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オーク英雄物語 ~忖度列伝~  作者: 理不尽な孫の手
第十章 戦乱の国々 合流編
119/122

118.力を合わせて


 『目』の傷は深く、サンダーソニアの魔法を用いても完治はしなかった。

 一応ながらも血は止まったものの、翼の穴はふさがらず、しばらくは飛べないであろうことは明白だ。


 それでも『目』は傷がふさがったことに感激し、サンダーソニアを褒めた。

 フェアリーの粉があれば完治できたのにと悔しがるゼルであったが、粉など出ずともありがたい存在であるとバッシュとサンダーソニアに諭され、でへへとにやけて成仏した。


「でだ」


 そして話が戻る。


「……とりあえず、私が仕切っていいか?」


 サンダーソニアがそう聞くと、『目』が興味ないと言わんばかりに欠伸をした。

 アスモナディアは物言いたげではあったが、もはや何も言えない。

 ここで騒ぎだして『目』が怒るのが怖かった。

 このドラゴンの一件で、サンダーソニアとアスモナディアの間での格付けはすんだということだろう。


「これから私たちは、ゲディグズの本陣に奇襲を仕掛け、ゲディグズを暗殺する。ただ、さっきも説明した通り、ゲディグズは不死身だ。ゲディグズを殺しきるための呪術と、バッシュが持つ武器が必要なんだ。私たちはそのためにお前たちを追ってきたんだ。武器の方はプリメラが打つ、ってことでいいんだよな?」

「ああ、任せてくれ。やってみせる」


 プリメラは力強く頷いた。


「ただ、ドバンガ孔に戻らないとな。炉が必要なんだ」

「そこらのを使うんじゃダメなのか? ここ、鍛冶場だろ?」

「確かに、ここの道具は多分使える。保存の魔法でも掛かってるのか、どれも状態がいい。自前のハンマーもあるし……材料もあるみたいだしな」


 プリメラが見たのは、先ほどゼルが弄んでいたインゴットである。


「ここの炉はウチのよりも立派だし、材料もいい。良い武器が打てると思う……けど、炉に火が入ってないんだ。生半可な火じゃ、つかないと思うんだ、ここのは……」


 この空間には、確かに炉のようなものが存在している。

 恐らくこのあたりは、太古の昔、鍛冶場だったのだろう。

 それも、とびきり神聖なやつだ。

 古のドワーフが、特別な武具を作っていたような……。

 そうそう再利用は出来ないということである。


「そうか……呪術の方はどうだ? 不死身の化け物を殺す呪術だ」

「不死身の化け物を殺す呪術なんて……」


 ルカはそう言いかけて、ハッとした顔で己の口に手をやった。


「……確かに、呪術には最初に学ぶものがあります。『おまじない』とよばれるもので、何の効果もないといわれるものではありますが、必ず最初に学ぶものとされている術が……もしかすると、あれが!」

