二項
2
深雪の元へ先ほど注文したトロピカルジュースが届けられた。彼女はそれに口をつける。
「そういえば、昨日海老沼さんから電話があったんですよ」
「海老沼から?」
海老沼は将人の一つ上、二三歳である。経理職にいたとき海老沼と一緒に働いていた。そんな海老沼も今は経理班長を任されている。
「なんでも、今日宏一のマンションに行くって言ってました」
「海老沼のやつ……」
十七歳になる深雪の誕生日会で、海老沼は初めて深雪と会った。その頃から自分をアピールしてくる男である。今でも執拗に深雪へプッシュしているらしい。強引なだけで悪意がないのがせめてもの救いだろう。
「迷惑だったら断ってくださいね。深雪さんが言いにくいのでしたら私から言っておきますので」
それにしても海老沼はどこから深雪の電話番号を入手したのだろうか。まさか彼女の母なのではと思わずにいられなかった。
「あ、別にかまいませんよ。海老沼さんってなかなか面白い方ですよね」
目の前で手を振って彼女ははぐらかしているようだ。海老沼に会ったらクギを刺しておかないといけないだろう。
「あれ、深雪ちゃんじゃないの?」
ホテルのほうから顔と体の大きな男がブーメラン水着姿で近づいてくる。
「昨日話したのにもう忘れちゃった? 海老沼だよ、経理班長の」
「ああ、海老沼さん、お久しぶりです」
深雪の顔がいくぶんひくついているように見える。
「例のマンションに行ったら深雪ちゃんはここだって言われたから飛んできちゃったよ」
ここまで追ってくる海老沼の行動力は侮れない。幸い深雪が気乗りしていないようなので大事はないと思うが、それでもわずかの不安がよぎる。
「深雪ちゃん、これから一緒に泳がない?」
「でも将人さんが……」
深雪が将人に顔を見せた。調子を合わせてほしそうだ。
「海老沼。深雪さんはこれから私と食事をするんだ。だから……」
「それなら一緒に食べようや、将人」
海老沼は空いている席にどっかと腰を落ち着ける。そしてすぐにウェイターを捕まえてパエリアを注文した。
「深雪さんは私と約束していたんだぞ」
将人は海老沼をにらみつける。一歳年上だといっても同じ経理職で机を並べていた間柄だ。敬語を使う必要もない。
「俺だって昨日約束したぞ」
「こちらはライブ前からだ。昨日は話をしただけで深雪さんは約束してないんじゃないのか?」
「何言ってるんだ。好きな相手ならいつ連絡がこようと会いたくなるものじゃないか」
海老沼の思考にはついていけない。彼は自分の尺度で他人をはかることしかできないのだろうか。職場においては部下思いなのだが、独りよがりな部分も否定できない。おくての将人から見れば、その積極性がうらやましくもある。