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Protocol 17/47:SS級ハッカー、死の迷宮をやり直す  作者: 入江 鋭利
2章「最強ハッカー、原石に出会う」
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12話「鉄と火の再会」


 練馬第4ダンジョンを後にした俺たちは、一度学園のセクター09へ戻り、採集したリワードの納品を済ませた。依頼達成の報酬が口座に振り込まれ、微々たるものだが経験値がシステムに加算される。


 本来なら、初めてのダンジョン実戦を終えた新入生と談笑でもして労う場面なのだろうが、俺の意識はそれどころではなかった。


 ガタゴトと、西武新宿線から乗り継いだ電車が中野へと向かう。


 車窓から流れる景色は、2040年のまだ平穏な東京だ。


 もう、二度と見ることができないと思っていた景色に感慨を抱きつつも、俺は視線を、横合いに向ける。


「……お前、本当についてきてよかったのか?」


 俺は隣に座る琥珀川 芽依香に問いかけた。


 素材を渡し、礼を言って別れるつもりだったのだが、彼女は何故か当然のような顔をして俺の後ろをついてきていた。


「だって、今から行くのって、現役のエンジニアさんの工房ですよね? 私、すごく興味があって……! それに、炭崎先輩のあの凄まじい戦闘に耐えられなかったギアが、どうやって直されるのか、この目で見たいんです」


 芽依香は目を輝かせ、膝の上に置いた工具鞄をぎゅっと抱きしめている。未来の"鉄の女"の片鱗か、あるいはただの技術オタクとしての本能か。


「そうか。だが、今から会うのは偏屈なおっさんだ。たぶん、お前の想像するようなスマートなエンジニア像とは程遠い。愉快なことにはならないぞ」


「そうなんですね。やっぱり、上級生のハッカーは皆さん、自分専用のエンジニアさんの知り合いがいるものなんですか?」


「……いや、俺も会うのは、今日が初めてだ」


 俺がそう答えると、芽依香は不思議そうに首を傾げた。


 当然だ。今日が初めての対面なのに、何故そんな"偏屈だ"なんて断定できるのか。俺はそれには答えず、ただ目を閉じて、中野の端にある小さな駅に到着するのを待った。


 駅を出ると、俺は迷いなき足取りで歩き始めた。


 この界隈の路地裏。湿った空気と、どこからか漂うオイルの匂い。


 2070年の崩壊した中野とは地形がまるで違うが、それでも"あの男"が選びそうな場所は、肌感覚でわかっていた。


「この辺りは、中野第2ダンジョン……前は石神井公園だった場所が近い。そいつの工房も、ダンジョンの影響が少し掠める辺りにある」


 俺の言葉に、芽依香が顔を強張らせて周囲を見渡す。


「……? なんでそんなところに。普通、工房って安全なセクター内とか、学園の近くに構えるものじゃないんですか? 危ないですよ」


「ああ、普通ならな。でも、あのおっさんは別だ。色んな意味でな。……情報のノイズが混じる場所の方が、素材の"声"が聞こえるとか何とか、昔……いや、聞いたことがある」


 危うく「昔、本人が言っていた」と口にしそうになり、言葉を濁す。


 やがて、住宅街の端、ひっそりと佇む一軒のボロいバイク屋の前で、俺は足を止めた。


「……ここ、ですか?」


「ああ、そのはずだ。ちゃんといるといいんだがな……」


 看板は色褪せ、営業しているのかも判然としない。軒先には旧時代の内燃機関(エンジン)を積んだバイクが数台、埃を被って並んでいる。ハッカー全盛のこの時代において、絶滅危惧種のような店だ。


 俺は躊躇いもなく、油の染みたシャッターの隙間から店の中へと入っていく。芽依香は「え、いいんですか、勝手に入って……」とおずおずと後に続いた。


 店の中――散らかったガレージは、外観以上に混沌としていた。


 古いバイクのパーツに混じって、最新式の論理回路ボードや、見たこともない形状の Will-Bit伝導ワイヤーが乱雑に放り出されている。


 さらに奥へ進むと、作業灯の下、低い椅子に腰掛けて何かを弄っている大柄な背中が見えた。


「……」


 俺は無言でその背中を見つめた。


 2070年の彼とは違う。


 あの時は、身体の半分以上が機械化され、絶えず排熱ファンが唸りを上げていた。死に場所を探す俺を、いつも不機嫌そうに、けれど温かく見送ってくれたあの背中。


 カチャカチャと、精密ドライバーが基板を叩く音だけが響く。


 不意に、その音が止まった。


「……誰だ? 挨拶もなく、俺の工房に入ってきやがって。……ここはバイク屋だ。ハッカーのガキに用のある場所じゃねえよ」


 地を這うような、低いダミ声。


 男がゆっくりと振り返る。


 そこには、俺の知る姿よりも遥かに若々しく、肉体的な生命力に溢れた様子で、佇む彼の姿があった。


 ――瑪瑙 治(めのう・おさむ)


 スキンヘッドは健在だが、額に刻まれた皺は浅い。頭部に取り付けられた拡張センサーはまだ少なく、むき出しの筋肉には油汚れと火傷の跡が刻まれている。


 芽依香がその威圧感に気圧され、俺の背中に隠れる。


 俺は、懐かしさを押し殺し、かつてあいつが愛した「ふてぶてしい」態度で口角を上げた。



「よう、はじめましてだな――ジジよう。お前の腕、借りに来たぜ」



 ジジ。


 2040年の彼にとっては、まだ呼ばれたこともないはずの、未来の愛称。


 瑪瑙はゴーグルをずり上げ、その鋭い眼光で俺を射抜いた。


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