「きっとそれだ!」


 実に曖昧な話であるが、サンダーソニアとしてはそれに縋るしかなかった。

 もう時間も、手も無いのだ。

 一縷の望みに賭けてここまで来ている。

 検証をしたり、調べたりしている暇はない。


「よし、じゃあ一度ドバンガ孔に戻って剣を打って、ルカを連れて敵陣を突破して…………」


 サンダーソニアの声が小さくなっていく。

 戻って、剣を打って……それで間に合うか。

 決戦は、すぐにでも始まるかもしれない。

 前哨基地になるであろうシワナシの森のエルフたちは、全滅しているかもしれない。


 ルカも、見たところ、あまり戦いが上手には見えない。

 バッシュとサンダーソニア、キャロットにアスモナディア。

 あとはルドが戦力に数えられるかどうかといった所か。

 少なくとも、プリメラは戦えまい。


 少人数での突破は、サンダーソニアにも経験がある。

 それでも、前にゲディグズを襲った時は、もっと人数がいた。

 一人一人が一騎当千で、死んでも死なないような奴ばかりだった。

 それでも、生き残ったのは、たった二人だった。

 守っている余裕などないのだ。


 その上、ゲディグズも、今回は油断などしていないはずだ。

 周囲に、猛者を侍らせているはずだ。

 まして、手遅れになって、ヒューマンかエルフの本軍がことごとく打ち倒され、ゲディグズ軍が勝利した後にでもなってしまえば、その守りは鉄壁となろう。


 間に合わないかもしれない上、間に合ったとて成功率はかなり低い。

 成功してもなお、エルフの大半は救えないかもしれない。


 それでも、とサンダーソニアは顔を上げる。

 エルフが全滅していないのなら、最後まで足掻かなければならない。


「じゃあ、今からドバンガ孔に戻り、バッシュの武器を手に入れる、それが完成したら、そうだな……ゲディグズ軍がどう布陣しているかにもよるが、タイミングを見計らって奇襲をかけて、ゲディグズの首を取ろう」


 まぁまぁ杜撰な計画だと、サンダーソニア自身もわかっている。

 けれどもやらねばならぬと決意をした上で、聞く。


「何か意見はあるか?」

「一つ、提案がある」


 手を挙げたのは、アスモナディアだ。

 またかとサンダーソニアは内心でため息をつく。

 だが、意見はあるかと聞いた以上、あると言われたら聞かなければならない。

 まだやるのかとキャロットが立ち上がりかけるのを、サンダーソニアが制した。


「聞くぞ?」

「ドバンガ孔にてゲディグズ軍の侵攻について少し考えたが……今からドバンガ孔に戻った場合、決戦に間に合わん」

「……だろうな。わかってるよ。でもしょうがないだろ。無手で突っ込めっていうのか?」

「仮にバッシュに武器があったとて、ルカは幼く未熟、我ら全員で護衛したとて、ゲディグズ様の元にたどり着くことは難しい。また万が一たどり着いたとて、恐らくゲディグズ様は呪術について存じ上げているか、あるいは戦いに慣れぬ呪術師を連れてきたことで、その意味に気が付くだろう」

