第八十五・二話 box
薄暗い空間に水滴の音が響き渡る。
壁も床も天井も、全てが無機質のような空間だった。
その部屋の中央の壁際に拘束されていたのは__
__紛れもない、制服姿の少女、ノアだった。
少女の両腕は影の輪で固定され、指にも輪が纏わりついている。
「......っ」
少女の頭からは水滴が垂れ、床は水浸しになっている。
息を整え、少女は頭を上げる。
「いやぁ、思ったより上手く行ったんだね?ネア。」
そう言って笑う男の背後には、悠真を始末して帰還した、ノアのドッペルゲンガー___もとい、”ネア”と呼ばれる人間が立っていた。
「まあそうだね。にしても、途中で正体バレちゃったんだよね。
.....気持ち悪い奴に育て上げたもんだねえ、ノア?」
ノアの変装をしていた時は短かった髪が途端に長くなり、
仮面を外し、髪をかき上げてニアが少女を睨み付ける。
「...あなた達.....幽真に何したの....!?」
「別に?結構僕たちに邪魔だったからさ。
排除させてもらったんだ。」
「.......!?......っ....!!」
少女は男を思い切り睨み付け、
怒りのままに自身の手に絡まっている影の輪を外そうとする。
「あとシンプルに君の反応が見たかったんだよね。
面白いからさぁ。」
「.....最ッッ低....」
少女が光の籠らない目で男を睨み付ける。
「.....あのさぁ....」
男が足を上げ、少女の額を勢いのまま汚れた靴で踏みつける。
壁に少女の頭が押し付けられる。
「ぐっ.....」
「自分の立場分かってるでしょ?
そういうこと言うのやめなー?
それとも......」
「.....っ!!」
男の鋭い眼光が少女の目に突き刺さる。
男の目には、酷く暗い影が宿っていた。
「中学生の時のこと忘れちゃった?」
「.......ぁ.....」
少女の脳に、中学生の時受けてきた数々の暴行が蘇っていった。
それも元凶は全てこの男______緑空の仕業であった。
「な~に、お楽しみみたいなことしてんのさ」
「.....ああ、エステル。」
薄暗い部屋の扉を開け、新たに入ってきたのは
黒いローブを着た女性__アリスの宿敵、エステルであった。
「んなつまんないことしてないでさぁ、
次やる事を考えようよ。とりあえずその子はどうすんの?」
エステルが踏みつけられている少女に指を差す。
「んー?ああ....一旦逃がすよ。」
緑空が少女から足を退ける。
「.......ん?なんで?やばくない?」
エステルはなぜそんなことをするのか理解できなかった。
「まぁ....そっちの方が面白いそうだし.....。
大丈夫、他言不能の”契り”は既に結んである。」
「あーそう......。ならいいけど。」
「....ネチネチしてんね、何が不満なわけ?」
「いや?やっぱりそれでいいや。
それより.....”布告”はいつするわけ?」
「......今日だ。いや、今しよう。」
「マジかぁ....!やるかぁ....!」
その部屋には、虚無に響く笑い声が充満していた。
全員が自由に行動し、世界を徐々に壊していく集団の。
たった一人を除いて。
「.....幽真.....。」
少女は小声で呟いた。
悠真は殺されたのだ。
自身が最も憎き者達に。
......いや、あの男なら、助かっているかもしれない。
そんな考えが何度も少女の頭によぎる。
「ああ.......もう帰っていいよノアちゃん」
緑空が指を二本立て、上へと振る。
少女の指に絡みついていた影が霧散した。
「......」
少女は自身の腕と手を確認し、
すぐさま立ち上がり、出口へと駆け出す。
「ああ、あと」
緑空が少女を引き留める。
「.......?」
少女は恐る恐る背後を振り向く。
「多分やんないと思うけど、”契り”は解除しようとしても、
すぐにこっちにも信号が来るからね。
もし.....”契り”を破ったら....どうなるか分かってるよね?」
「..........!!」
少女は無言でコクコクと頷き、
床に転がっている汚れた鞄を拾い、急いで扉を開けて外へと出た。
「......まあ今は用意とかが全然できてないし、
大衆の注目を集めるなら明日の昼だね。」
「えー....今やるのが面白いと思ったのに。」
緑空とエステルは軽く会話を交わす。
「....じゃ、もう行くね」
手を振り、緑空が踵を返す。
「私もー。」
エステルと緑空はそのまま部屋を出て行った。
鉄の扉が閉まる音が鳴り響く。
部屋には、静寂が広がった。
「.......始まるのか。」
つづく




