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Protocol 17/47:SS級ハッカー、死の迷宮をやり直す  作者: 入江 鋭利
2章「最強ハッカー、原石に出会う」
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11話「不適合な出力(オーバーフロー)」


 静寂は、前触れもなく訪れた「ノイズ」によって蹂躙された。

 

 ダンジョンの壁一面に、まるで電子回路のショートのような火花が散る。直後、タイルの隙間から染み出すように、赤黒い霧が噴き出した。霧は凝縮し、不気味な脈動を繰り返しながら、鋭い爪を持つ獣のような形を成していく。

 

 ――電想霊(ガイスト)

 

 それは、情報質量理論の副作用が生んだ"世界のバグ"だ。


 ダンジョン内に充満する高濃度のWill-Bitが、ネットの海に漂う悪意、恐怖、憎悪といった負の感情データと結びつき、実体を得た異形の怪物。


 奴らは物理的な質量を持ちながら、その本質は"矛盾した論理(ロジック)"の塊である。故に、通常の火器や刃物は通用しない。奴らの存在定義そのものを、ハッカーのWill-Bitで上書きし、消去(デリート)する以外に打つ手はないのだ。


「……っ、が、ガイスト!? でも、スキャンには何も……!」


 琥珀川が、悲鳴に近い声を上げて後退した。


 無理もない。現れたのは、十体近い"インプ・クラス"の小型ガイストだ。


 本来、この階層にこれほどまとまった数がリスポーンすることはない。空間の論理構造が何者かによって一時的に書き換えられ、敵の反応が隠蔽されていた証拠だ。


「琥珀川、下がってろ。鞄を離すなよ」


 俺は一歩、前に出た。

 


 キィィィィィィン!


 

 耳を劈くような咆哮と共に、先頭の一体が弾丸のような速さで跳ねた。


 空中から振り下ろされる、情報の結晶体で構成された鋭い鉤爪。


 普通の学生なら、L-Gearで防御結界を展開するのが精一杯の局面だろう。


「……ノイズが大きすぎるな。少し"()()"にしてやる」


 俺は、腰のL-Gearを抜かなかった。


 代わりに、ポケットから取り出したのは、一本の簡素な導電ペン。エンジニアが回路の補修に使うような代物だ。


 俺は、自身の体内にあるWill-Bitの流動を、コンマ数ミリ単位で"最適化(オプティマイズ)"した。

 

 踏み込み、一歩。

 空中から迫るガイストの懐に、滑り込むように潜り込む。

 

 驚愕に目を見開く琥珀川の視界の中で、俺の動作は、加速したビデオのコマ送りのように映ったはずだ。

 


「――解析。……一点集中(シングル・パッチ)



 導電ペンの先を、ガイストの胸部――心臓部に当たる、"論理核(ロジック・コア)"へ一突き。

 

 ドォォォォン!!

 

 爆音。


 出力にして1パーセント程度のWill-Bit。だが、それを極限まで一点に圧縮し、相手の構造的弱点(ウィークポイント)へと叩き込んだ結果、ガイストは内部から爆散した。

 

 残りの九体。

 奴らが一斉に、俺を取り囲むように襲いかかる。


「あ、危ない……!」


「――いいや。これで終わりだ」


 俺は、ようやく手に持った普及型のL-Gearを起動させた。


 

『構築:論理連鎖(ロジック・チェイン)



 俺の周囲に、青い光の鎖が幾何学的な模様を描いて展開される。


 それはただの鎖ではない。一歩動けば斬り裂き、一回触れれば存在を解体する、死のプログラム。

 

 俺は、舞った。


 47年の死線で磨き上げた、対ガイストに特化した、無駄のない殺戮。


 右に一歩踏み込めば、背後のガイストが鎖に断たれて消滅する。


 左に身体を捻れば、飛びかかってきた二体が空中で十字に引き裂かれる。

 

 ドサリ、ドサリと、ガイストたちがただのビット粒子に還元され、霧散していく。


 その光景は、戦闘というよりも、フリースタイルの舞踏(ダンス)に近かったかもしれない。


 最後の一体の眉間に、俺はL-Gearの先端を押し当てる。



「――強制終了(シャットダウン)だ、悪いな」



 パシュッ、という小さな音と共に、最後の一体が光の塵となって消えた。

 

 戦闘開始から、わずか10秒。


 演習室よりも激しい戦いが繰り広げられたはずの通路には、静寂だけが戻っていた。


「……す、すごい……。何、今の……。炭崎先輩、本当にLevel2なんですか……?」


 琥珀川が、呆然と腰を抜かしたまま呟いた。


 俺の動きは、彼女が知る"ハッカーの戦い"を遥かに超越していたことだろう。出力を上げて力で押すのではなく、最小の力で、最大の結果を引き出す。"確定事象(エグゼキュート)"の真髄は、まだ、この時代には存在していなかったものだ。


 だが、俺の顔色は、決して晴れやかではなかった。


「……ちっ。しまった、少し浮かれすぎたか」


 俺の手元から、嫌な音が聞こえてきた。

 ミシミシ、という軋み。


 見れば、俺が握っていた学校支給のL-Gearから、青白い火花と黒い煙が上がっていた。


「えっ……先輩、そのギア……!」


「ああ。中身が焼き切れたな」


 俺は溜息をつき、熱を持ったプラスチックの塊を見下ろした。

 

 今の俺が放ったのは、紛れもなく最小限の出力だった。


 だが、その出力の"密度"と"演算速度"が、この安物の限界容量(キャパシティ)を遥かに超えていたのだ。


 F1マシンのエンジンを、軽自動車のシャーシに載せて全開走行させたようなものだ。論理回路が耐えきれず、物理的なメルトダウンを引き起こした。


「そ、そんな……。でも、これじゃあもう使えません。私、まだちゃんとしたL-Gearの修理なんて、したことないですし……!」


 琥珀川が半泣きになりながら、俺の壊れたL-Gearを覗き込む。


 どうあれ、仮に彼女に修理ができたとしても、頼むのは避けたほうがいいだろう。何せ、この時代で想定されているような使い方ではない。


 並のエンジニアに持っていけば、修理どころか「どうしたらこんな無茶な使い方ができたのか」と事情聴取されるのがオチだろう。


「……心配するな、アテはある」


 俺は、まだ煙を吹いているデバイスを腰のホルスターに収めた。

 

 脳裏に浮かぶのは、あの小汚いバーのカウンター。


 機械化義体(サイバネティクス)で身体を固め、毒舌を吐きながらも、俺に最強のギアを世話し続けてくれた、あの男の顔。

 

 2040年の今。


 彼はまだ、街外れのジャンク屋で、その類まれなる才能を燻らせているはずだ。


「……あの頑固親父に会いに行くのは、もうちょい先にしときたかったけどな」


 俺はそう口にして、暗い通路の先を見据えた。


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