「……逃げられるってことか?」

「そうだ。もしゲディグズ様に思う所があって戦いに応じたとしても、ルカは弱い。どれだけお膳立てしたとて、乱戦の中で、ゲディグズ様に一撃を加えることはできんだろう」


 その見立ては、まさにサンダーソニアが考えていた通りのことであった。

 そう、ルカはきっと、たどり着けない。

 ゲディグズにその刃を届かせることができない。


「……」


 ルカはその言葉に、悔しそうな顔をした。

 彼女の兄ルドはこの数か月、アスモナディアとの訓練によって腕を上げていた。

 戦場においても十分な働きが出来る程度には強くなったと言えるだろう。

 もしかすると、彼がいればルカは守られるかもしれない。

 だがルカはというと、その訓練に参加していたわけではない。弱いままだ。

 参加しておけばよかったと、今更後悔しても遅い。


「なんとかならないか?」


 サンダーソニアは、藁にもすがる気持ちでそう聞いた。

 考える限り、手詰まりなのだ。

 どうあがいても決戦には間に合わず、間に合ったとて勝ち目が薄い。

 玉砕覚悟で突っ込むより、雌伏の時を経て牙を研いだ方がよいというのなら、却下するつもりだった。

 サンダーソニアは、エルフを存続させるために禁忌に手を染めた。

 エルフを救うために死ぬべき時に生き延びた。

 エルフが滅んでしまうというのなら、あの時、何のために生きながらえたのか……。


「なる」


 答えたのは、アスモナディアだ。

 当たり前のように。

 そうでなければ、最初から意見などいうものかと言わんばかりの表情で。


「まず、デーモンの魔剣鍛冶の極意は、魔法を武器に封じ込めることにある。今からバッシュの武器を打つというのなら、ルカのその呪術『おまじない』を剣に込めるといい」

「! なるほど確かに! でも、できるのか?」


 アスモナディアは己の斧槍を持ち上げる。


「これは、プリメラがドバンガ孔で打ったものだが、ルカの呪術が込められている。すでに実証済みだ。『おまじない』ではないがな」

「なるほどな、で、炉はどうする? 火山のマグマでももってくるか?」


 アスモナディアは苦笑いする。

 彼女に言わせれば、サンダーソニアもまた馬鹿の一人だ。

 なぜ気付かないのかと言わんばかり。


「火はあるだろう」


 その瞳は、サンダーソニアを押しのけてバッシュの右膝に鎮座した、一匹のドラゴンの方を向いていた。


「何よりも強い火がな」


 かつて己を焼いた火を、思い出しながら。



■



 かつて、ドワーフが栄華を誇っていた時代があった。

 サキュバスやエルフがそうであったように、かの種族も、大陸中の山を手中に収め、大陸の森という森を切り開き、己のものにしようとしていた時代があった。

 ドワーフの強さの秘訣は、その武具にあった。

 とある山から取れる金属は剣を作ればいかなる堅固な盾もバターのように切り裂き、鎧を作ればあらゆる魔法を弾き返した。

 ドラゴンすらも追い払えるほどの軍事力を手に入れたドワーフは快進撃を続け、幾つもの種族を従えた。従わない種族は滅ぼした。

 そんなドワーフが衰退したのは、ひとえに自業自得であった。


 大噴火と呼ばれる災害が起きた。

 ドワーフが所有していた火山のいくつかが同時期に噴火し、主要な都市を焼き尽くしたのだ。

 自然災害などではない。

 ドワーフは巨大都市を稼働させるため、強力な炉を動かし続ける必要があった。

 火の精霊を捕らえ、炎と溶岩の力を使って、炉を動かしたのだ。


 そして精霊の怒りに触れた。

 都市を支える主要炉は暴走を起こし、大爆発。噴火を誘発させた。

 あらゆる火山が噴火し、ドワーフ大帝国は滅びた。

 ささやかな生き残りが種の滅びそのものを回避させたが、唯一の霊長類ではなく、数ある一種族へと戻り、今日がある。


 ここボグラーシュ山脈の遺跡にある炉は、主要炉ではなく、副炉の一つだ。

 莫大なエネルギーを生み出す主要炉から火を分け与えられ、大帝国を支える武具を作り続けていた工場なのだ。

 爆発を逃れたのは、恐らく爆発した日に、偶然にも炉の火が落ちていたからである。

 そして山の崩落からも逃れ、空洞としてここに存在し続けていた……。


 そんな事情を知る者は、今の時代はほぼいない。

 バッシュたちにとって大事なのは、使える炉と鍛冶場があるということだ。


「これに火を吹き込めばいいのか?」


 そんな炉に、また命が吹き込まれようとしていた。

 巨大なドラゴンが炉をまじまじと見て、どこから息を吹き入れようか迷っている。


「ちゃんと稼働するのぉ?」

「さてな。だが、デーモンの研究では、遺跡から発見される古代ドワーフ製の武器は、今の我らの炉では作りだせないほどの温度で作られたとされている。これが古代ドワーフの炉なら……ヒュッ!」


