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Protocol 17/47:SS級ハッカー、死の迷宮をやり直す  作者: 入江 鋭利
2章「最強ハッカー、原石に出会う」
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15話「蜂の王と職人の誓い」


 目の前に鎮座する、全長三メートルを超える巨躯。


 "ハニカム・ビー"。


 俺は左目のL-Gear越しに、その存在定義を即座に分解(アナライズ)する。


(……推定Levelは20後半から30程度。女王種としては平均的な大きさだが、この時代の"(B)級"クラスが数人がかりで挑むべき相手だ)


 ハニカム・ビーの本領は、背負った六角形の構造体――"ハニカム・キャリア“から射出される無数の随伴機にある。公園や自然遺構が変転したダンジョンでは、この物量こそが初心者の命を刈り取る死神となるのだ。


 一匹一匹に対処しようとして思考のリソースを割かれ、気づいた時には全方位を包囲され、論理に回る毒の針でシステムを焼き切られる。それが、未熟なハッカーが陥る典型的なデッドエンドだ。


「ビィィィィィィィィッ!!」


 女王が鋭い羽音で号令を下すと、数十体の小型蜂が、弾丸のような速度で一斉にこちらへ殺到した。


「炭崎先輩! 囲まれます……っ!」


「後ろにいろ、琥珀川。瞬きするなよ」


 俺はジジから借りた試作ギアのグリップを、吸い付くように握り直した。

 

 突っ込んでくる蜂の群れ。普通なら広域殲滅兵器のような派手な"構築"を走らせる場面だが、俺の選んだのは、極小の Will-Bit を編み上げた、一本の"糸"だった。


「――『干渉』:多重連鎖(チェイン・リンク)


 俺は、殺到する蜂の一体一体を狙うのではない。奴らが飛び交う"空間の座標"そのものを繋ぎ合わせ、一瞬で論理的な糸電話を完成させた。

 

 パチン、と指を鳴らす。

 

 一匹の蜂に叩き込んだ最小限の消去(デリート)コードが、俺の張った糸を伝い、光の速さで全個体へと伝播する。

 

 シュンッ、シュンッ、シュンッ!!

 

 空中で、数十体のガイストが連鎖的に爆発し、ただの青い粒子へと還元されていく。一発の弾丸で、全ての的を射抜くような神業。


「……なっ、嘘だろ。個別の識別(タグ)なしで連鎖を組んだのか、お前さん……!?」


 背後でジジが絶句するのが聞こえる。

 だが、俺に余裕はない。


 手に持った試作ギアが、不吉な熱を発し始めていた。


(……っ、くそ。ジジが調整(オーバークロック)したこのギアでも、あと二回が限度か)


 俺の固有定義によって"最適化"された Will-Bit は、あまりに密度が高すぎる。このギアでは、あと二発、最大出力を通した時点で回路が溶解(メルト)する。

 

 女王ハニカム・ビーが、随伴機を一掃されたことに激昂し、その巨大な針を突き出してきた。

 

「――一発目(ファースト)


 俺は、女王の突進を紙一重の転身でかわしながら、すれ違いざまに Will-Bit を圧縮。拳に宿した光を、女王の羽の付け根――機動力を司る関節部へと叩き込んだ。


 

 ドォォォォン!!

 


 重厚な衝撃音が通路に響き渡り、女王の右羽が幾何学的な破片となって飛び散る。バランスを崩した巨躯が壁に激突し、ダンジョンの構造物を粉砕した。

 

二発目(セカンド)……これで、終わりだ」


 俺は、ひび割れ始めたL-Gearを構え、女王の"論理核"をロックオンした。


 女王は死に物狂いで、自身の体液を Will-Bit と混ぜ合わせた毒液を吐き出そうと口を開く。


「逃がすかよ……っ!」


 俺はトリガーを引いた。


 L-Gearの銃口から、真っ直ぐな青い閃光が奔る。


 女王が吐き出そうとした酸の塊を貫き、そのまま喉奥から核へと直撃する、完璧な一点突破。


 

 カッ、と周囲が白光に包まれ――次の瞬間、女王ハニカム・ビーは、中心からひび割れるようにして光の塵へと還っていった。



「……すげえな。本当にお前さん、ただの学生かよ……!?」


 ジジが呆然と立ち尽くし、煙を吐く通路を見つめている。


 琥珀川に至っては、言葉すら出ないようで、ただ必死にL-Gearの録画データを保存していた。


 だが、俺はまだ、武器を収めていなかった。


 

「――先輩、危ないっ!」



 琥珀川の叫び声。


 女王の爆散による情報の嵐に紛れ、生き残っていた最後の一匹が、俺の死角……背後から音もなく迫っていた。


 俺の手元にあるL-Gearは、今の一撃で完全に沈黙し、黒い煙を上げている。

 

 振り向く時間はない。

 だが、俺は焦らなかった。

 

 左手で懐から一本の導電ペンを取り出し、振り返ることもなく、肩越しに後方へと投擲(とうてき)した。

 

 シュッ。

 パヂィン!

 

 背後で、小型蜂の核を正確に貫いた導電ペンが火花を散らす。


 最後の一匹は、俺の背中に触れることすら許されず、消滅した。


 ノイズが収まり、ダンジョンに元の湿った静寂が戻ってくる。

 

 俺はゆっくりとジジの方を向き、手の中で熱い鉄屑と化した借り物のデバイスを見せた。


「どうだよ、ジジ。これで"仕事"は完了。文句はないよな?」


 ジジは、しばらくの間、俺と壊れたギアを交互に見つめていた。


 やがて、彼は不敵な笑みを浮かべ、スキンヘッドの頭をガリガリと掻いた。


「バーカ、何言ってんだ。またうちの備品をぶっ壊しやがって。……とんでもねえ赤字だぜ、こりゃあよ」


 口調こそ荒いが、その声に怒りは微塵もなかった。


 むしろ、獲物を見つけた猛獣のような、獰猛で、そしてどこか嬉しそうな喜びが混じっている。


「……しょうがねえ奴だ。見てやるよ、お前のギア」


 ジジは歩み寄り、俺の手から"かつてL-Gearだったもの"を引ったくるように受け取った。


 その瑪瑙のような瞳には、先ほどまでの疑念はなく、代わりに"最高の難題"を突きつけられた職人の、純粋な闘志が燃え盛っていた。


「俺が、魂込めて組み上げてやる。……お前のその、化け物じみたビットをぶっ込んでも、もう二度とぶっ壊れねえ、最高のマシンをな!」


「期待してるぜ、ジジ」


 俺が笑って答えると、ジジもまた、野太い声で笑い返した。

 

 焦げた情報の匂いの中、俺は確かな手応えを感じていた。


 俺が力を振るうためのピースは、確かに揃いつつある。このまま上手くやれば、きっと、結衣の死の運命も変えられる。



 ――運命の歯車が、動き出す音がした。



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