taro side
17時ちょうど。
来客用のソファーに仰向けになり、眉間にシワを寄せ、いかにもイラつきながらノートパソコンと睨み合いをしている男に、聞いてみる。
「僕、今日はもう帰っていいですかねえ?」首を傾げて精一杯可愛く。
「きも。お前、それ本気で言ってんの」
なぜか余計に機嫌が悪くなってしまったこの男は、名前を谷原彰という。これでも一応、部下だったりする。そして親友でもあったりする。
とにかく早く帰らなきゃならないと、再度アタック。家で待つあの子が心配だった。
「会議に遅刻しといてよく言うわ!俺がどれだけ苦労したことか。いいか、お前はなあ――――」またしてもお説教が始まった。
当分、帰れそうにないようだ。
黒革の自分の椅子から立ち上がり、伸びをして外の夕日を見る。
「はな、ちゃんとうちに居るかな」うっかり声に出してしまい、咄嗟に口をつぐむ。が、時すでに遅し。
「はな?あ、またクロが拾って来たのか?」ご丁寧にしっかりと食いついてきたこいつは動物好きなのだ。
残念ながら、はなは人間だが「ま、そんなところです」誰が教えてなどやるものか。
「じゃあ今日、見に行こう」
「来なくていいです。ていうか来るな」爽やかに微笑み言ってやった。
動物好きは良いとして、女好きでもある彰にだけは、隠し通さなくてはいけない。自身のことは棚に上げ、僕は思った。
「独り占めしたくなるくらい、可愛いわけ?」
「別にそういうわけじゃ」
「だってその子のために早く帰りたいんだろ?今までなかったじゃねーかそんなこと」
「いや、それは……」動物だったし。
そして彰は、こう言った。
「恋か、お前も」と。
「鯉?」
「恋」
「こ、恋?」
ええっと、それはつまり……僕は、はなの事が好き、と言う事か?
「俺もプリンちゃんの事、愛してるもんなあ。恋、これが恋」キモい程うっとりとした顔で彰が言う。
「いや、好きとか、昨日、会ったばかりだし」
「関係ねぇよ、俺なんてペットショップでプリンの寝顔を見て一目惚れだぞ」ビシッと指をさされる。
プリンとは、彰が飼っているチワワの事で、話がいまいち噛み合っていないのだが……。
はなが好き、か。
そうなのかもしれない。不思議と素直に受け止めることが出来た。妙にしっくりときたのだ。
例えば1+1の答えが2のように、はなを好きなことが当たり前のように思えた。