 アスモナディアが言い終わると突然、『目』が炉に息を吹き込んだ。

 炉が一瞬で真っ赤に染まり、轟音が空間に響き渡る。

 灼熱が頬を撫で、アスモナディアが身をすくませた。

 いきなりブレスを吹くなと言いたくなるが、ぐっと我慢する。


「ほ、ほら見ろ……」


 炉の中に煌々とした火が灯る。

 それに呼応するように、炉から伸びる導管に光が灯り、空間そのものを明るく照らしていく。

 とんでもない熱量だが、しかし想定される熱量にたいして、空間内の温度はそこまで高くはなかった。

 この空間か、あるいは炉自体に熱を抑え込む機構が存在しているのだろう。


「プリメラ、やれそうか?」

「おう。任せてくれ。道具も揃ってる」


 プリメラが腕をまくりながら、炉の前に立つ。

 いくら熱を抑える機構があるとはいえ、炉の近くであれば相当に暑いであろうに、プリメラは涼しい顔だ。

 むしろ、ようやくこの時が来たとばかりに、気合が入っている。

 反面、不安そうなのはすぐ近くで補助をするルカか。

 真っ白に燃え盛る炉を見て、ごくりと生唾を飲み込んでいる。


「ルカよ。怯えるな。ドバンガ孔で教えた通りにやればよい。この私、アスモナディアがついている」

「は、はい」


 アスモナディアは、ドラゴンを前に足を震わせながら、そう宣言する。


「手伝うことはあるか?」


 サンダーソニアがそう聞くも、アスモナディアは首を振る。


「貴様らはそこで指を咥えて見ているがいい。我らデーモンとドワーフ、そしオーガの妙技をな!」

「ドラゴンも入れてやれよ」

「……」


 『目』を見て、アスモナディアはへにゃっとなった。

 だが、確かに『目』もひょっとこのように、炉に息を吹き込んでいるのだ。

 仲間外れはかわいそうだ。


「見守りたいのはやまやまだが、隣の部屋で休ませてもらう。剣が出来たら、そのまま戦場だからな」


 サンダーソニアはそう言って、隣の部屋に消えていく。

 ゼルがそれを追いかけ、バッシュがそれに続いた。

 キャロットだけが、監視するかのように、鍛冶場に残った。


「どうしたキャロット。お前は休まんのか?」

「えぇ。鍛冶は疲れるでしょうから、雑務は私がやってあげるわぁ。お水とか飲ませてあげる」


 キャロットの挑発的で艶やかな顔は、デーモンからすると慣れたものである。

 普通に水を持ってきてくれるのだろう。

 口移しとかではなく、手で。


「よし、始めるぞ!」


 こうして、バッシュの剣作りが始まった。

 炉の燃える音、金属を打つ音、魔法を彫り込む音……それらにかき消され、隣から響く嬌声は聞こえなかった。



■



 プリメラは、高揚感の中にいた。

 バッシュと出場した武神具祭から今日まで、鍛冶の腕を鍛え続けてきた。

 充実した日々だった。

 兄に頭を下げ、日々の鍛錬を持って自分の腕を上げ続ける毎日。

 感覚的な頭打ちはすぐに来た。伸び悩んだ。

 それでも毎日繰り返すことで、一月前より少しよくなり、二月前よりもっと良くなった。

 これが"腕を上げる"という行為なのだと気付き始めた頃には、プリメラの腕前は凡百の鍛冶師たちの中でも、頭一つ抜けた存在になっていた。


 毎日同じことを繰り返していると、人はだれる。

 同じことを繰り返すことだけが努力だと勘違いしてしまう。

 同じことを繰り返すのは、鍛錬という意味では正しい。ただそれだけでも精度は確実に上がっていく。

 だが、より高い精度を求めるためには、より難しいことに挑戦しなければならない。

 だから、同じことを繰り返すだけでなく、よりうまくなるための工夫も積み重ねた。

 より強い武器を生み出すために……。


 挑戦というものは、目標が無ければ行えない。

 目的が人に高いモチベーションを作り、挑戦が人を成長させるのだ。


 そんな日々の中、アスモナディアが来た。

 そこからの日々を、プリメラはよくわかっていなかった。

 突然きたハイデーモンの女は、プリメラに新しい技術をもたらした。


 魔紋と呼ばれる技術は、デーモン鍛冶の秘技だ。

 ドワーフの鍛冶師は、これを邪道だと言ってはばからないが、プリメラはそれを取り入れた。

 武神具祭での失敗を思うと、新しい技術を取り入れることに抵抗はあったが、それでもよりよくなるなら取り入れるべきだと思ったからだ。

 そもそもこの数年、プリメラは正道を歩んできたが、それでも元々の発想はこっち側だった。

 ドワーフの伝統的な鍛冶だけでなく、それに新しい技術を取り入れるべきだと考えていた。

 アスモナディアからもたらされたデーモン鍛冶は、うってつけだった。

 ただ、出来ることが多くなりすぎて、方向性がわからなくなっていったのも確かだ。


 ついでに言えばドラゴン退治などという行為も、よくわからなかった。

 バッシュの嫁になるのに、なぜドラゴンを退治しなければいけないのか……。


 そうして最終的に、ボグラーシュ山脈にきて、あれよあれよという間に暗い遺跡に閉じ込められて。

 そして肝心のアスモナディアは勝手に自滅して動かなくなってしまった。

 なんで自分はこんな所にいるのだ。また浅はかに考えて動いて自分から追い詰められてしまったと自己嫌悪した。


 まさかバッシュが来てくれるなどとは思っていなかった。

 アスモナディアから、バッシュの嫁は大勢になると聞かされていたが、エルフやサキュバスもいるとは思っていなかったし、ましてあのゼルがヒューマンになってバッシュにくっついている等、想定できようはずもない。

 大勢の嫁の一人になるというのは、正直なところ、アスモナディアに聞かされるまでは想定していなかったが……アスモナディアは、バッシュはいずれオークキングになるとも言っていた。

