14話「女王の巣(ハニカム)」
ガイストという存在を語る上で、避けて通れないのがその"階級"だ。
ハッカー同様、奴らも情報質量の密度によってLevel分けされているが、人間側の尺度をそのまま当てはめるのは、生存を諦めるに等しい。
情報の純粋な塊であるガイストは、同じLevelのハッカーと比較して、1.5倍から2倍程度の戦闘能力を持つのが通説だ。そのため、討伐の定石は常に"複数人での飽和攻撃"となる。
かつての俺が君臨していたSS級ハッカーですら、単独で確実に仕留められるのは、Level 50前後の"危険級"までが限度。それ以上の"致命級"、あるいは神格すら帯びる最上位種ともなれば、国家規模の戦力投入が前提となる。
(……もっとも、致命級以上の化け物が世間にその姿を見せ始めるのは、まだ先の話だがな)
そんなことをぼんやりと考えながら、俺は中野第2ダンジョンの深部へと足を運んでいた。
手に握られているのは、先ほどジジから渡された間に合わせのL-Gearだ。使い古された鉄級向けの旧式だが、ジジが即興でオーバークロックを施しており、先ほど焼き切った鉛色の量産品よりは、俺の戦い方に耐えてくれるはずだ。
「とりあえず、定石通りなら最奥の"情報の吹き溜まり"を目指す形になるか。……となると、問題は」
俺はふぅ、と長い溜息を吐いて、背後に視線を向けた。
湿っぽく、ノイズで歪んだ通路の先に、二つの影がある。
「……なんで、お前らまでついてきてるんだよ」
「あ、あの! 炭崎先輩の戦いを、しっかり記録しておかなきゃと思って……エンジニアとして!」
「フン、俺ァ自分の貸しが焦げ付かないか見届けに来ただけだ。ガキが一人で"危険級"なんて抜かしやがるからよ、死体回収の準備も必要だろ?」
興味津々でL-Gearの録画機能をいじっている琥珀川と、肩を竦めて重そうな工具袋を担いでいるジジ。
ジジはまだわかる。自分の目で俺の仕事を見届けたいというのは頷ける話だ。しかし、琥珀川にこのダンジョンは、あまりにも危なすぎる。
本当ならば帰らせるところだが――言っても聞かないだろう。"鉄の女"は、頑固さだけは今でも一人前だ。
(……まあ、いざとなればジジが、なんだかんだ守ってくれるだろう)
遊びじゃないんだぞ、と呆れつつも、俺は先を急いだ。ジジはともかく、琥珀川を一人残すわけにもいかない。
中野第2ダンジョンは、かつての公園の記憶が混濁しているせいか、植生と無機質なコンクリートが奇妙に融合していた。天井からは光ファイバーのような蔦が垂れ下がり、足元のタイルからは不自然に青い草が芽吹いている。
深層へ向けて数分。
ふと、瓦礫の中に不自然な光の反射を見つけた。俺は歩みを止め、足元に転がっている"それ"を見下ろす。
「こりゃあ……」
ジジが横から覗き込み、眉を寄せた。
そこに転がっていたのは、バラバラに破壊されたL-Gearの残骸。それも一つや二つではない。表面の塗装は剥げ、Will-Bitを蓄えるコアは完全に砕け散っている。
「どうやら、忍び込んだハッカー崩れの連中がやられたみてえだな。無免許の連中が小遣い稼ぎに潜って、想定外の"バグ"に食われたってわけだ。まだ、近くに――」
ジジがそう口にした、その時だった。
――ビィィィィィィィィッ!!
鼓膜を刺すような、不快で鋭い羽音が静寂を切り裂いた。
どこからともなく、空間の裂け目から"何か"が高速で射出される。
「琥珀川、伏せろ!」
俺は咄嗟にジジから借りたL-Gearを構え、力を込めた。
最小限のWill-Bitを細い針状に凝縮し、飛来する影を正確に撃ち抜く。
チッ、という硬質な音がして、床に落ちたのは――超小型の蜂型ガイストだ。
体長は数センチ。だがその尾先には、物理装甲を容易く溶かす高濃度の論理毒が滴っていた。
羽音は一つではなかった。
通路の奥、霧のように淀んだ空間が波打ち、その"本体"姿を現す。
「……いたか」
そこにいたのは、蜂の巣のような幾何学的な構造体を背負った、全長三メートルを超える異形の巨躯。
半透明な羽が高速で震え、そのたびに周囲の空間にノイズが走る。背負った巣の穴からは、先ほどのような小型ガイストが絶え間なく吐き出され、編隊を組んでこちらを威圧していた。
「……へえ、まあまあの獲物じゃねえの、こいつぁよ」
ジジの声が、微かに緊張を帯びる。
間違いない。
情報の増殖と物理的な物量、そして毒によるシステム侵食を得意とする、正真正銘の危険級ガイスト。
――"ハニカム・ビー"。
奴が一つ、鋭い鳴き声を上げると、背後の巣が赤く発光した。
同時に、周辺の重力が狂い始め、俺たちのL-Gearがエラーログを吐き出す。
「琥珀川、ジジの背中に隠れてろ。……絶対に離れるなよ」
俺は、借り物のL-Gearを右手に、そして左手には自身の脳内の演算処理をフル回転させるために"最適化"のコードを準備した。
Level 2という偽りの皮を被ったまま、危険級を狩る。
そんな無茶な論理を通せるのは、世界で俺一人だけだ。
「さて。……久々に、本格的な"デバッグ"といくか」
俺は不敵な笑みを浮かべ、殺到する蜂の群れを見据えて、一歩前へ踏み出した。




