽薄な笑みを顔に張り付けた。これは、俺がこの人生で選んだ"仮面"だ。


「ただの成績稼ぎ(レベリング)だよ。月末の試験、結衣に置いていかれたくないしな」


「そんなの、信じられるわけないじゃん……」


 結衣の小さな呟きが、胸に刺さる。


 彼女が知っている俺は、こんなに底の見えない、嘘を吐く男ではなかったはずだ。


 だが、俺は振り返らない。


 夕暮れの中野に伸びる俺の影は、彼女の知らない30年分の闇を孕んでいる。


(……嫌われても、気味悪がられてもいい)


 俺は心の中で、自分に言い聞かせる。


 あの月末、第11ダンジョンで、お前が情報の塵に変わる未来。あの絶望を変えられるのなら、俺は喜んで"気持ち悪い幼馴染"になりきってやる。


「ほら、結衣。早くしないと、特売の肉が売り切れるぞ」


「……分かってるわよ! もう、バカ湊!」


 結衣は俺を追い越し、乱暴な足取りで前を歩き出した。


 その怒ったような背中を見ながら、俺はわずかに口角を上げる。


 2040年。まだ失われていない、騒がしくて温かい放課後。


 この日常を"最適化"し、永遠に確定させる。その決意を、俺は中野の冷たい風の中で、改めて静かに固めるのだった。


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