 オークの文化については知らないが、確かに偉いオークは大勢の女を自分のものにしている……という印象がある。

 気持ちとしては複雑な所ではあるが……ともあれ混乱の中、自分の思いを伝えられたのは僥倖だった。


 剣を打つ、ということになったのも嬉しい。

 正直、剣を打つのはもっと先だと思っていたし、もっとちゃんと準備もしたかった。

 けれども、戦争中の鍛冶というものはそういうものだと言うのは知っている。

 早く、素早く、強い剣を。

 戦争中はドワーフの鍛冶師の誰もが、火急で何かを作っていた。

 必要だから作っていた。

 今がそれなのだ。


 今、平和な時代が終わろうとしている中で、役割を与えられたのがプリメラは嬉しかった。

 そう、彼女は奮起していたのだ。


「プリメラ、見たところこの炉の扱いは難しい。だがお前ならいけるはずだ。やれるな?」

「もちろんだ」


 炉は見るからに古い。

 だが、今のドワーフの炉と、大きな違いはない。

 放置してあった道具も同じだ。

 先ほどゼルから受け取ったインゴット、知らぬ金属であるがゆえ、そこは不安だが……。

 炉も道具も、現在のドワーフのそれと何も変わらない。

 太古の昔から、ドワーフは同じ方法で鍛冶を続けてきたのだ。


 ならば出来る。

 ドバンガの一族に伝わる秘技は、プリメラの手にある。



■



 ルカは安堵していた。

 正直なことを言えば、戦うのはあまり得意ではない。

 仇討ちの旅に出た時と違って、今は現実が見えている。

 自分は弱い。

 猛者だらけの戦場に放り込まれても、生き残る自信はなかった。


 呪術は、オーガにとっても古臭い術だ。

 伝統として存在しているものの、習得している者は減り続けている。

 戦いに使うなら、デーモンの魔法の方が便利だからだ。


 呪術は、回りくどい術が多い。

 敵の魔法を妨害したり、装備に掛かっている魔法を一時的に無効化したり。

 直接的な攻撃に使えるものは僅かで、大した威力があるわけではない。

 呪術という名前の通り、長く相手を苦しめるものも多いが、即効性が薄いものが多い。


 多くの術があるが、呪術を学ぶ上で最初に憶えさせられる術は、『おまじない』と言われるものだ。

 『おまじない』は、効果が無いと言われていた。

 でも伝統だからと学ばされる術。

 オーガの中では心得だとか、基礎だとか、そう言われる術。

 確かに全ての呪術は、この『おまじない』から派生したのではないかと思えるほど、通じるものがあった。

 でも全てを内包しているがゆえに難易度が高く、この術を完璧に使おうと思えば、それなりに鍛錬の時間を必要とした。

 だからきっと、鍛錬のためのものだろうと、誰もが思っていた。


 誰もこの術の効果を知らなかった。

 それなのに、この術が使えなければ、呪術師を名乗ってはいけないとまで言われていた。

 一人前を名乗れないと言われていた。

 他の何が十分でも、これだけは。

 そんな無意味な伝統が煩わしくて、他の魔法に移行する若者も多かった。


 でも、意味はあったのだ。


 不死の王を倒すための術。

 絶対に存在を知られてはいけないが故に、名前すら付けられなかった術。

 きっと、呪術という呼び名すら付けたくなかったのであろう。

 存在そのものを隠匿したかったのであろう。

 それでも伝えるためには、名称が必要だった。

 本当に必要になる、その時まで、必要最小限の情報だけ残し、伝承し続けたのだ。


 この時のために。


「ルカ。あまり気負いすぎるなよ」


 プリメラが叩き、アスモナディアが彫り込んだ紋に、術を流し込んでいく。


「気負いすぎると術が乱れる。難しいことはない。いつも通りにやればいいのだ」


 ルカは、アスモナディアに感謝している。

 オーガの国にきて、バッシュの妻だと言い放った時は、少々困惑したのは確かだ。

 でも彼女は、当たり前のようにバッシュは大勢の妻を引き連れてくると予言していた。

 そして、その予言はあたった。

 『エルフの大魔導』に『喘声』。

 ルカでも知っているような、大人物に加え、一緒にいたゼルまで女の子になっていた。


 きっと、前もって言われていなければ、心構えができなかっただろう。

 もっとも、そんな中で自分も妻の一人だと思うと、気後れする部分が大きい。

 あえて言うなら、プリメラの存在がルカの気持ちを楽にしてくれていた。

 自分より年上だけど、それでも歳が一番近くて、他の女性にあるような名声がなかったから。

 そんな彼女と共に剣を打てるのが、嬉しかった。

 自分に持てる唯一の力が役立つとわかって、嬉しかった。


「ルカ。これから私が刻む魔紋は、魔封じを無効化するものだ。不壊の魔剣を壊せるとなれば、そうした手段しかありえんからな。二重魔紋は三重、四重に比べればそう難しくはないが、手元が狂えば台無しになる、慎重にいくぞ」


 アスモナディアは、頼もしい。

 ハイデーモンは傲慢で、他者を見下すと聞くけれど、ルカにもプリメラにも、そうした態度はとらなかった。

 きっと、身内には優しいのだろう。

 旅の中でも、この人が姉となるのなら、きっと安心だろうと思っていた。


 ドラゴンを前にして情けない所も見たけれど、それでも頼りになる人だと、ルカは感じていた。

 口は悪いというか、すぐに口論とか駆け引きにもっていきたがるけど、バッシュが好きな気持ちはきっと本物なのだろうとも思っていた。

 一生懸命、バッシュのことを考えて行動してるのが、見て分かった。


 サンダーソニアやキャロットと衝突しているのを見て、ハラハラした。

 ドラゴンも嫁になって、委縮してしまっているのを見て、ちょっと可哀想だと思った。


「頑張ります……!」


 ルカは、きっとこの後、戦場には赴かない。

 きっとプリメラもだ。


 アスモナディアはきっと行くだろう。

 サンダーソニアもキャロットも。あの『目』というドラゴンも。

 ゼルはどうだかわからないけど、きっと行くだろう。


 死なないで欲しい。

 そう願いながら、ルカは剣に呪術を込めた。


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― 新着の感想 ―
目推しとしては、人間状態の目の戦闘力が気になる!
ルドは…デバガメかなぁ。
より高い制度 より高い精度、かな。 プリメラの記述で。
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